キイとエヌ②♦
「折角隠したのに悪いのじゃが、ワシにももう一度見せくれるかの?」
キイは脚に抱き着いたエヌの頭を撫でながら言う。
「いいよ、はい!」
ナギが診ている時とは打って変わって、明るい表情を崩さないエヌ。
すでに一度見られているし、キイはもう友達の一人なのだ。
この腫瘍のせいで距離を置くような人ではない、そうエヌに思わせるには十分すぎるくらいに優しい声で、キイは語りかけている。
フードを下ろし、エヌはキイに後頭部を向ける。
先程はナギに隠れてよく見えなかったが、こうして近くでまじまじと見ると、確かに生きていることがわかる。
「こやつ、ワシを見ておるのか……?」
腫瘍は時折瞬きをしながら、キイの全身をくまなく観察しているように思える。
「キイさん綺麗だから好きになっちゃったのかなこの子……?」
キイはエヌの今の言葉に驚く。
これが原因で今の生活になっているというのに、エヌはこの腫瘍を心の底から忌み嫌っているという訳ではない。
(あまりにも優しい、いや、優しすぎるのじゃ……。)
思わずキイはエヌを抱きしめて、涙を流していた。
「どうしたのキイさん?」
「エヌはいい子じゃの……。アレンが必ず吉報を持って帰ってくる、そうしたらワシと甘い物でも食べに行くのじゃ。」
「え! 行く行く! 約束だよ!?」
キイは無邪気に喜ぶエヌの頭にフードを被せ、今度は正面からエヌを抱きしめた。
「今すぐでもいいのじゃが、人目に付きたくはないじゃろう? ワシがいると尚更目立つからの……。」
「ううん、平気よ。治った後の約束がまた増えちゃった!」
エヌもキイの背中に手を回そうとするが、胸が邪魔をして届かない。
「…………。」
「どうしたのじゃ?」
一生懸命に手を伸ばそうと頑張るエヌにキイが問う。
「あの……、私も大きくなったらキイさんみたいに胸大きくなるのかな……?」
「っふ……。」
純粋な少女の純粋な疑問に思わず笑ってしまったキイだが、すぐに真面目な顔をして問い返す。
「エヌも大きくなりたいのかの?」
「うん! だって凄く柔らかいよ! おばあちゃんのはしわしわだから!」
「これエヌ!」
「うっ……くっくっ…………。」
笑いを堪えるのに必死なキイと、何故キイが笑っているのかわからないエヌ。
スノドはバツが悪そうに佇んでいた。
「よしっ! 気が変わったのじゃ、人が多いところは流石に連れてはいかんが、今から甘いものを食べに行くのじゃ。」
キイはすっと立ち上がり、スノドの方を見ながらそう言った。
連れて行くが構わないな? そうスノドに伝わるように。
スノドはキイとエヌのやり取りを見ていて、エヌの為になるならとキイを信頼し、頷いた。
「え、でも私と居るとキイさんも虐められちゃうかも……。」
「ほう、皆エヌの事を知っておるのかの?」
「ううん、皆じゃないけど……。でもこんなに暑いのにこんな格好だし……。」
キイはエヌの頭に手を置く。
「だから何じゃ、さっきも言ったがワシの方が目立つ、エルフは珍しいからの。」
「気にしないの……?」
「せぬ、気にして何になるのじゃ。ワシはそやつの為に生きておるわけではないからの。」
「キイさんは凄いね!」
そう言ってまたエヌが脚に抱き着く。
キイはこの純粋で優しい少女に、重い試練を与えた運命とやらを激しく憎む。
(何故この子なのじゃ、この子が何をした……。)
その後、出かける前に薬を飲むように言われ、スノドから受け取った薬をエヌが飲んでいる。
それを見ながら、キイは違和感を感じていた。
それをスノドに問いかける。
「アレンの話では原因も治し方も皆目見当がついていないという事じゃったが、それは何の薬なのじゃ?」
スノドはエヌからグラスを受け取りながら答えた。
「はい、ナギちゃんの話では免疫力を上げる薬と、必要な栄養が混ぜてあると。この腫瘍が何かはわからないので、せめて健康が維持できるようにと、これを飲んでおくよう言われております。」
「苦ーい!」
薬を飲み込んだエヌが顔をしかめながらキイの方へやってくる。
「よし、では行くとするかの。目指すはギルドじゃ。」
「ギルド?」
「うむ、ちょっとした顔馴染みがいての。ギルドの裏庭ならゆっくり散歩できるじゃろう。」
「うん! わからないけどわかった!」
エヌはキイの左手を、自分の右手でしっかり握る。
キイはそれを握り返しながら、頭ではやはり先程感じた違和感を拭えないでいた。
(レイラという者に会わねばハッキリせんな。)