剣聖の旅⑤♦
玉座の間に戻ると、顔を真っ赤にした大臣に執事風の老エルフが責められている姿があった。
「おまえがついていながらなぜあんなことを!」
「いやお恥ずかしい。」
「恥ずかしいと思うならしっかりと見張っておれ!」
「肝に銘じます。……あ、ミーム様。」
執事風の男がシヴとミームに気付いて頭を下げる。
「セバス、また怒られてるの?」
悪びれもせずにミームは玉座に腰掛け、頬杖をつく。
「誰のせいだと思ってるんですか!」
大臣がミームに詰め寄るが、ミームは無視した。
シヴにはセバスと呼ばれた男もたいして気にしていない様に見える。
「もしかしてこいつらいつもこんな感じなのか?」
「ぶふっ!」
近くにいた兵士に尋ねると、兵士は我慢できずに吹き出してしまった。
「そこ! 何を笑っておるのだ! 女王の御前だぞ!」
大臣の怒りの矛先が自分に向けられて、慌てて無表情を作る兵士。
シヴは敢えて道化を演じているトビーより、断然ミームの方が性質が悪そうだと思い至る。
「まあまあいいじゃねーか。あんたも大変だとは思うけどよ、俺はキイの依頼でここに来ただけで別に大使でもなんでもねえ。この方が堅苦しくなくて助かるぜ。」
大臣への同情を含ませシヴは肩を竦めた。
大臣は大きくため息をついて、玉座から数歩下がる。
ミームは大臣が諦めて黙った事を確認すると、セバスに部屋に戻るよう手振りで伝えた。
セバスがミームとシヴに一礼して、右の扉から退出して行き、静寂が訪れる。
「うん。じゃあ始めて。」
最初に口を開いたのはミームだった。その視線は大臣に向けられている。
「では……。こほん、前女王キイ様の使い、シヴよ。そなたの要件を述べよ。」
「依頼を請けて手紙を持参した、この手紙に持ち帰る物も書いてある。あとよ、詳しくは知らねえが人間とエルフで貿易も始めるとかで、あっちに行って窓口になれるエルフも選定してもらいてえ。」
「キイ様からの書状をこれへ。」
大臣が言うと兵士の一人がシヴの元へ歩み寄り、手紙を受け取り大臣に渡す。
それを開き内容に目を通した後、問題ないと判断しミームへそれを渡す。
「ありがと。えーっと、何々……。まずはシヴさんの紹介ね、とにかく強くて独りでも魔王……が……、倒……せ、る? ほんとなの?」
兵士たちがどよめく。
「静粛に!」
しかし大臣が一喝するとそのどよめきも収まる。
「まあ本当だな、あいつとの喧嘩には一回勝った。流石に俺もボコボコにされたが。」
「え、すご……。……まあいいわ、次は姉様の荷物のリストね。……結構な量ね、馬車で来てるのかしら?」
「いや、走ってきた。帰りもそうするつもりだから、俺が持てねー分があるなら派遣する奴に持たせてくれりゃ助かる。俺への依頼は服100着だからそれは持って行くがよ。」
「全部じゃない……。」
シヴにではなく、そんな事を依頼するキイに呆れるミーム。
「んな事はいいよ、大事なのはその次だろ?」
「そうね。みんな聞いて、知ってるかもしれないけど……」
「この件は女王として発表をお願いします。」
大臣が割って入り、ミームを諭す。
ミームは軽くため息をついた後、玉座から立ち上がりゆっくり息を吸った。
「この度前女王である我が姉キイと、人間の国王であるトビーとの間で秘密裏に行われた会談により、国が管理する貿易を始める運びとなった。まずはこのミーム自ら先頭に立ち、試験的に少数精鋭で進めるが、この貿易で国、そして民が潤うと確信できれば、さらに人員、規模を拡大して取り組む事とする。よいな。」
兵士たちが一斉に敬礼をする。
兵士たちの方へ大臣が右手を掲げると、今度は一斉に敬礼が解かれた。
「ハバキという人間があちらでは中心となっているそうだ。ハバキにはミーム、キイ、両名によりこの国に於いては公爵の爵位を与えている。そして、こちらでも相応の人物を用意する必要がある。選定は近日中に行うが、我こそはと思う者が居るのなら遠慮せず名乗るがよい。以上だ。」
大臣に目配せしてミームが玉座に座る。
それを確認した大臣は一歩前に出て、兵士達を見回した。
「自薦、他薦、どちらでも良い。能力がある事さえ証明できれば平民の登用も可能だ。女王の手足となり、こちらとあちらを往復する過酷な日々となるだろう。しかし、その者には当然見合った対価を与える。公爵を与えたハバキなる者は、いずれ伯爵の地位も視野に入れているそうだが、あちらでは未だ侯爵だという話だ。しかし、エルフの大使には公爵の地位を与える事を確約する。」
兵士達はこれまでにないどよめきを生む。
平民からいきなり公爵があり得るという事で、前代未聞の事だ。
「それだけ本気ってこったぜ、俺達もお前さん達もな。」
シヴは人間とエルフ、双方の国をそう表現した。
「ま、伯爵どころか王妃様になるかも知れないんだけどね。」
そう小さく独り言ちたミームの声を聞いたのはシヴだけ。
シヴとミームの目が合い、シヴは肩を竦めてニヤリと笑った。