火山の麓⑧♦
「焦ったぜ……。」
尻もちをついて空を仰ぐシヴ。火龍が気付くのが後少し遅ければ、無事では済まなかった。
「ごめんなさい……。まさかあんな風に砕けるだなんて思っていなかったものだから……。」
「まあいーよ済んだ事はよ。」
正座して反省する龍という珍しい物を見せられて、シヴは怒る気も失せていた。
「で、これで上手くいったのか?」
「……多分。」
金剛石を砕いた溶岩はそのまま湖まで噴出し、枕状溶岩を形成しながら徐々に火山内の圧力を下げていった。これにより噴火の危険は去り、獣人の集落を含むこの地域が被災する心配も、しばらくは考える必要は無くなった。
シヴは立ち上がり呼吸を整えると、愛剣に刃こぼれが無い事を確認して背中に収めた。
「じゃあとっとと帰ろうぜ、あいつら待ってんだろ。」
「そうね~。私も流石に疲れちゃったわ、気分はいいけどね。」
火龍はゆっくりと浮かび上がると、尾をシヴに掴ませ集落へと飛ぶ。その飛び方に力強さは無いが、優雅に空の散歩を楽しむ心の余裕は確かにあった。
集落へと着くとすぐにドルフ達が走り寄って来たが、シヴがしたり顔で親指を立てた事で成功を察し、大いに喜んだ。
「すぐに食事の用意をさせよう。今は大したものは出せないが、きちんとした礼は後日改めてさせて欲しい。」
「酒はねーのか?」
祝いには酒、シヴはそう決めている。祝い事に限らずいつも飲んでいるのだが。
「わからん、探してみよう。」
ドルフがそう答えると、すぐにノノが集落内を探しに向かった。
「私は少し寝るわね~。」
火龍は藁の寝床の上で横になり、すぐに寝息を立て始める。爪も含めて火龍の身体にはあちらこちらに傷が出来ており、それに気付いたピーニャが拾って来た薬草を噛み潰して塗って行く。
「俺も少し寝るかな、飯が出来たら起こしてくれ。」
「わかった、ゆっくり休むといい。」
シヴは伸びをしながら近くの家の中に入ると、床に適当に寝転がって目を閉じた。
夕食の準備が終わる頃にはすっかり日も暮れ、匂いに釣られて目覚めた火龍が起き上がると、自分の尾に寄り添い眠っているピーニャの姿を発見する。
「少しは疲れがとれただろうか?」
ドルフは自分の娘を見詰める火龍に声を掛ける。
「ええ、ピーニャちゃんのおかげかしらね~。」
傷に丁寧に塗られた薬草はこの娘の仕業に違いあるまいと、ドルフに向き直る事無く言う火龍。
「これからシヴを起こしに行くところだ。ノノ、後を頼む。」
「はい。」
ドルフに言われてノノは火龍の食事を皿に入れ始める。
災害を予感して殆どが逃げているとはいえ、全ての生き物が消え去っている訳ではない。火龍とシヴが山へ向かった後三人は集落の外に出て、少ない獲物をかき集めて来ていた。
「食事の用意が整った、火龍も起きているぞ。」
そう言いながらドルフはシヴのいる家の扉を潜る。
「ああ、起きてるよ。」
こちらも料理の匂いで目覚めたのだが、寝起きがいいとは決して言えない男だ。胡坐をかいて腹を掻きながら、未だ眠そうに欠伸をしていた。
「別にまだ寝ていても構わないんだぞ?」
「……いや、そうしたら俺が起きるまでお前さん達が寝ないつもりだろーが。」
ドルフ達も疲弊しているのは察しが付く。しかし火龍は別としても、ドルフ達は自分が目覚めるまでは何時間でも起きて待つつもりだろう。
「はは、まあそうだな。酒も見付けておいた、一杯やろう。」
「そいつはもっと早く言えよ……。便所借りるぜ。」
「ああ、用意して待っているぞ。」
住む者の居ないこの場所で、誰かに見られる事も無く集落を護った者達。
その者達の小さな小さな宴は、森が眠っても続いていた。