火龍と会いました⑥
「ところでどうやって持って帰るの?」
正気を取り戻してくつろいでいた俺に、火龍が聞いてくる。
「まあ鞄に入れて帰るよ、もう後は帰りに着替える為の服しか入ってないから平気だ。」
火龍の牙は常に100度を超える熱を発しているとはいえ、革の鞄だし取り出すときに直接触らなければ問題ないだろう。
「火傷しないようにね~。」
鞄に火龍の牙を入れて貰い、残った紅茶を飲み干した。
「よし、じゃあ早く知らせてやりたいから帰るよ。」
川を下流に向かって伝って行けば町まで辿り着くだろうし、ドルフ達は火龍に任せておけば安全だろう。
「待てアレン、俺達もお前の町に用がある。」
「用?」
「娘を残している。」
そうだった、ピーニャがドルフ達の帰りを待ってるんだったな。
どうしようか……。
「心配しなくてもお姉さんが送っていくわよ~?」
悩んでいると火龍が小さく挙手をして微笑んだ。
「送って行くって言っても抱えるのは二人が限界だろ? 二回も行かせるのは流石に悪いよ。それとも背中に一人乗せるのか?」
「あら、見えないけど尻尾があるのを忘れてるみたいね。」
確かに河原で見た時は岩でも砕きそうな尻尾があったが……。
そう考えた時、急に透明な何かが身体に巻き付く感じがした。
そのまま俺の体は宙に浮かぶ。
「うわ! 何だこれ!?」
「こういう事よ~? 背中は羽根を動かすのに邪魔だから乗せられないけどね。わかった?」
龍の姿を見ていないドルフ達は、突然浮いた俺を見て目を丸くして言葉を失っている。
「わ、わかったからもう下ろしてくれ。」
「ん~……、ついでだからこのままもう行っちゃいましょう!」
「え?」
次の瞬間ドルフとノノの背後に回った火龍は、二人をがっちりと抱きかかえる。
「じゃあ行くわよ~。」
床を蹴って、地面と水平になりながら巣の入り口から勢いよく飛び出す火龍と、それに抱えられた俺達。
空中で川を越え、巣のあった崖と逆の崖にぶつかる寸前、凄まじい風圧と押さえつけられるような重力加速度を全身に受けて垂直に空へと方向を変えて上昇する。
火龍の勢いが止まり、ゆっくりと空中散歩をするような飛び方に変わったので落ち着いて下を見ると、地面はすでに遥か彼方に遠のいていた。
「も、もう少しお手柔らかに頼むよ……。」
「あら、面白くなかったかしら?」
「俺は死なないから万が一があっても何とかなるけど、ドルフ達はそうはいかないだろ。」
尻尾に巻かれている俺からドルフ達は見えないが、高山病なんてものもあるんだし一抹の不安がよぎる。
「見ろノノ、こんな経験をした獣人族は居ないのではないか?」
「ええ、何て素晴らしいのかしら……。」
火龍は尻尾を曲げてドルフとノノを見られる位置に俺を運んでくれたが、どうやらはしゃいでいたようなのでこれ以上この件に文句は付けない事にした。
しばらく低速で空の旅を楽しんだ後、今度はじわじわと下がり始める火龍。先には小さく俺達の町が見える。
まさかと思って少し不安になっていたのだが、本来は目立ちたくないからという理由で偽の巣穴迄作って姿を隠してるんだ、流石に今回は町の真上から急直下のような心臓に悪い真似はしないでくれるようだ。
「このまま町まで行くつもりじゃないんだろ?」
「森の中に降りるわ、今の時期は人もいないし。あなた達はあそこの魔物なんかに負けないでしょう?」
「いや、俺は武器を貸しちゃったから今手ぶらなんだ、普通に負けると思うよ。」
「獣人さんがいるから大丈夫よ~、何かあったら護ってもらいなさい。」
まあ少なくともドルフが強いのはわかる、ノノは病み上がりだし、そもそも強いのかわからないけど。
「心配するなアレン、獣人の王の名に懸けてお前を死なせたりしない。」
有難い事言ってくれるのはいいんだけど、どの道死ぬか死なないかで言えば死なないんだって。
その後も火龍は高度を落とし続け、広い森の中で町からなるべく近い場所へ降り立つ。
俺の足が地面に付いたのと同時に、身体を締め付ける見えない尻尾の力が緩むのを感じた。
「私が送れるのはここまで。ムパシ山へは明日行くから安心してね~。」
「火龍よ、何から何まですまない。感謝する。」
ドルフとノノが火龍に頭を下げる。
「いいのよ~、紅茶の事、忘れないでね~?」
「無論だ、何なら集落の者達全員に作らせよう。」
「それはそれで希少価値がなくなりそうで複雑ね……。」
笑顔を浮かべて困る火龍。
「ていうか一緒に来ないのか? その姿なら別に町を歩いてても変じゃないだろ。」
俺はてっきり火龍も我が家に来るつもりだと思っていた。
が、どうもそうでもないらしい。
「残念だけど今日はやめておくわね~、明日の事もあるし少し準備したいの。」
「そっか、じゃあ今度ゆっくり遊びに来てくれ、皆にも紹介したい。」
「言われなくても竜草取りに行くときには迎えに行くわよ~。」
「そうだったな、待ってるよ。」
「いつになるとは言えないんだけどね、火山の様子もまだ見ていないし。」
「ああ、大丈夫だ。もし家を空けてても必ずどこにいるか伝わるようにしておく。」
「うん、じゃあみんなまたね。」
そう言うや否や、火龍は俺達に衝撃波が来るほどの速度で空中に消えて行った。
「一瞬で視界から消えたな。」
「ええ、すごいわね火龍さん……。」
「あれでも俺達の為に手加減してたんだな……。」