5.俺は天才だからな
「近衛隊ともあろうものが、見張り一つも満足に出来んのか!?」
玉座から立ち上がった女王シルドルが、衛兵たちに捕らえられた二人の男たちを指差し、叫ぶ。
エアナの見張りに就いていた二人だ。
「どうなのだ! 貴様ら近衛隊はそこまで無能なのか! 何か申してみよ!」
「そ、それは……エアナ様が壁に穴を開けてまで脱出し、ましてどこからか調達した奴隷の服を着られるなど想定外で……」
「言い訳は聞いておらんわ、無能め!」
巨大な宝石の指輪が五つ嵌まった両手を突き出して、何事か唱える。
二人の男たちが首根っこを掴まれ、空中へ持ち上げられた。
「ましてや! なんなのだ、あの報告は! 珍妙な機械のついた箱が、壁を破って外部から侵入し、正体不明の男がエアナを連れ去った、だと!?」
女王が突き出した指に力を込めて、怒りに任せ二人の首を絞める。
「ふざけるのも大概にせよ! あの壁を破って外から侵入してくる者などおるはずがあるか! お前だな、クイント! お前だろう! お前が何かの工作を行ったのだろう!」
女王が左手を降ろした。まだ空中に残っているのは、オベウスに雷で気絶させられたエルフの男だ。
「わが娘をどこに隠した! 吐け!」
クイントの首を絞める右手の力を緩め、女王が問い詰める。
「……わ、わたしはエアナ様に忠実です! 天命に誓って、イーネカイオンに誓って、間違いなく! この身を捧げる覚悟で侵入者に挑みました! 信じてください!」
「イーネカイオンだと?」
女王が口を一文字に結び、クイントをきつく睨んだ。
「それは下賤の神だ! 我々エルフの神ではない! ……もしや……貴様か! 外のダークエルフたちが奴隷身分だと、エアナにばらしたのは! ええい、お前のせいで!」
クイントの顔が、さっと青ざめる。
だが、震えを振り払うように歯を食いしばり、彼は女王に叫んだ。
「その通りだ! エアナ様に嘘を教え、王宮に軟禁し続けるなど! それでは奴隷と同じではないか、彼女には真実を知る権利があった! わたしはエアナ様に忠実だッ!」
「ほざけ下郎! きさまに我が娘を好きにする権利などないわ!」
女王の右手に嵌めた五つの指輪が黒い輝きを放ち、巨大な影が地面に伸びる。
「〈死の右手〉」
実体化した影が、クイントの体を覆った。
それは、地獄へと引きずり込まんとする右手のような形をしている。
「ぐわあああああッ! え、エアナ様ぁっ! ば、ばんざ……」
影に蹂躙されつくしたクイントの肉が、足元から溶け落ちてゆく。
ばらばらと骨が地面に落ちていき、やがて彼は物言わぬ骨の山に変わった。
「〈生の左手〉」
左手の指輪たちが白く輝き、その骨を覆う。
一瞬のうちにクイントが再生し、王宮のカーペットに転がった。
「ふん。楽に死ねると思うなよ、貴様。……衛兵! 反逆者の牢にこやつを放り込め!」
「しかし女王様、牢は既に満杯ですぞ。宇宙に放り出してはどうでしょう」
近くに控えた側近が、女王に耳打ちする。
そして、天井に設けられた可動部へ目をやった。
「拷問もせずに投げ捨てろと? 問題外だ。古い方から殺して牢を空けろ、無能め」
女王シルドルは冷たく言い放ち、玉座に戻った。
- - -
一方その頃。
探査車一号は地中に隠したオベウスとエアナは、街中を歩いていた。
周囲から浮かないようにオベウスの頭にはエルフ耳が生えている。もちろん見た目だけの幻だ。彼ほどの天才魔術師なら、このぐらいの小細工は無意識に行える。
「……エルフしか居ないな、この街は」
「ああ、表には出ていないのだ。ダークエルフはほとんどが奴隷だからな。……ただし、その奴隷を使う立場の人間や、鉱山や農場の主だけは、市民階級のダークエルフだが」
「分割統治か」
オベウスは不愉快そうに、小奇麗な街並みを睨む。
高い位置からの日照を照り返し、なめらかに輝いていた。
……日照とはいえ、その源は球形の天井に伸びたレール上を走る人工太陽だ。
魔術で地下都市の光を供給しているらしい。
「お前は反乱を起こすつもりだと言っていたが、アテはあるのか? 反乱するにも、まずは組織が必要だろう」
「あるに決まっておろう。〈イーネカイオンの牙〉という地下組織が存在する、と私の友クイントに教わってな。既に数度、接触はした」
エアナの案内で通りを曲がり、やや狭い道に入る。
と。酒場の前に座り込んでたむろしていたエルフたちが、露出度の高いエアナの姿を見留めて、下衆な笑みを浮かべながら口笛を吹いた。
「騒ぎは起こすなよ」
エアナが鋭く言ってから、オベウスの腕に抱きついた。
「ご主人様ぁ……」
とろん、とした表情を作り、エアナが露骨に奴隷っぽくオベウスへ媚を売る。
姫様がどこでこんな技術を覚えたのやら、とオベウスが眉をひそめた。
「おうおう……なかなか可愛い奴隷を連れてるじゃないか、え?」
「なあ、俺達にも分けてくれよ……何でもよ、分かち合うのが大事だろ、なあ?」
「いや、いっそ売ってくれよ。買うぜ。タダでな、ガハハ!」
ガラの悪いエルフたちが二人を取り囲み、拳を鳴らす。
「おい、なんだよその赤い刺繍? 貴族階級気取りか? 奴隷のくせに」
「まったくだぜ。奴隷に入れるんなら、魔力増強の刺繍なんかじゃなくてよ……」
エルフにしては筋肉のある長身の男が、エアナの腹に触れた。
「ここに淫紋を入れろよ! ハハハハ!」
「だな、ダークエルフにゃそっちの方がお似合いだぜ! 何なら俺が入れてやろうか!」
オベウスが足を止める。
「ご、ご主人様。私はいいですから。行きましょう」
「お前は……もう少し、自分を大事にしろ」
「へ?」
周囲の男たちが一斉に、どさり、と倒れた。
「騒ぎは起こしていない。これでいいだろう」
「……な、何を!?」
「エルフは魔力の汚染に敏感だ。やつらの体内を少し汚染してやった」
「そんな……今の一瞬で魔力を弄ったんですか? 何の気配もなく? 触れすらせず?」
「俺は天才だからな。それに、人が持つ最低限の尊厳すら重んじないヤツは、嫌いだ」
オベウスは地面に倒れた男たちをまたいで進む。
「……ありがとうございます、ご主人様っ」
エアナは彼を追いかけ、腕に抱きついて言った。
「やめろ。俺が嫌いだと言ってるのは、その演技もだ。自分をないがしろにするな」
「どうでしょう? ちょっと演技じゃないかもしれませんよ?」
オベウスの腰に手を回しながら、エアナが言った。
「演技だろう」
「……さて。どっちであろうな、オベウス?」
「興味ない」






