6.いいだろう。その覚悟を無駄にはしない
素掘りの薄暗い地下室に、沢山のダークエルフたちが集まっていた。
大きな円卓を囲み、入り口から入ってきた二人へ視線を向けている。
部屋の隅には木箱が積み上がり、中にあるのは手作りらしき武器の山だ。
地下組織〈イーネカイオンの牙〉の本部である。
「エアナ姫! と、そちらの……協力者のかた。どうぞお座りください」
奴隷服の上からコートを着たエアナと、相変わらず黒ローブのオベウスが、案内された席へ着く。
「……ご無事で何よりです、エアナ姫。これで我々の反乱に正統性が生まれます」
壁にかかった地下都市クィンドールの地図を背に座る、リーダーらしき青年が言った。
堂々とした振る舞いだ。けっこうなカリスマを感じさせる。
「わたしはワシュー、〈イーネカイオンの牙〉の指導者です。いえ、元指導者、と言うべきでしょうか」
ワシューがエアナを見た。
「事前の決定通り、この瞬間を持って私は暫定指導者の立場を降り、エアナ姫に指揮権を委ねるものとします」
ワシューが円卓を見回した。異論を唱えるものはいない。
「では、エアナ姫」
「うむ。……ごほん」
彼女は少し気取った、姫様風の声を作り、短い演説をはじめた。
「この地下都市クィンドールは、本来、我々ダークエルフのものだ! 魔石を搾取し続けるエルフ共を……」
……所信表明を兼ねた、士気を高めるための簡単な演説だ。
オベウスはこれを聞き流しつつ、部屋の隅の手作り武器へ注意を向ける。
「ひどすぎる」
彼は呟いた。遠くから見るだけでも粗悪品だとはっきりわかる。
単純に木を切り出して糸で結んだだけの、素人が作ったような弓。
ろくに精錬もされていない不純物だらけの鉄を鋳造した、重くて脆い剣。
いくら物資の足りないであろう地下組織とはいえ、さすがに酷い代物だ。
月面の地下都市という狭い環境に閉じこもっていたこと、加えて奴隷化までされたせいで、武器作りのノウハウが消え去ってしまったのだろう。
「……我らが守り神イーネカイオンは、今も空から我々を見守っている! ここに座る地上の魔術師オベウスは、イーネカイオンが直々に遣わした使者である! この反乱が天意であり、我々こそが神の加護を受けているという証拠だ!」
エアナが、演説でオベウスに触れた。
円卓の視線が彼に集まる。
「本当に、イーネカイオンがこの……目つきの悪い者を遣わしたのか?」
誰かが言った。反論しようとしたエアナを制し、オベウスが立ち上がる。
そして、〈ファーサイト〉の魔術を行使した。
『ほう? 無事にクィンドールへ侵入したか、オベウス。この者たちは?』
「〈イーネカイオンの牙〉。反乱を起こそうとしてるダークエルフたちの集まりだ」
『我の牙? ふふ。なんとも愛らしい名前のつけかたよな』
円卓の上にイーネカイオンの姿が映し出される。
ダークエルフたちが、呆然とファーサイトの魔術を見つめた。
「おお……」
「これが神の御姿か……」
「……言い伝えは真実だったのか……これなら……」
『こそばゆいな。……彼らを死なせるなよ。任せたぞ、オベウス』
「ああ。任された」
ファーサイトの魔術を切り、オベウスは円卓を見回す。
誰もが彼を崇拝していた。神の使徒か何かのように扱っている。
……オベウスは今すぐ真実を告げたい気分だった。星渡りのイーネカイオンは神ではないし、俺もそういう存在ではない、と。あの竜は宇宙の旅人であって、神ではない、と。
俺も、竜も、それを崇拝しているお前らも、おそらくそれほど変わりのない生物なのだ、と。
(神だとか、そういう存在へ寄りかからずに済むなら、それが一番いいんだが……けれど、全員が全員、誰にも頼らず生きられるわけではない。妥協するしかないな)
演説の続きを促そうとすぐ隣のエアナを見た。
そして気づく。
エアナにだけは、その視線に崇拝の色がない。
「……お前は崇めないんだな」
「女王も、私も、ただの人だ。イーネカイオンも多分、ただの竜なんだろう」
他に聞こえない程度の囁き声で、彼女は言う。
「それでも、誰かが背負わなければいけない。自分を犠牲にしてもな。……だが、”自分を大事にしろ”と言ってくれたのは、嬉しかったぞ」
「誰かが犠牲にならなければいけないのか?」
「なに?」
「奴隷を解放しようという人間が誰かに縛られるのでは本末転倒だ。違う道もある」
「違う道? ……私には、この道しかない」
そして、エアナは演説を再開した。
- - -
エアナの演説が終わった後、〈イーネカイオンの牙〉の詳細な反乱計画が共有された。
まずは彼らのアジトと鉱業区の間に掘ったトンネルを使い、鉱山の奴隷たちに武器を渡して解放する。
それから奴隷たちを率いて農業区に向かい、これを解放。
増やした兵力を使い、市街区を突破し、森林区へ繋がる隠し通路から王宮の裏へ回り込み、一気に雪崩込んで女王の首を討ち取る。
「本気か?」
オベウスが思わず呟いた。
「他に手があるか?」
「……もっとマシな計画はあると思うがな」
彼が隣のエアナに告げて、円卓の反対側へ視線を動かす。
「聞かせてくれワシュー、反乱が成功する確率はどれぐらいだと見積もっていた?」
「イーネカイオンの加護があれば、可能性はある、と思っていましたよ」
カリスマを感じさせる堂々とした口調で、ワシューが言った。
「つまり、ほとんどゼロだな」
ぶった切られて、ワシューが苦笑する。
「せめて、鉱山で採掘した魔石をちょろまかそうとは思わなかったのか?」
「我々に魔石を活用するノウハウはありません。魔術師も少ないですから」
「……支配者側は、大量の高品質魔石を蓄えてるんだぞ? その意味は分かるだろう」
「ええ、分かりますよ。途方もないほど強い武器やゴーレムに王宮が守られているのは」
彼は机に手をつき、身を乗り出した。
「しかし、勝算が無いからといって隷属し続けるべきではない。女王シルドルの圧政は酷くなる一方。ならば。奴隷労働の果ての犬死より、誇りを持ち刃を抱えて死ぬべきだ」
「俺を扇動する必要はないぞ、ワシュー」
「……失礼。つい」
「だが、背景は分かった。ここにいる者は、みな命を捨てる覚悟でいる。そうだな」
そうだ、と口々に返答が飛ぶ。
「いいだろう。その覚悟を無駄にはしない」
オベウスは言った。
「一日で計画と武器を用意する。強敵は俺が引き受けてやろう。代わりに、女王はお前らが自らの手で討ち倒せ。自分の尻は自分で拭くものだからな」