4.依存されるのは御免だ
〈オベウス一号〉内の工房に篭りはじめて、しばらく経った頃。
短距離の転移術により、一台の車が月面に降り立った。
角張った未来的フォルムの車体にモーターの搭載された車輪を組み合わせている。
名付けて〈探査車一号〉。彼のネーミングセンスは安直であった。
「……まさか、採掘用のドリルをこう使う事になるとはな」
何より特徴的なのは、その前面に無理やり固定された二基の大型ドリルだ。
クレーターから拾い集めた大量の魔石が外付けされている。
本来、小さな車にドリルを付けたところで地面が掘れるはずもないのだが……。
燃費を無視した魔力の暴力で強引に押し通る気だ。
甲高いモーター音を響かせながら、彼は地下都市のあるという山へ向けて出発した。
クレーターの傾斜を力強いモーターの力で登りきり、出会った場所にまだ座り込んでいるイーネカイオンのそばを通り抜ける。
『珍妙な……』
探査車を目で追う竜が、率直な感想を漏らした。
- - -
「ここか」
山の麓に探査車を止め、月面に立ったオベウスが、しゃがみこんで探査を開始する。
高濃度な魔力をまとう月面の砂は、当然だが魔力を通しやすい性質があり、鋭く魔力を放って反響を探れば地中の都市を見つけられる可能性がある、とオベウスは睨んでいた。
「当たりだ」
下方に大きな反応源がある。
オベウスは土魔術を活用して砂をどかし、地中へ向かうスロープを作り上げる。
そしてドリルの外付け魔石を魔力回路に繋げ、探査車に戻った。
高速回転するドリルの先端が岩石に触れた。
凄まじい振動と共に探査車が地中へ潜り始める。
ときおり停止して方向を修正しつつ、オベウスはひたすら掘り続けた。
それなりに深く掘ったころ、硬質な金属壁に行き当たる。
「ほう。ミスリルか」
オベウスがつぶやき、壁の周囲に強固なシールドを張った。
この中が都市なら、壁を破った途端に空気が漏れる可能性がある。それを防ぐためだ。
「だがな。俺のドリルはオリハルコン製だ」
彼は探査車のアクセルを踏み込み、火花を散らしながら金属壁を削った。
振動しながら探査車が壁にめりこみ、貫通する。力業である。
「森か。エルフらしい」
探査車の窓越しに、地上とよく似た森林の景色が広がっている。
扉を開き、周囲に張った気密シールドを消して、空気を吸い込む。
元になった大地よりも綺麗だな、と彼は思った。
重力も地表に近い程度に調整されている。
「人工重力を最初に開発したのは俺だと思ってたんだが……お?」
木陰からダークエルフの少女が彼を眺めている。やたらと露出度が高い。
上半身は胸元に布を巻いているだけだし、下半身は短いスカート一枚だ。
彼女の褐色肌の所々に赤い刺繍が入っている。
魔力を増強するための装飾だろうか、とオベウスは推測した。
そして、その首には首輪が嵌められている。
オベウスの表情がわずかに歪んだ。
「出てこい! 隠れる場所などないぞ! この森林区画はどこにも繋がってない!」
遠くから響いた声に彼女はハッと反応し、地面に伏せて隠れた。
「女王様に余計な心配をかけるな! ただでさえ心労の多いというのに!」
「そうだ! まさか、壁に穴を開けられる手段……が、ある……?」
周囲を警戒しながら進む二人の色白なエルフが、オベウスの探査車を見て目を丸くした。背後の壁に開いた穴と見比べている。
「し……し……侵入者だーッ!?」
「女王様に報告を! 俺が時間を稼ぐ!」
片方のエルフが走り去り、もう片方がオベウスの前に立ちふさがった。
「貴様、何者だ!?」
「侵入者だ。お前らの言っていた通り」
「き、貴様、エアナ様を誘拐するつもりか!? か、覚悟!」
エルフが弓を構えた。瞬間、オベウスの指から雷のような光線が放たれる。
弓が弾き飛ばされ、地面に転がった。
「落ち着け。戦う気はない」
「……私は戦うぞ! 命の尽きるまで!」
エルフが剣を抜いた。瞬間、雷。剣が弾き飛ばされる。
「落ち着け」
「……例え、この身一つになろうとも! エアナ様のために! うおおおおおっ!?」
大きくため息をついたオベウスが、再び雷を撃った。
「あばばばばばっ!」
エルフが痙攣し、気絶して倒れ伏す。
「……すごい! 親衛隊をこうもあっさり! あなたは強いのですね!」
地面に伏せていたダークエルフが立ち上がった。
土を払って、オベウスの元にとことこと駆け寄ってくる。
「あれが親衛隊? 人事基準を見直したほうがいい」
「そうですよね、顔が良ければ誰でも入れるのはよくないですよね!」
