キイとエヌ①♦
シヴがティオの町でオサモンと再会した頃、キイはエヌの所へ来ていた。
聞いていた手書きの看板をエヌがこっそりと設置しているところに出くわしたので、すぐに件の少女だとキイは判断した。
「お主がエヌか?」
「ひっ!」
背後から突然声を掛けられエヌは驚く。
恐る恐る振り向くと美しいエルフが視界に入ったので、エヌもすぐにアレンから聞いていたキイであると気付く。
「キイさん!?」
「むっ。」
キイはキイで突然名前を呼ばれて驚く。
「何故ワシの名を知っておるのじゃ?」
「アレンお兄ちゃんに聞きました!」
「そうではなく、何故ワシがキイだと分かったのじゃ?」
エヌは後ろで手を組み、笑顔で答えた。
「だってアレンお兄ちゃんの言った通りなんだもん、とっても綺麗でいい匂いがして優しそう!」
キイはそれを聞いて内心喜んだ。
(ふふ、アレンめ。帰ったら耳掃除でもしてやるかの。)
「あと喋り方が変!」
(よし、お仕置きじゃな。)
特徴を伝えるにはこれほどわかりやすい事もないのだが、急にキイの表情が冷たくなったのでエヌは心配する。
「……キイさん怒ってる?」
目の前の笑顔の曇った少女を見て、キイはハッとした。
(む、つい。)
「いや、怒ってはおらぬ。ここでは何じゃ、エヌの家に行ってもよいかの?」
「うん! こっちだよ!」
エヌはフードを押さえて走り出す。
エヌの頭の事は聞いていたので、キイはその仕草が余計に気になった。
(この陽気であの恰好、あの娘が明るいのだけが救いじゃの。)
「ここです!」
「うむ、邪魔するのじゃ。」
エヌの後に続いてキイも薬屋の中へ入る。
「先客のようじゃの。」
祖母と二人で暮らしているとアレンに聞いていたが、中では老婆と髪の長い若い女が話をしていた。
女はキイに気付くとゆっくりと近付いてくる。
「あら~、綺麗なエルフさ~ん。初めまして~。」
ひどくおっとりとした口調の女はキイの手を握り、続ける。
「私はナギって言うの~。こう見えてもお医者さんやってま~す、よろしくね~。」
「ほう、医者じゃったか。ワシはキイと言う。」
「やっぱり~、あなたがキイさんね~。たった今スノドさんから聞いたとこよ~。」
スノドというのはエヌの祖母の名で、キイの話を聞いていたところだと言う。
「そうか、お主は何をしにここへ?」
エヌの事を知っているのか、それともただの客なのか。
キイが知りたいのはそこだった。
ナギはゆっくりとエヌに近付き、エヌの前にしゃがみ込んで目線を合わせる。
エヌは頷くとフードを外した。
(ふむ、知っておるのか。ではローランの関係者という事で良いのかの。)
エヌのフードの下から、聞かされていた腫瘍が文字通り顔を覗かせる。
「それが例の腫瘍かの?」
「うん……。」
エヌは少し俯いて答えた。
ナギはしばらく赤子の顔を観察して、口を開いた。
「前回から特に天使に変化はないわね~。」
そう言ってエヌのフードを被せてやるナギ。
立ち上がるとスノドに包みに入った何かを渡した。
「いつもすまないねえナギちゃん……。」
「ん~ん、こちらこそ何の手がかりも掴めてなくてごめんなさい……。」
「孫の為に尽力してくれているだけで救われるよ……。」
頭を下げるスノドの肩を掴み、ナギは言う。
「頭を下げるのは完全に治った時だけね~? 今日は予約があるからこの辺で失礼するけど~……、暗くならないで~。」
そうにこやかに微笑んで、ナギは出入り口に向かう。
キイの方を見て軽く会釈をし、出て行った。
「レイラという医者が主治医ではないのか?」
キイがスノドに問う。
「レイラちゃんが来られない時はナギちゃんが来てくれるんですよ。なんでも王都でお医者をしているそうで、ナギちゃんも忙しいだろうに有難い事です。」
スノドは貰った薬を戸棚に仕舞いながらそう答えた。
キイはエヌの傍に行き、優しくフード越しに頭に触れる。
「少し震えておったようじゃが、大丈夫かの?」
エヌはキイの脚に抱き着いてキイの顔を見上げた。
「うん! やっぱりキイさんは優しいね!」
(う、可愛いのじゃ……。)
キイはエヌの虜になった。