8.反乱開始だ。ひとつ派手に暴れてやるか
地下都市クィンドールの球面天井に伸びるレールを、人工太陽がゆっくりと登る。
朝日を背にした王宮の長い影が市街へと伸びる、いつものように平和な朝だ。
太陽が登るにつれて、通りを行き交う金髪のエルフたちの姿が増えていく。気だるげな通勤通学者と、幸福そうにショッピングや森林区へのレジャーへ向かう者たち。
……そして、目立たぬ場所に押し込められ、死んだ目で家事労働を行うダークエルフ。
いつもどおりの、平和な朝だった。
次の瞬間。各所で爆発が巻き起こり、火の手が上がる。
球面天井に設けられたスプリンクラーが反応し、〈クリエイト・ウォーター〉の魔術で消火水を降らせた。
クィンドールに、久方ぶりの雨が降る。
濡れた街に火災の赤黒い光が反射し、都市全体で不吉な色彩が揺らめいた。
「私はエアナ、女王シルドルの娘! そして我々は〈イーネカイオンの牙〉! 不当な圧政者シルドルを倒し、この都市へ自由と平等をもたらすものだ!」
王宮の反対側に立つ見張り塔の頂上から、エアナが叫ぶ。
それは魔術で拡声され、街全体へ……そして、王宮まで届いた。
「覚悟しろ、シルドル! お前は、私が自らの手で討ち倒す!」
- - -
その宣言より、少し前。
王宮地下の奥深く、ミスリルに刻まれた転移魔法陣へ向けて無数の魔力供給ケーブルが伸びる重警備の部屋に、地下から通じる穴が開いた。
そこから現れたのは、ローブを纏い、両手持ちの杖を抱えた黒紫髪の魔術師だ。
オベウスである。
彼が部屋に現れたその瞬間、けたたましい警報が鳴り響いた。
部屋の四方に眠っていた金属装甲を持つ白銀のゴーレムたちが、一斉に動き始める。
その胸に埋め込まれた魔石は、オベウスの持つ杖に嵌まった魔石よりも遥かに大きい。
「やはり警報機があったな。狙い通りだ」
ローブの土を払い、彼は杖を構えた。
「反乱開始だ。ひとつ派手に暴れてやるか」
四体のゴーレムが一斉に動き出した。
金属装甲の隙間から凄まじい魔力を含んだ排気が吐き出されている。
純粋な魔力量で言えば、オベウスと杖を合わせた魔力よりこのゴーレム一匹のほうが多いほどだ。オベウスは天才だが、その魔力量はギリギリ人間の範囲内である。
「力押しは不可能だな。閉所でなければ対消滅魔力砲が撃てたが」
巨体を莫大な出力の力で動かし、凄まじい加速でゴーレムたちが突撃してくる。
すさまじい風切り音と共に、その腕が薙ぎ払われる。
「〈二重結界〉!」
〈シールド〉と〈フォースフィールド〉を組み合わせた最新の防御魔術が、オベウスの周囲に展開される。
勢いを逸らし、強固な結界で受け止めてなお、一撃でヒビが入るほどの威力。
強引に押し込んでくるゴーレムたちの腕を受け止めているだけでも、強烈な勢いでオベウスの体から魔力が吸い出されていく。
まともに受けていては一分も持たずに魔力切れだ。
「……受けてられんな」
だが、単純に魔術を撃って攻撃するわけにもいかない。
これだけ莫大な魔力量を持っているということは、結界による対魔術の防御術式もかなり強力なはずだ。魔術で貫けないことはないが、もっと効率的な方法がある。
接近戦だ。
オベウスは二重結界を解除し、身を沈めて正面へ駆け出した。
猛烈な速度で振られる腕をかいくぐり、すれ違いざまにゴーレムの魔石へ触れる。
その一瞬で、彼はゴーレムを制御する術式を無効化した。
「なるほど。倒し方は分かった」
呟いた彼が、魔術による身体強化を全開にして、残りの三匹へ突進する。
稲妻のような残像が残った。
三匹のゴーレムが、溜め込んだ魔力を爆発的に吐き出しながら崩れ落ちる。
振り返りもせず、オベウスは杖に魔力を込めた。
転移魔法陣へ通じる魔力供給ケーブルがひとりでに曲がり、切断される。
「援軍は絶った。あとは残存兵力をすり潰すだけだ」
唯一の出入り口らしきミスリル製の扉を吹き飛ばし、彼は城内へ向かった。
長い階段を登っていく。その先にある踊り場から、何者かの剣戟音が響いてきた。
「……城内兵士の反乱勢力か。エアナの言っていた通りだな」
駆け上がり戦闘に乱入したオベウスは、一瞬のうちに敵味方を判別し、無数の雷撃を放つ。数秒かからずに、全ての敵が無力化された。
「お、お前は!?」
反乱勢力側に混ざったエルフの囚人が、オベウスの顔を見て驚愕した。
「ああ……クイントだったか? 昨日は悪い事をした。だが安心しろ、今は味方だ」
「エアナ様は無事か!?」
