火山の麓②♦
ノノが近くの民家で干し肉を見付けた頃、火龍はドルフに今から自分がやろうとしている事を伝えていた。
「昨日火口から潜ってみたのだけど、丁度あの山もう一つくらい地下に大きめのマグマ溜まりがあるわね~。」
「大きな部屋のような物があるという事か?」
「簡単に言えばそうね、そこ一杯にマグマが詰まっていると思ってくれればいいわよ~。」
もっと深く迄行けば更に大きい物もあるだろうが、火龍はそこで十分だと考えた。
「それがあると噴火をするのか?」
「いいえ~、そういう訳じゃないわよ~。そこから少しマグマを抜こうと思ってるの。」
「マグマを抜く? いったい……。」
どうやって、そう言い掛けたが火龍はドルフの質問を待たずに先を続けた。
「地上まで穴を掘るわ、そこからマグマを抜いて火口付近の圧力とガスを減らすのよ~。」
「よくわからないがわかった、それがこの場所が助かる方法なんだな? しかしそんな事ができるのか?」
噴火を防ぐために溜まっているマグマを減らす、漠然とそう理解したドルフは、今度は地面に山一つ分の深さの穴を開けるという火龍の言葉に驚く。
「出来るわよ~、ただし、予定通り真っ直ぐ掘れるかは運が絡むかしら。」
「何か手伝えることはあるか? ただ見ているというのは性に合わないんだ。」
「残念だけどないわね~、内側から掘るつもりだし。」
「そうなのか……。」
マグマ溜まりの内壁から地上に向かって穴を掘り、マグマと文字通りのガス抜きを行う予定なので、マグマに触れる事すらできない獣人に出来る事はない。
そう言われドルフは肩を落とす。
「しかしどこに流すつもりなんだ? こちらに流しては意味がないから山を挟んであちら側か?」
ドルフは山の方を指差しながら言う。勿論それは山の向こうを指しているつもりだ。
「それなのよね~、どこがいいかはこれから見て決めるつもりよ~。」
火龍の今日の予定は、昨日脳内で作り上げたマグマ溜まりとの開通予定地を決める事。
「といってももう候補はあるんだけどね、大きな湖があるわよね?」
「ああ、少し距離があるが確かにある。」
「そこに潜ってみて決めるわね、駄目なら他を探す事にするわ~。」
火龍は安心させるために微笑んだつもりだが、龍の姿ではやはり表情はない。
そこへ備蓄されていた大きな干し肉を抱えたノノが戻ってくる。
「お待たせしました、少し火を通した方がいいかしら?」
「私はそのままでも大丈夫よ~?」
「俺もだ、切り分けてくれ。」
ノノは爪で自分とドルフの分を小さく切り取ると、残った全てを火龍の前へ差し出す。
「随分と不平等ね~……。」
二人の気持ちは察しているがゆえに、出された物を引かさせる訳にもいかない。
つまりこれは期待と、自分達が何も出来ない事の謝罪だ。
「口に合わなければ言ってくれ、外で何か獲ってくる。」
「心配しなくても何でも食べるわよ~。」
期待は裏切らない、そう伝えるために火龍は目の前の大きな干し肉を齧った。
それを確認して、ドルフとノノも小さな干し肉を齧る。
短い食事の時間は流れ、火龍は身体に付いた火成岩を手で払いながら立ち上がる。
「行くのか?」
「ええ、確認して最適だと判断したらそのまま火口に向かうわ。戻ってくるのは夜になると思うわよ~。」
「わかった、俺達は狩りに出る。すでにこの辺りの獲物は異変を察知して逃げてしまっている、少し遠出するから丁度いいだろう。」
「寝た方がいいわよ~、ここまで寝ずに来たんでしょう?」
ドルフ達はあの町からこの集落まで一日半で来た事になるが、休まずに来ないと獣人の健脚でも無理な時間だという事は、普段空を高速で移動する火龍にもわかっていた。
「気遣いは嬉しいが、それは無用だ。狩りに出ていると寝られない事などよくあるからな。」
「そう? じゃあ無理しない程度に頑張るのよ~?」
火龍は手を振り空へと消える。
残されたドルフ達は互いに頷きあうと、集落の外へと駆け出した。
火龍は山の上空から湖を見ると、マグマ溜まりと湖を脳内で繋ぐ。
掘り始めるのに適した場所を記憶から引き摺り出すと、次に湖に向けて下降して行った。
(方向はいいけど、思った通り繋がるかしら。)
そう思いながら湖にそのまま飛び込むと、湖底迄沈んでいく。
湖底に足が付くと、今度はその泥の中に腕を突き刺し、感触を確かめながら掘り進んでいく。
泥が砂になり、それでもなお掘るのを続けると、やがて硬い岩盤にぶつかった。
(ふんふん、結構な深さがあるわね~。)
岩盤を爪で削って硬度を確かめ、火龍は湖を出る。
(思った通りかあ、でもこのくらいならいけるわね~。)
爪に少し残る削った岩盤を見ながら結論付けると、すぐに火口へと向かった。
昨日と同じく火口からマグマの中へ入り、マグマ溜まりを目指す。
マグマ溜まりの中で湖の方を向いた火龍は、勢いをつけて壁に爪を突き立てると、捻りを加えながら壁を穿って行く。
一方その頃、ドルフとノノは獲物を求めて、集落からかなり離れた森の中に居た。
火龍と面識が無いピーニャにはこの森で待つように言い、二人だけで火龍の居る集落へ向かったのだが、その様子見も兼ねている。
「やはりピーニャは置いておいて正解だったな。」
「そうね、火龍さんのあの姿を見たら尻尾を膨らませて威嚇するわあの子。」
火龍はそんな事を気にするような性格ではないが、ドルフ達はまだそれを知らないし、知っていたとしても失礼になるだろうからと同じ事をしただろう。
森を暫く進むと、ノノがピーニャの匂いを捉える。
ノノの嗅覚はドルフよりも鋭い。
「ピーニャともう一つ、血の匂いがするわ。」
「どっちだ?」
「ついてきて!」
ノノが木と木の間をすり抜けて這うように地面を走り、ドルフが木の枝から枝へ飛び移りながらそれを追いかける。
やがてドルフの鼻にもピーニャの匂いが届くと、今度はドルフがノノを追い抜き、ノノはドルフの死角を確認しながら走る。
そうして少し拓けた場所に出た時、黄金色の羽根を持ち、自分の背丈とさほど変わらない巨大な鳥の血抜きをしているピーニャの姿が二人の目に入った。
「やるじゃないかピーニャ、火山鳥は俺でも捕まえるのが難しいんだぞ。」
「パパ! ママ! 待ってたにゃ! 見て欲しいにゃ!」
そう言って誇らしげに首から血を流す火山鳥の死体を二人の前に差し出すピーニャ。
火山鳥は火山の火口近くの岩肌に巣を作る鳥で、滅多に狩場に降りてくることはない。
「ああ、凄いぞ、立派な獲物だ、飛びっきりのな。」
「偉いわピーニャ、とっても美味しいのよ火山鳥は。」
頭を撫でながら娘を褒めてやる二人。
ノノが喜ぶピーニャを見ながら呟いた。
「でもこんな所に火山鳥がいるという事は……。」
「……そうだな、このままではやはり火山の噴火は免れないという事なんだろう。」
火山鳥も噴火を察知し避難してきた、そう考えたドルフとノノは、振り返り火山を見た。