オウル試験を見学します⑥
「話は分かったのじゃ、お主より力量の劣る者が依頼で命を落とすのが耐えられんかったのじゃな。」
「はい、それがオウルへのギルドマスターの責任だと、私は考えますから。」
優しいのはわかるがそれでいいんだろうか。と考えているとシヴが口を開いた。
「それじゃ~育つ奴の芽を摘むことにもなるぜ、魔物の討伐ばかりが仕事じゃねえんだからよ、腕っぷしだけ求めても仕方ねーだろ。」
「それは私も理解しているつもりです、ですが……。」
「魔族の中には和平を心良く思ってない者達もおる、じゃな?」
「そうです、戦争が終わってから、世界は随分と変わりました……。魔族にも友好的な者達が多くいる事もわかりましたしね。実際に人間の町に住み、受け入れられている者もいます。それでも、お互いの差別意識が完全に無くなった訳ではなく、むしろそれまで平和であった場所での被害が増えているのは事実です。」
「そこに王都からの討伐命令が出りゃ、断る訳にもいかねえ……。ってこったな。」
「ええ……、ですから今までこうやって……。」
「色々言いてえ事もあるが、まあ分かったよ、お前さんの考えは。取り敢えずお前さんよりつえー奴がオウルになるんだ、文句ねーだろ?」
「そうですね、シヴさんなら私も安心してお任せできます。ただ……。」
「ただ?」
「まだシヴさんは仮登録なので、依頼を振る訳には……。」
あ、そうか、まだ伝えてなかったな。
「それなら大丈夫です、さっき買う家は決めてきました。今日中に契約はするつもりです。」
「そうですか、では役所で居住手続きを行えばシヴさんはすぐにでもオウルに登録できますね。シヴさんに関してはギルド推薦として、サインするだけで終わるよう役所にこちらで手配しておくことが可能ですので、そうしておきましょう。」
「助かるぜ、ペンは軽すぎるからなるべく持ちたくねーんだ。」
「ふふ、そんな事を言いながら筆記試験は満点だったじゃないですか。」
シヴが満点だと……? ていうかさっき点数が悪かったって言ってなかったか、あれも希望者を追い払う為の嘘だったのか。
憑き物が落ちたような表情で、ナインハルトは自分の椅子に座る。
「しかし、シヴさん程の技量がある方は今まで見た事がありません。あのダコタの町でもこれほどの使い手は現れませんでした。有名な剣豪の元で修行されたのですか?」
「親父に教わったんだが、まあ、有名……っちゃ~、有名なんだろうな。」
「こやつの父親は剣聖じゃよ。」
さらりとキイがシヴの素性をばらす。まあ隠してる訳でもないんだけど。
「け、剣聖様の……!? どうりで私などでは敵わないわけですね……。知らぬとは言え、剣聖様のご子息に何と言う無礼を……。いつかは私もお会いしたいとは思っているのですが、中々そういう機会に恵まれないものでして。」
「いやまあ、あのくそ親父の話はもう聞きたくねえ、やめてくれ。」
少し興奮気味のナインハルトに対して、シヴはうんざりした顔だ。
「そ、そうですか……。何か理由があるのですね、失礼しました。」
気持ちはわかるんだけどな。剣聖って簡単に言えば剣の道を志す人達の一番上に君臨している、剣士の王様みたいなものだから。
「まだまだ本領を見させては貰えませんでしたが、シヴ様程の技量なら剣聖になる事も可能なのではないですか?」
本人は気付いてないかもしれないけど、ごく自然にシヴさんからシヴ様に変わったな。
「やめろっつってんだろーが、剣聖の話はよ。俺はそんなもんになるつもりはねえ、そもそも俺よりつえー奴が最低でも一人いるのは確かだからよ、肩書だけの最強なんざいらねえや。」
「シヴ様より強い者……ですか。もしかして……。」
「知ってんのか!? 俺達はそいつを探してるんだ! 何でもいいから話せ!」
