1.お望み通り追放されてやろう
静まり返った講堂に、ただ魔術師の声だけが響いている。
空気が異様なほどに張り詰めていた。
聴衆は冷や汗を垂らしながら、彼の一挙一動から目を離せずにいる。
「……以上。魂が複製可能な物質である証明だ。宗教家の言うような、神聖不可侵なものなどではない」
張り詰めた空気が緩み、一斉に議論が爆発した。
彼が発表した証明は、魂の絶対性を根底に置く〈リリジア教〉の教義を覆すものだ。
「静粛に。質問は一人づつ受け付ける。おい、そこの」
「ふざけるな、オベウス! そんな筈があるか! 我々の魔術は、偉大なる……」
「聞く価値なし。次」
オベウス、と呼ばれた壇上の魔術師は、不遜な態度のままに聴衆を指名する。
漆黒の不吉な髪、陰気な鋭い瞳、人を取って食う怪物のような笑みを浮かべた口元。
誰もが彼を、怪物じみている、と評する。それだけの存在感があった。
……そして、彼は実際に怪物なのだ。
一人づつ、という指定を無視して、人々が好き勝手に質問を投げかける。
〈リリジア教〉の教義からすれば、これは異端の理論だ。
それでも学者たちは――大半の宗教家を含めて――熱狂していた。
それほどまでに圧倒的な研究成果であり、無数の天才たちが入れ代わり立ち代わり紡いでいくはずの歴史を、オベウスはただの一人で積み上げてしまったのだ。
「証明の式なのですが、ボブ宇宙公理系について……」
「魔力汚染の可能性は……」
「理論的に可能とはいえ、観測者効果が……」
彼は手元のメモ帳へ何かを書き殴り、魔術で操って質問者たちの元へ飛ばす。
ざわついていた講堂が、一瞬、静まり返った。
……好き勝手に発言していた全員の質問を聞き取り、解答を提示したのだ。
怪物の所業であった。
「さて。質問は」
〈魔導の怪物〉。彼が持つ二つ名は、偽りではない。
たった一人で千年分、魔術の歴史を進めた、とも言われている。
「そこまでだ!」
講堂の扉が、乱暴に押し開かれる。
紅白の聖衣をまとった神兵たちが押し寄せて、あっという間に講堂を制圧した。
「オベウス! 貴様は異端として告発された! 講義を今すぐ中止し、異端審問所へ出頭せよ!」
「ほう。お前ら旧世代の遺物が、俺に指図できると」
「……口を慎めよ、異端者。貴様がこの国に、いやこの大地に存在する事を許されているのは! ひとえに我らが教皇の寛容なるがゆえだ!」
「面白い。その寛容さとやらが消えた暁には、俺はどうなってしまうのかな」
異端審問官が装飾された神槍を振り回した。彼の配下たちが、オベウスを囲む。
「最後の慈悲だ。投降し、この発表の内容を全て撤回せよ。しからば貴様にも、再び神の恩寵がもたらされることもあるだろう」
「それでも魂は物質だ。慈悲などいらん。さあ、どうする」
「……捕らえよ!」
神兵が、槍を突き出して一斉に踏み込む。
中空で槍が弾かれた。オベウスを中心にした半透明の球が、彼を守っている。
「〈フォース・フィールド〉。新方式の結界だ」
オベウスは取り囲む兵たちを歯牙にもかけず、悠々と壇上を歩く。
誰も知らない、未知の防御術式であった。
魔術――彼らは神術と呼んでいるが――を扱える兵士たちが、オベウスめがけてあらん限りの火球や氷柱を浴びせかけるが、攻撃は全て周囲に逸らされていった。
「講堂が壊れるだけだぞ。……質問は無いようだから、発表はこれで終了だな。帰る」
「止まれ! 止まらなくば、貴様は財産没収の上でこの国からの追放処分とするぞ!」
「そうか。もうそろそろ追放されるだろうと思っていたところだ」
彼は講堂のドアから堂々と外へ消えた。
異端審問官たちがその背を追いかける。
