吉報②
エヌの家の扉を叩き、返事を待たずに中に入る。
「思ったより早かったのアレン。」
「アレンお兄ちゃんおかえり!」
何故か掃除をしているキイと、それを手伝っているエヌ。
店主である老婆も空の薬瓶を磨いていて、手を止めて俺に会釈をすると、また作業に戻った。
「なにやってるんだ……?」
「掃除じゃが?」
「見たらわかる。」
「ヒルダにここを見せたら、やってなくても店は綺麗にしろと怒られての。」
「怖かったねー!」
怒られて、って。
エヌも楽しそうに掃除してるし、謎だらけだな。
「そんな事より、お主の首尾はどうなのじゃ?」
そうだった、それを知らせに来たんだった。
「エヌの病気の正体、わかったよ。」
「ほう……、エヌ、スノド、詳しく聞くとするのじゃ。」
スノドってのは老婆の名前か、三人とも掃除をやめてこっちを見る。
俺は咳ばらいを一つして、火龍に聞いた事を話し始めた。
「まずエヌの頭にある顔。それは病気ではなくて、【天使】っていう種族が寄生しているかららしいんだ。」
「天使様?」
エヌが首を傾げたが、多分他の二人もぴんとは来ていないだろう。
「いや、あの天使じゃなくて、遥か昔に滅びた種族の事らしい。で、そいつらは種を他の生き物に植え付けて繁殖していたんだけど、どういうわけかそれがエヌの身体に入っちゃったみたいなんだよ。」
「種の状態で生き続けておるのか?」
「さあ、そこまでは。でも種っていうくらいだし、植物の種みたいに休眠状態を維持し続ける事が可能なのかもしれない。」
「ふむ……、続けるのじゃ。」
「で、寄生先の栄養を貰いながら成長はするんだけど、今の世界じゃ成体の天使迄育ち切れるような力を持った宿主は、龍くらいしか居ないらしい。」
「ではエヌに寄生した天使とやらはいずれ枯れると?」
「それがそうもいかなくて、天使の種が死ぬ時は宿主も死ぬ時らしいんだ。このままだとエヌは30年くらいで死ぬらしい。」
「なんと……。」
スノドさんが涙を零す。
エヌも自分が30年しか生きられないと聞いて、当然だが随分落ち込んでいるように見える。
「そこまでエヌ達の事を考えずに好き勝手話すのじゃ、勿論そうならない方法も聞いて来たのじゃろうな?」
「流石だなキイ、さっきも言ったけど、龍に寄生すれば天使は成長し切る事ができる。でも今まで天使が現れた事はない、何故か。」
「龍達はそれを取る方法を知っているのじゃな?」
「うん、竜草という草を使えばいいらしいんだ。」
「聞いた事も無いのう。」
植物に詳しいエルフでも竜草の事は知らないらしい。
もしかしたら実は知っていて、龍と俺達は別の名前で呼んでいるだけなのかもしれないが……。
「生えている場所が特殊なんだ。」
「まさか空の上に生えているとでもいう訳ではないじゃろうな?」
「その通りだよ、魔族でも行けないような高さの場所にしか無いと龍は言ってる。」
キイの表情が曇る。
どうやって手に入れるんだとかではなく、おそらく心当たりがあるものの、その場所自体に問題があると言いたいんだろう。
「キイは多分察したんだろうけど、世界樹の上だ。」
「やはりか……。」
大きなため息をついてキイが瞳を閉じる。
少し考えた後、口を開いた。
「つまり、ワシらではどうにもならんから龍に取って来てもらうという訳じゃな?」
「いや、それなんだけど……。実は俺が世界樹の上に行く許可が欲しいんだ。」
「何故じゃ、龍しか行けないのではないのか?」
「うん、そうなんだけど、その、独りじゃ寂しいって言うんだ……。ほら、俺死なないからさ……。」
「エルフの長い歴史の中でも、他種族に世界樹を登る許可を出した話なんか聞いた事無いのじゃ……。」
またキイは瞳を閉じて腕を組んでしまった。
しばらく沈黙が続く。
「あんたエヌを助けたくないわけ?」
唐突に静寂を破って女性の声が響く。
焦って振り返るとヒルダさんがいた。
ヒルダさんは呆れた顔でキイを見ており、キイは片眼を開けヒルダさんを見ている。
「そんな訳ないじゃろう……。」
「そんな訳ないようには見えないけど?」
「む……。」
本当に一体何があったんだよこの三人に……。
「そもそもキイの許可なんかいるわけ?」
ヒルダさんの矛先が俺に向いた。
「いや、その、一応エルフの護ってる聖地だし?」
「下らない、男だったらねえ、止められたらぶん殴ってやるくらい言ってみなさいよ!」
怖い、何この人怖い……。
「わかった! わかったのじゃ、許可する! 責めはワシが受けるから行くがよい。」
「あ、ああ、わかった。必ず竜草は持って帰るから。」
「当たり前じゃ、失敗は許さん。」
そう俺に言ってエヌを見るキイ。
この子の為なら、そう自分に言い聞かせているのだろうか。
「やるじゃない女王様、見直したわ。」
ヒルダさんがエヌを挟んでキイの隣に座る。
「お主の言う事は正論なのか暴論なのかわからんのう……。」
キイは呆れた声を出しながらも、その顔は笑顔だった。