獣人と町へ①
「アレン! 居るか!」
庭からドルフに声を掛けられ、キイの疑念は取り敢えず思考の奥底へ。
戻ってきたという事は上手くピーニャに会えたんだろう、と思って窓を開けると、ドルフ、ノノ、ピーニャ、それにトールさんまで居た。
「どうもっす。」
「どうも。まさかトールさんまで連れて来るとは思わなかったよ。」
「ピーニャが連れて行くと言って聞かないのでな……、すまない。」
これでも娘の恩人であるわけだし、気持ちはわかるけどな。
「いや、別に構わないよ。折角だしみんなで夕食でも、と言いたいところなんだけど、食事の用意とかはまだなんだ。何か買って来るからみんなで食べようか。」
今から作るのも面倒だしな、材料じゃなくて出来合いの物がいいだろう。
「それなら自分行って来るっすよ、何か食べたい物あるっすか?」
トールさんが挙手をしてそう言うと、ドルフが止めた。
「いや、それなら俺かノノが行くのが筋だ。アレンもトールも俺達の恩人なのだから。」
「ほう、久しぶりじゃなドルフ王よ。」
風呂を見て戻ってきたキイがドルフに声を掛け、優雅に礼をする。
ドルフとノノもキイを見て礼を返した。
「ああ、キイ陛下も変わりないようで何よりだ。これがあの時の娘だ、覚えているか?」
ドルフがピーニャの襟足を掴んで前に出す。
「覚えておる。と言っても後で思い出したのじゃがな。」
「で、食事どうするんだ? いっそ皆で買いに行くか……? いや、それなら店で食べた方がいいな。」
「夕食の事かの? それならそうするのがいいじゃろう、ローランがいれば苦労は無かったのじゃが。」
となると、出かける前に先に風呂なんだけど……。
「キイ、風呂はどうだった?」
「まだぬるいのじゃ。」
そっか、とはいえそれでももうぬるいと言えるくらいにはなってるのか……。
このまま風呂が沸くのを待ってても仕方ないし、やっぱり俺が買って来るかな。
「ドルフ王よ、すぐに入るかの?」
あまり実感はないけど獣人の王様に何てこと言い出すんだキイ。
「ああ、案内を頼んでいいか?」
ドルフもあっさり受け入れたな。
いや、断れる立場じゃないってのはわかるんだが。
「何じゃアレン、変な顔して。」
「いや、幾らなんでもぬるい風呂を勧めるのはさ……。」
「いや、それは違うぞアレン。俺達は熱い湯は苦手だからむしろ有難い。」
「そうなの?」
ドルフにそう言われてもなあ、と思ったが、気を使って嘘をつくような性格でもないか。
キイに案内されてドルフ達は浴場へ向かい、トールさんと俺が庭に残された。
丁度いいからあいつの事を聞いておこう。
「トールさん、一つ聞きたい事がありまして。」
「何すか?」
「名前は聞いてないんですけど、トール人材商会でクビになった事がある男、わかります?」
「あ……、あー、はい。マスターから聞いたっす……。」
あの喫茶店のマスターか、なら話は早いな。
「ローランはあの人が俺に報復……、っていうか逆恨みなんですけど。とにかく暴力に訴えるんじゃないかって言うんですよ。」
「……そっすね、自分も多分そう思います。」
他人大好きなトールさんにそう言わせるんだから碌なもんじゃないなあいつ……。
「で、ローランはあいつが弱いから気にしなくていいっていう訳なんですけど、どう思います?」
トールさんは腕を組んで考え始めた。
上を向いたり下を向いたり、何か思い出したような顔をしたり苦虫を噛み潰したような顔をしたり。
やがて眼を閉じたまま眉間に皺を寄せて一言。
「弱いすね。」
「え、それだけですか?」
あれだけ考えてそれだけ?
凄く時間を無駄にした気がする……。
「でももしかしたら強い人を雇ったりとかはするかもしれないす、悪そうな人と一緒に居るのを見た事があるんすよ。」
「悪そうな人っていうのは?」
「よくわかんないすけど悪そうな人っすよ。自分は遠くから見かけたから気付かれなかったすけど、ムキムキで、日焼けしてて、禿げてて、すれ違う人全員を睨んでたっすね。」
兄貴分みたいなものだろうか? 嫌だなそんなのに絡まれるのは……。
武器有りなら負けないとは思うけど、町中で斬りつける訳にもいかないし……、かといって殴られたら痛いしなあ……。
取り敢えず今は心配そうなトールさんを安心させるために笑顔を見せておくか。
「ありがとうございます、特徴は把握できたんで見付からないように気を付けます。」
「そ、そっすね、見付からなければ大丈夫っすよ!」
トールさんも精いっぱいの笑顔で応えてくれた。
いや相変わらずの歯の白さだな、なんて思っていると、ドルフ達を案内したキイが浴場から戻ってきた。
笑顔で向かい合う俺とトールさんを見て、少し顔を引きつらせる。
「な、何なのじゃ気持ち悪い……。」
「え、何ってほら、トールさんの歯の白さの秘訣を……。」
「確かに不自然なほど白いがの……。」
「うん、不自然だよな。」
「よくわからないんですけど褒められてはないっすよね?」
「いや、褒めてるつもりですよ。」
「あ、じゃあ良かったっす。」
しかし困ったな、町で見つからなくても家とか調べて来る恐れだってあるしなあ。