火山の麓⑤♦
ノノの元へシヴとピーニャを連れて戻ったドルフは、事のあらましをノノに伝えた。隠れている火龍の耳にもその声は届く。
「なんだ~、あなたがシヴ君だったのね~。」
そう言いながら火龍がシヴ達の前に姿を現したが、シヴは特に驚きもせず珍しそうに火龍を見ていた。
「ふーっ!」
対してピーニャの方は尻尾を膨らませ警戒している。まさにドルフとノノの心配通りだが、すぐに襲い掛かる様な真似はしないようで、ノノがなだめて言い聞かせる為の時間は十分にあった。
「お前さん俺の事を知ってるって口ぶりだな?」
ピーニャを抑えるノノ達を尻目に、シヴが火龍に問う。
「そりゃトビー君から聞いてるもの~。」
「ちっ、やっぱりか。」
火龍がトビーと懇意だという事は知っていたが、余計な事まで喋っているのではないかと少し心配になるシヴ。
「アレン君にも昨日会ったし、あとはキイちゃんだけね~。」
火龍は地面に腰を下ろし、シヴも愛剣を横に置いてそれに続く。
ドルフはシヴという名に聞き覚えがある事を思い出していた。
「シヴと言ったな、お前はもしかすると魔王を独りで倒したという男か?」
「ああ? 何でお前さんまでそれを知ってんだよ?」
「やはりか……。いや、すまん、アレンに聞いていたのだ。」
「俺の居ない所で俺の話が広まるのは気分がいいもんじゃねーな。」
「すまないな。」
「お前さんが謝ることじゃねーよ、うちの家主と国王様にゃ困ったもんだぜ。」
そう言いつつも、シヴが本心で怒っているという訳ではない事がドルフにも伝わる。ぶっきらぼうな物言いだが、少し不器用で飾らないこの男の事を、ドルフはもう少し知りたくなった。
「お前には一度会いたいと思っていたんだ、こんな偶然があるとはな。」
「アレンから何を聞かされたかしらねーが、そんないいもんじゃねーよ。」
ノノから渡された水を飲みながらそう答えるシヴ。
火龍はおずおずと近付くピーニャに構っていた。
「お前は闘技大会には出ないと聞いた、それが残念でならないよ。」
「いや、出るよ。」
「仕事はいいのか?」
アレン達から聞いていた話との食い違いを感じたが、ドルフからはシヴが嘘をつく男にも見えない。
「出るって言っても審判としてな。お前さんは出るのか?」
「いや、俺も出ない。代わりに娘が出る予定だ。審判であればオウルの仕事として請けられるのか?」
「さーな、わからん。でも約束しちまったからな……。」
シヴは火龍の尻尾にじゃれつくピーニャと、それを必死に引きはがそうとするノノを見て鼻で笑う。
「大丈夫かよあれ。」
胡坐の上で頬杖をつき、ピーニャを指差してドルフを見るシヴ。ドルフはそれを見ながら少し眉を歪ませたが、すぐに元の穏やかな表情になってシヴに答える。
「大丈夫だ、お前を失望させるような事にはならないだろう。」
「別に俺が出場するわけじゃねーから失望も糞もねーけどな。」
「それもそうだな。まあ無様な試合は見せないだろう、という事だ。」
ドルフは心の内ではシヴとの手合わせを望んでいるのだが、そんな状況ではない事も理解している。いつかは、そう思いながら今はそれすらも口に出さないように努めた。
シヴはドルフに持ちかけられれば応じるだろうが、自分から手合わせを願う事等はない男である。特に意識もせずに、火龍とじゃれる獣人の娘を見て笑っていた。
「ところでお前さん達はここで何をするつもりなんだ?」
「ああ、説明がまだだったな、実は……」
ドルフと火龍がムパシ山の噴火を止める計画をシヴに話し、シヴは黙ってそれを聞いた。全ての話を聞いてからシヴは、一つ思い当たる事がある、と火龍に向かって口を開く。
「お前さんでも掘れねー岩ってのは、もしかして金剛石の事じゃねーのか?」
「あらすごい、何でわかったの~?」
「いや、昔親父に見せられた事があるんだわ。龍でも砕けねえ石があるってな。」
「火山には結構ある物なんだけど、少し嫌な予感がするのよね~……。」
溜息をつく火龍の顔の前に、シヴが愛剣の切っ先を突きつける。
「斬れるぜ。」
ドルフ達は一瞬慌てたが、火龍は特に動じる事も無く、そのままシヴを見て聞き返す。
「……本当なの?」
「ああ、こいつなら斬れる。」
シヴは愛剣をまた自分の横に置き、水を飲んだ。
火龍はしばらく無言で考えた後、シヴへ尾を突きつける。
「何の真似だこりゃ?」
「さっきの仕返しよ~、怖かったんだからね。」
「嘘つきやがれ、顔色一つ変えてなかったじゃねーか。」
「変えられないんですもの~。」
「何だよそりゃわけわかんねーこ……」
「お願いしちゃおうかしら。」
火龍は尾を戻しつつ、シヴに協力してもらう事になるかもしれない、そう言った。
「最初からそう言えや。」
「もしあればの話よ、あればのね。どちらにせよこれが終われば私があなたを町まで送るから、待機はしていて欲しいわね~。」
もし金剛石が邪魔をしていた場合に備えて、シヴがここに留まる事になった。
しかし、当然ドルフ達ははいそうですかという訳にもいかない。
「マグマの中に人が入れると思うのか? 俺達にそう言ったのはお前の方だぞ?」
火龍に抗議するドルフ。少しでも身体に触れればただでは済まないのだから無理もない事であった。