ヒルダとエヌとキイ♦
「これで満足かしら!?」
ヒルダは敗北の代償として、若者に人気の菓子と飲み物を買いに行かされた。
うるさかったクロウ達はキイにお仕置きされて、ギルドの中でナインハルトに介抱されている。
この場にはキイ、エヌ、ヒルダの三人だけ。
「うむ、ご苦労なのじゃ。」
「ありがとうヒルダさん!」
アレン達の屋敷の風呂に繋がっている川から枝分かれして、ギルドの庭にも小川が流れている。
その小川で遊ぶエヌを木陰で眺めながら、キイが菓子を受け取る。そしてそれを見たエヌも礼を言った。
「で、いつやったのよ?」
「何がじゃ?」
「とぼけないで、あの矢よ。まさか一瞬で二本だとか同時に二本だとか言い出さないわよね?」
「ああ、あれはじゃな……」
言い掛けたところで、川遊びを中断してエヌがキイの元へ戻ってくる。
勿論お目当ては菓子と飲み物。
「うわあ……、おいしそう……。」
眼を輝かせてヒルダの手から菓子を受け取るエヌ。
「可愛いじゃろう?」
キイが菓子を齧りながらヒルダに聞いたが、ヒルダはそっぽを向く。
「別に、私子供苦手なの。好かれた事ないからさ。」
「ほう。」
キイはエヌに何やら耳打ちをする。
「わかった!」
エヌは大きく頷いたかと思えば、ヒルダに向かって突進。
そのままヒルダの脚に抱き着いて、ヒルダの顔を見上げる。
「な、何よいきなり?」
「ヒルダさん、このお菓子すっっっごく美味しいです! 一緒に食べましょう?」
「うっ……。」
ヒルダは目付きが鋭く色黒で、常に鞭を携帯していたので子供に懐かれた記憶が無い。
嫌いではなく苦手と表現したのはその為だった。
接し方が良くわからないのだ。
「エヌの頭を撫でてやるだけで良いのじゃ、フードはお気に入りじゃから外してはいかんがの?」
キイにそう言われても素直に応じる気になれないヒルダは、返事をせずに腕を組む。
しかし期待した眼でじっとエヌに見つめられ根負けし、ゆっくりとその手をエヌのフードに伸ばす。
「こ、これでいいの?」
ヒルダの意思でもなく、言われたからやったというだけの事でエヌが喜ぶとは到底思えないヒルダ。
しかしエヌは違った。
エヌは天使のせいで辛い人生を歩んでいる。
気味悪がって誰も近付きたがらないのが殆どで、生来の人懐っこさゆえにこうして触れて貰えることが心底嬉しくてたまらない。
「ヒルダさんも大好き! もうキイさんと喧嘩しないでね!」
人生で初めて自分に向けられた子共の無邪気な笑顔に、ヒルダが陥落した。
(か、可愛すぎるぅ……。)
本人は気付いていないがすでにきつい顔は崩れ、ヒルダは我が子を見る様な目でエヌを見つめていた。
それを見てキイもニヤつくが、次の瞬間青ざめる事になる。
ヒルダが直接頭を撫でようとフードを外してしまったからだ。
「あっ……」
「なにこれ……? 顔……?」
また嫌われてしまう、エヌはそう思って固まる。
見ていた筈なのに止められなかったと、自分の油断に憤るキイ。
しかし、二人にとって意外だったのはここからだった。
「あなたもしかしてこれを隠してたの?」
エヌは声も無く小さく頷く。
「日光に当てたらまずいの?」
エヌは小さく首を振る。
「虐められちゃうから?」
もう一度小さく頷く。
「ふーん……、ま、いいわ。今は私達しかいないしその程度の理由ならこんな物外しちゃいなさい、暑いんだから。」
その程度。
目をぎょろ付かせて自分の顔を見る天使の顔を、ヒルダは顎を上げ見下してそう言い放った。
(ほう……、どうやらこやつの事を誤解していたのはワシの方じゃな。)
キイは伸びかけていた手を引っ込め感心する。
「それをあなたの人生の障害にしてるのはあなた自身よ。そんなものであなたの価値は変わらないわ、近寄りたくない奴は近寄らなければいいし、文句を言って来る奴は……。」
「……奴は?」
エヌが後ろで手を組んでもじもじと聞く。
「ぶん殴りなさい!」
「ふっ!」
握り拳を作り力説するヒルダを見て、キイが吹き出す。
「ふははは、それはいいのじゃ。どう考えても茨の道じゃが道は道、それも一つの選択肢じゃの。」
「何よ?」
キイに笑われ、ヒルダがむっとする。
キイはヒルダの買って来た菓子を一つ手に取り、拳を握ったヒルダの口に放り込む。
「礼じゃ、ワシのを一つやろう。」
慌ててエヌも自分の菓子を出し、ヒルダに差し出す。
「わ、私も! 私もヒルダさんにあげる!」
ヒルダはエヌの手から菓子を取り口に入れる。
もぐもぐと無言で咀嚼し、ごくりと飲み込む。
そうしてまた腕を組み、そっぽを向いて言う。
「ていうか私が買って来たんでしょこれ!」
「良いではないか、矢の事を説明してやるからほれ、あっちで食べるのじゃ。」
それからしばらくしてナインハルトが様子を見に現れたが、仲良く並んで川に足を付け、談笑しながら菓子を食べている三人の姿を見て、声を掛けずに戻って行った。