「いまごろ反乱を率いているはずだ」
「なら許す!」
彼は叫び、地下へと降りはじめた。
「転移魔法陣を無効化しにいくのか? 既にやっておいたぞ」
「何? あれは……最高級のゴーレムが守っているはずで……暗号を打ち込み無力化する必要が……それから、オリハルコン製のケーブルを専用工具で取り外し……」
「その必要はなかった」
「……そうだったのか?」
クイントは困惑しながら、階段を引き返してくる。
「なら……そうだ、エアナ様はどこにいる!? 助力しなければ!」
「表の通りをまっすぐ向かってくるはずだ。急ぐ必要はない」
「しかし、粗悪な武器を持った奴隷たちだけでは、まったく戦力が……」
「魔剣を二百本ばかり作っておいた。心配するな」
「魔剣を? 二百? 一日で? そんなばかげた話……」
「見ればわかるさ」
「……よくわからんが、とにかくエアナ様を助けに行くぞ、皆!」
反乱勢力側のエルフたちは、地下から外へと抜ける裏道を目指して走っていった。
一方、オベウスは更に地上階へと向かう。
城内に鳴り響く警報機の音、次々と兵士たちの駆けつけてくる大きな足音。
地上階へ上がったオベウスを出迎えたのは、玄関前の広間を埋め尽くさんばかりに密集した女王の兵士たちだった。
加えて、巨大な杖を握った数体のゴーレムが彼めがけて照準を合わせている。
「上等だ」
オベウスは、その防御陣地めがけて飛び込んだ。
- - -
一方。市街では。
「うおおおおおっ!」
大上段に魔剣を構えたエアナが、意気軒昂とした叫びを上げながら女王の兵士へ斬りかかる。
その一撃は、兵士の体との間にあった剣を真っ二つに切断し、まったく勢いの衰えないままに胴体を深く切り開いた。
「素晴らしい! 素晴らしいぞ、この剣は!」
魔剣を手にした周囲の奴隷たちも、彼女に負けじと無謀なまでの勢いで斬りかかる。
長年に渡る圧政への怒りがもたらす圧倒的な士気に、オベウス製の魔剣が加わった結果、兵士がどれだけ集まろうとその進撃はまったく止まらない。
「……ええい、後退するな! 逃げたやつぁは戦いが終わり次第すぐ死刑だぞ! 都市の外に捨てられ、墓もないまま宇宙をさまよう運命だ、その場を……くそっ、誰もあんな女王に従いたくねえってか! 俺もだがな、仕事なんだよ! アレを出せ!」
普段ならば女王の恐怖で兵士を縛り付けている指揮官もまったく統制できていない。
ダークエルフたちの進軍速度は、もはや防衛線の構築すら許さないほどの高速だ。
「あれは……」
だが、その行く手を巨大な影が阻んだ。
白銀のゴーレムたちが三体、道を塞ぐように立っている。
その後ろにも、同じようなゴーレムが更に二体。こちらはゴーレムの巨体に見合うサイズの杖を構えており、遠距離から魔術戦闘を行うための型のようだ。
「皆……逃げろ! 今すぐ!」
エアナの体に刻まれた刺繍が赤く輝き、街路へ薄い結界が展開される。
「正面から戦うな! ワシュー、魔石爆弾部隊の指揮は任せる!」
「聞いたろう、皆! ゲリラ戦に移れ! 散開!」
ダークエルフの軍勢が、急速に散開し始める。
もとはオベウスの武器なしで反乱に挑む予定だったのだ。
正面から戦って勝てるとは誰も思っていなかった。
当然、元からゲリラ戦術で兵器に対抗するつもりでいたわけで、あらかじめ打ち合わせは行われている……とはいえ、全員がそう器用でもない。
高揚に任せて突っ込んでいく人々がいた。
魔剣を掲げ、雄叫びをあげながらゴーレムへ向けて突っ走る。
「魔導ゴーレム隊、制御確立! 撃ちます!」
「やれ!」
敵の指揮官が叫ぶ。
人工太陽よりも眩い二本の光線が、結界よりも前に出た人々を照射した。
一瞬のうちに彼らが蒸発する。
……そのまま、光線の射軸が上に傾いていく。スプリンクラーで濡れた地面の水分を一瞬で蒸発させ、石畳に一文字の傷跡を刻みながら、エアナの結界へ近づいていく。
光線が、結界に触れた。一秒も経たないうちに、エアナの体内を高速で循環していた魔力が、全て結界の維持に吸い取られる。
「く……!」
だが幸い、彼女の稼いだ時間によって、ダークエルフの軍勢は路地へと避難できた。
魔力切れでふらつきながら、エアナも横の路地へと転がり込む。
彼女の体のすぐそばを光線が通過していった。
「……ここまで強いか! 楽に勝てるとは思っていなかったが……!」
魔剣に嵌まった魔石から全身へと魔力を再供給しつつ、彼女はダークエルフたちに混ざって路地を駆けた。