「……本当に見直したほうがいいな」
そのダークエルフは、オベウスのすぐ近くまで思いっきり距離を詰めた。
彼女は上目遣いで瞳を潤ませながら膝から跪き、両手を胸元で組む。
打算的だな、とオベウスは思った。分かっていてわざとやってる仕草だ。
もっとも、いろいろと平べったいもので、艶やかさがまったく無い。
「あの! 私を奴隷にしてください!」
「はあ?」
困惑したオベウスへ、彼女はさらにぐいぐい距離を詰める。
ほとんどゼロ距離だ。肌と肌が近い。
「なぜ自分から奴隷になりたがる? 理由を説明しろ」
「奴隷になれば、ダークエルフたちの元へ行けますから。それに、どうせ主人にするのなら、あなたのような……強くて格好いい人の下に……」
「……でまかせだな」
オベウスは顎に手を当て、思考を巡らせる。
「お前は女王とやらの娘か? エルフの腹から生まれたダークエルフだな?」
「え!? な……何故それを!?」
「推理だ」
オベウスは一歩離れて、彼女の体を改めて眺めた。
栄養状態が良い。体に刻まれた赤い刺繍はオベウスの目から見ても高品質だ。
それに、ただの奴隷を”親衛隊”がわざわざ追うわけもない。
「どうやって露出度の高い服と首輪を手に入れたのかは知らないが、とにかく変装して脱走したのだろうな。だがすぐに見つかって、彼らに追われていた。で、俺の腕に目をつけて、全力で媚びて傘下に入ろうとしたわけだ」
彼は地面でいびきをかいているエルフに目を向けた。
「合っているか?」
「……すごい、完璧な推理じゃないですか! 心と心が通じ合ってますね! これは実質的にもう、あなたは既に私のご主人様なのでは!?」
「辞めろ。媚びるな。奴隷を侍らせる気はない」
「そんなぁ、ご主人様ぁ……」
「甘ったるい声を出すな。寄りかかられるのはもう沢山だ」
オベウスは心底嫌そうに言った。
「俺に頼りきった末、自らの向上心を失って堕落しきった魔術師たちの末路をいくつも見てきた。依存されるのは御免だ。自分で自分の尻を拭けない相手と付き合う気はない」
「……そうか。外見からは奴隷を侍らせるのが好きそうな危険人物みたいな空気を放ってるくせ、意外と潔癖な感性をしているのだな。すまない。媚は不要か」
「悪かったな、悪人顔で」
ダークエルフの表情が、ガラリと変わった。
彼女は背筋を凛と伸ばして立ち上がり、鋭い目つきで予断なくオベウスを観察する。
「私は女王シルドルの娘、エアナ。ダークエルフを奴隷身分から解放すべく反乱を起こすつもりである。……お前のような強者を仲間に引き込むためなら、私は何でもする」
「その必要はない」
オベウスはそう言って、自己紹介を返した。
「俺はオベウス。地上の天才魔術師だ。〈星渡りイーネカイオン〉と名乗る巨大な竜からの依頼に従って、ダークエルフを奴隷身分から解放するためにここへ来た。目的は一致しているらしいな」
「イーネカイオン……!? かの伝説の……実在していたのか!?」
「ああ。外にいるぞ。なんなら会いに行くか?」
「是非そうしたいところだが、時間がない。……そうか、イーネカイオンが依頼を……」
森の奥から、いくつも足音が迫ってくる。
女王に報告したエルフが援軍を連れて戻ってきたのだろう。
「女王とやらは交渉できる相手か? 交渉材料は出せるが」
「あれは圧制者だ。交渉など考えるな」
エアナが吐き捨てるように言った。
「そうか。なら乗れ、エアナ」
「……その珍妙な乗り物にか?」
「合理的な乗り物だ」
二人は探査車一号に乗り込み、地中に消えた。
少し入ったところで、入り口の穴を埋め直す。
「ところで、この区画には隠し通路があるのだ。もう少し右に進んでみてはくれないか」
「……なんだ。俺が助けなくても一人で脱出できる見込みがあったのか」
「当たり前であろ。でなくば逃げない。お前が気絶させた男は、私の協力者でもあった」
「それは放っておいていいのか?」
「構わない。彼が牢に入るのは当初の計画通りだ」
右へ進路をずらしてすぐ、探査車がスッポリ入る大きさの隠し通路へ突き当る。
オベウスは魔術で土を操って、探査車を壁の中に隠した。
既に逃走計画があるのなら、彼女の案内に従って街中を歩いたほうが安全だ。
「……この反乱は、勝算の少ない戦いだ。イーネカイオンが実在して、我々の背後を守っているとしても、なお厳しい戦いになる。お前の腕を頼ってもいいのか、オベウス?」
「心配するな。俺は負けない」
「頼もしい限りであるな」