ここに来てまさかあいつの情報が手に入るのか? 俺達三人はその期待に胸が高鳴る。
「え? ええ、先程の話に戻りますが、魔族との和平条約を結ぶ為、現王はたった三人の従者を従えて、魔族の王都へと乗り込んだのです。次々と襲い来る魔族を、現王にかすり傷一つ負わせる事なく打倒しながら、王の間へと導いた三人の従者の中に、凄まじい剣の使い手がいたと聞きました。」
これは……、この話はもしや……。シヴの顔がみるみる青くなっていく、そしてキイは無表情で固まってしまった。
「その剣士の名はわかりませんが、人はこう呼びます、混沌の力を支配せし神の黒き剣」
「やああめええろおおおおおおおおおお!!!」
シヴが耐えかねて、ナインハルトの執務室から恐ろしい早さでで飛び出して行った。
そう、混沌の力を支配せし神の黒き剣とはシヴの事なのだ。
バカ王子に頼まれて魔族の世界に乗り込み、和平条約が締結され、バカ王子が王になったが、何があっても俺達の名前は一切公にしないという約束は守ってくれた。
……守ってくれたのだが、その代わりにバカ王はとんでもない二つ名を広めてくれた。
各地でその噂話を聞く度に、シヴは枕に顔を埋めて足をバタバタしたくなる思いをぐっと堪えながら旅を続けてきたのだ、王への殺意を募らせながら。
「シヴ様! シヴ様どうされたのです!?」
慌てて追いかけようとするナインハルトだったが、シヴはとっくに消えていた。
「無駄ですよ、シヴが本気で走れば一晩で霊峰三つは越えますから。」
「し、しかしなぜシヴ様は……。」
「うん、そうですね、多分王から聞いたんですよねその話?」
「ええ、私は直接陛下から伺いました。」
「その馬鹿な全身ピンクの黒髭の王様ね、助けてね、魔族の国に乗り込んだのね、俺達なんですよ。」
「……!? なんと! では混沌の力を支配せし神の黒き剣はシヴ様の事なのですか!?」
「そうなんですけどね、もう言わないであげてください、本人痛く傷付いてるので。」
「傷付く……? なぜですか? 物凄く格好良いのに!」
ナインハルトって天然だったんだなあ。
「し、しかしそうなると、もしかしてそちらのエルフのお方が……?」
ああ、やっぱりそっちもつつくか、キイは未だ無表情で固まったままだが。
「その華麗なる弓捌きでどんな距離でも敵を射抜き、同時に美しさをも兼ね備えたエルフの女王にして、
人類の為に戦う女神のような慈愛の心を持つという、清廉にて美しき大自然の怒り!!」
「…………。」
キイが白目を剥いて膝から崩れた。この名前が出る度にキイは三日ほど悪夢にうなされながら旅を続けて来たのだ。
「もうほんとやめてあげてください、二人共その名前で呼ばれるとこの町から消えると思います。」
「そんな!? それは困ります! しかし何故!?」
「そうですね、それは感覚の問題なので、ナインハルトさんには凄く……、その、格好良いかも知れませんが、笑い物にする人もいましてね……。まあ本人が嫌がってるからやめてあげてください。あとこの事は一切他言無用です、よろしくお願いします。」
「そ、そうですか……、わかりました。最後に一つだけお聞きしても?」
「なんでしょう?」
「にんにー、アレンにんにー、おんぶちてー」
俺は泡を噴きながら幼児退行しているキイを背負いながら返事をした。
「あなたの二つ名、【死なない人】というのはどういう?」
「あー、相変わらず俺だけ扱いが雑なんだな、あのバカ王。まあ隠してる訳でもないんですけど、それ、そのまんまですよ。俺何があっても死なない身体にされちゃったんです。それだけです。じゃ、また来ます。」
今一腑に落ちていない表情を浮かべるナインハルトを背に、執務室を後にして宿へと向かう。
家の契約が終われば後は居住登録をするだけだ、この町の住人になるまであと少しだな。