背後から近接戦闘ゴーレムの一体が彼女を追いかけてくる。
それは明確に、エアナを追うよう命令されていた。
「エアナ姫様、そこを右に!」
屋上から、魔石爆弾部隊を率いたワシューの声が響く。
ゴーレムがエアナを追い曲がり角にさしかかった瞬間、一斉に魔石爆弾が投擲された。
「口を開け、耳を塞げーっ!」
自身で実行しながら、エアナは周囲のダークエルフたちへ指示を飛ばした。
それでも鼓膜の破れてしまいそうな、音の壁に腹を蹴飛ばされるかのような衝撃波。
いくつかの建物を半壊させるほどの大火力を受け、そのゴーレムは膝をついた。
「よしっ……!」
だが、喜んでいる暇はない。ゴーレムの動作音が、すぐ近くからも聞こえている。
「エアナ姫様! 残りのゴーレムも倒しきれるとは限りません! 我々が陽動します、残りの兵を連れて王宮へ!」
「ああ、分かった! 礼を言うぞ、ワシュー!」
「不要ですよ! 我々は皆、同じ目的のために戦っているのですから!」
エアナはダークエルフの元奴隷たちを引き連れ、大回りして王宮へ向かった。
背後から魔石爆弾の爆音が繰り返し響いてくる。
「……城に近づくほど警備が手薄だ。城内でオベウスが暴れているせいか」
最小限の交戦で、彼女の軍は王宮近くの裏路地まで辿り着いた。
あとは大通りへ出て、王宮前の大階段を登るだけだ。
「見つけたぜ、反乱軍!」
杖を抱えた魔導ゴーレムが、大通りへ出る道を塞いでいた。
……背後からもう一匹、近接戦闘用のゴーレムが近づいてくる。
「くそっ、どうする……!」
エアナは逡巡した。魔力はそれなりに補給できたとはいえ、結界では一秒すら持ちこたえられないことに変わりはない。
かといって、背後へ逃げても同じこと。間の悪いことに道は一直線で、逃げ道がない。
背後から焼かれるだけ。ならば。
「……全員、突撃ッ!」
杖を持つ前方のゴーレムめがけて、エアナは真正面から突撃した。
ダークエルフたちもそれに続く。
「くらえっ!」
エアナは懐から魔石爆弾を取り出しゴーレムへ投げ、結界で爆風から味方を守る。
魔導ゴーレムの握る杖の向きがずれた。だが、一発では時間稼ぎが限界だ。
だんだんと、ゴーレムの持つ杖の輝きが増していく。
そして……。
「姫様あああああっ!」
建物から飛び降りてきた金髪のエルフが杖に飛びついた。
狙いの狂った光線が上空の球面天井を焼く。
射撃を制御している魔術師が慌てて光線を止めた。
「クイントっ! よくやった!」
彼の稼いだ時間によって、エアナたちはゴーレムの足元へ到達した。
オベウス製の魔剣をその堅牢な装甲へ突き立てる。
果物を切断しているかのようにあっさりと、刃が脚の半ばまで食い込んだ。
過負荷で魔剣の魔石が焼き付き、魔力の全てを周囲に吐き出して動作を停止する。
「ば、ばかなーっ!? 魔導ゴーレムのミスリル装甲が……反乱軍の粗末な剣なんぞに!? くそ……遠隔制御解除、近距離戦闘モード!」
「予備の魔剣を! クイントにも!」
剣を運んでいたダークエルフが、素早く予備を供給する。
ゴーレムが無事な方の脚を振り上げ、クイントを踏み潰そうと動く。
……そして、脚が彼を踏み潰した、かに見えた。
縦方向に切れ目が走り、脚が真っ二つにぱかりと割れる。
そのゴーレムは体重を支えられなくなり、地面へと転がった。
「流石の剣技であるな、クイント。昨日、オベウス相手に何もできなかった分はこれで帳消しにしてやろう」
「……思うに、コレが相手ならしょうがなかったんじゃないですかね、姫様?」
彼は手に握ったオベウス製の魔剣を見つめた。
それから倒れたゴーレムに飛び乗って、トドメを刺す。
「そうかもしれんな」
エアナは兵を率いて、王宮に繋がる階段の下にある大きな広場へ出た。
弓矢が雨のように降ってくる。
だが、これは結界で十分に防げる威力だった。問題はない。
広場と王宮前の階段を守る兵士は、おそらくオベウスが暴れているせいでかなり少ないようだ。
十分に突破できる範囲であろう、と彼女は判断した。
「わたしは背後、もう一匹のゴーレムを引き受けます。……姫様、どうかご無事で」
「心配するな。お前も、私も、ダークエルフたちも、みな生き残る。そう信じている」
……その瞬間、凄まじい突風が吹いた。
全方位から王宮へ向けて、大量の風が吹き込んでいく。
「……この気圧の変化は……まさか」
エアナは王宮をきっと見上げ、睨む。
「無事でいろよ、オベウス。……全軍、突撃!」