「ええい、異端の追放者め、これ以上の罪を重ねるな! 貴様の住処、〈オベウスの塔〉の周囲は既に我々の兵が固めている! 貴様に帰る場所はない!」
「ほう。それは面白い」
オベウスは廊下を歩きながら、軽く手を振る。
〈遠見〉の魔術でもって虚空に遠くの景色が映し出された。
町外れの山に立つ魔術金属で作られた流線型の塔と、根本を取り囲む兵士たち。
「貴様の財産は、我々が全て没収する! 無論、〈オベウスの塔〉も含めてな!」
「くく。中に入れもしないだろう」
〈オベウスの塔〉を取り囲んだ兵士たちが、無為に外装を叩いている。
傷一つ付かない。
「……長い時間をかければ、貴様の小細工ごとき破ってみせるわ!」
「希望的観測にすぎる。どれ、お前らの頭と話でもしてみるか」
オベウスが虚空に指を滑らせる。
映し出された景色が変わる。
十歳そこそこの半裸の少年を、〈リリジア教〉の教皇が抱きしめていた。
「おおっと。これは傑作だ」
「……に、偽物だ! 惑わされるな、皆のもの!」
「そりゃ苦しいだろ、異端審問官……自分でも分かるだろ」
「黙れ! ……だ、黙れ!」
映像の中の教皇が、オベウスを見た。
慌てふためいた様子で少年をベッドの陰に隠し、咳払い。
向こうからもこちらが見えている。そういう魔術だ。
「……ごほん。オベウス。君の冒涜的な異端の説を撤回する気は無いようだな」
「ほう。ショタの尻を冒涜している変態教皇が何か言ったかな」
「んなっ!? ええい、異端審問官! その者を捕らえよ! 国外追放だ!」
「死刑にしろ、とは言わないようだ。それはそうか。お前らに俺は殺せないからな」
オベウスはにやりと笑い、〈フォース・フィールド〉を突破しようと四苦八苦する神兵たちを見た。
「いや、しかし、追放処分か。ちょうどいい」
「ちょうどいい、だと? それはどういう意味なのだ、オベウス!」
「実はな。拠点を移そうと思っていた所だ」
オベウスが指を鳴らす。
地響きにも似たすさまじい音が、びりびりと空気を揺るがしはじめた。
廊下の窓から見える遠くの山から、直視できないほどの光を放つものが上昇していく。
それは〈オベウスの塔〉だ。流線型の塔が、垂直に飛び上がっている。
「あの塔の持つ真の役割を、お前らにも教えてやろう」
虚空に映し出された映像の中の教皇が、こちらに尻を向けてオベウスの塔を見ていた。
異端審問官もその配下も、窓の外で繰り広げられている未知の現象に圧倒されている。
「あれはな、宇宙船だ。大気圏の更に上、真空の無重力空間を飛ぶ、最先端魔術の結晶」
彼は再び指を鳴らした。
床に転移術の魔法陣が刻まれ、輝き始める。
「……さんざ俺の研究を邪魔してくれたお前らに、追放ついでの置き土産をくれてやる」
……天高く舞い上がる〈オベウスの塔〉から、何かが降り注いでくる。
それは書類の束だ。異端審問官が窓を開き、掴む。
「な……」
その書類には、教皇や高位神官、異端審問官などの不正や犯罪行為が証拠つきで詳細に記されていた。多数のカラー写真が張り付けられ、文字が読めずとも分かる作りだ。
「喜べ、変態教皇。裸を見せるのが好きなんだろう。国民全員が見ているぞ」
「……な、なんたることだ……オベウスウウウゥゥゥゥゥ……!」
「じゃあな、変態教皇。お望み通り追放されてやろう。この大地からな」
そして、オベウスは宇宙船内に転移した。
あっけにとられた教皇と、異端審問官たちを残して。
お読みくださりありがとうございます!
あらかじめこの場で宣言しておきたいのですが、この小説は基本的に宇宙要素を取り入れたファンタジーものです。誰でも気楽に楽しめる小説にしていきたいと思っています。
ハードSF的な考証は行いませんので、ご了承ください。