スケープゴート
「アレン、その件はお主に任せる他に手立ては無さそうじゃからいいが、一つ確認しておきたい事があるのじゃ。」
ヒルダさんが持って来たつけ毛をエヌの髪に編み込んで、天使の顔を隠していくのを見ながらキイは俺に尋ねてくる。
「何?」
「これは、確かに【天使の種】というのじゃな?」
「そうだよ、発芽してるんだろうから種って言うのか微妙だけど。」
「ふむ……。」
それだけ返すと、キイは神妙な面持ちで黙り込んでしまった。
ヒルダさんは真剣な表情、エヌは嬉しそうに出来上がりを待っている。
スノドさんが薬瓶を数本拭き終えた頃、ヒルダさんがエヌの頭をペチンと叩いて笑顔になった。
「よし終わり! いい感じに隠れたんじゃない?」
エヌの頭の天使は、編み込まれたつけ毛ですっかり隠れてしまった。
といっても小さなエヌの頭に出来た天使は、見た目が隠れたとはいえその部分だけ盛り上がっている。
超巨大なたんこぶのようだ。
「もう少しなんとかならんかったのか、これではスノドの虐待が疑われてしまうのじゃ。」
「うっさいわね、外に出る時は髪飾りでもつけて隠せば大丈夫よ! あんなフードなんかよりよっぽどマシでしょうが。」
「ありがとうヒルダさん!」
三人が仲良くなった話はさっき聞いたが、喧嘩の後で仲良くなるなんて不思議な縁だな。
「丁度後頭部だし、エヌの髪が長ければ後ろで結んで綺麗に隠せそうだけどな。」
「それが中々伸びませんでねぇ。」
スノドさんはエヌの髪が伸びないと言う。
天使の種の影響だろうか? 栄養を吸われてる訳だしな。
「ま、伸びないだけならいいんじゃないの? 禿るよりは。」
ヒルダさんが立ち上がりながらそう言った。
そりゃそうだなと思う。
「お主は本当に何でもズバズバ言うのう。」
「悪い?」
「いや、嫌いではないのじゃ。」
「私はあんたなんか嫌いよ、マスターとの一件、許してないからね。」
マスターってのはギルドマスター、ナインハルトの事だよな。
許されない様な事をしたのだろうか、キイが恨みを買うような事をするとは思えないが……。
「キイ、ナインハルトに矢でも打ち込んだのか?」
「そんな事はしておらんのじゃ、ヒルダはワシらがナインハルトと風呂に入った事に、何故か怒っておるようじゃな。」
ああ、はいはい。
そうだろうな、シヴの試験の時からそんな気はしてたんだ。
ナインハルトの名誉もあるし、誤解は解いておくか。
「ヒルダさん。」
「何よ。」
「確かに風呂にはみんなで入ったし、ナインハルトが居たのも事実ですが……。安心してください、ナインハルトは常に目隠しをしていたんですよ。」
これで疑いは晴れるだろ。と思ったら、ヒルダさんは額に青筋を浮かべて俺を睨みつけて来た。
「……だから何? 目隠ししてればいいわけ?」
あ、駄目だ、間違ったぞこれは。
「いや、あのですね、ナインハルトは意識を失った状態で風呂に連れてこられて、意識を取り戻したんですが吹き矢で眠らされまして……。それをシヴが担いで湯船に……。」
しどろもどろになる俺。
「気付いたらすぐ出ればいいんじゃないかしら? 聞いた限りではエルフの体を随分ゆっくり楽しんだようですけど?」
何を話したんだキイ!?
「ちが、違いますよ! 目隠しをしたまま出ようとしたらそれをキイが剥ぎ取って偶然見えただけです! 事故ですよ事故!」
「じゃあやっぱりこのエルフが露出狂なんじゃない!」
ヒルダさんがキイを指差して睨んだ。
参ったな。どうしよう。
……あ、そうだ。
「ヒルダさん、実はあれは国王陛下のご命令だったんです、俺達は無理矢理陛下の趣味に付き合わされていただけなんですよ。」
「はぁ? 何で王様が出てくんのよ。」
「実は、風呂には国王陛下も居たんです、ほらキイが元女王って話は聞いたんでしょ?」
「聞いたわ。依頼の手続きの時にね。」
ああ、依頼の時に身分を明かさないとそりゃ、エルフの国から服盗んで来いって言ってるように受け取られかねないよな。
じゃなくて。
「だからですね、あの日陛下と領主様もキイに挨拶したいってお越し下さってたんですよ。本当に居たかどうかはナインハルトに確かめればわかります、ナインハルトは陛下の警護をしてましたから。」
ヒルダはもう一度キイを見て確かめる。
「本当なの?」
「本当じゃよ、ナインハルトはトビーの身辺警護を自ら買って出たのじゃ。風呂でも常に真正面にトビーがいる位置じゃったのそういえば。」
それは偶然だが。
「誰が風呂に入ろうって言い出したの?」
ヒルダさんの視線がこっちを向いたが、すでに先程までの怒りが随分薄れているのがわかる。
「陛下が最初に領主様と湯浴みをしておられました。そこに許可も無く俺達平民が同席するなんてあり得ると思いますか?」
「そ、それもそうよね……。」
勝った。
トビーには悪いが……、いや、悪くないか。俺達の代わりに思う存分恨まれてくれ。
「私が悪かったわ。」
「ほう、いきなり随分と素直じゃの。」
「自分が悪いと思ったらすぐに謝るのが当たり前でしょ?」
罪悪感がこみあげて来た……。