番外編 異世界でメリークリスマス
皆さんお久しぶりです。大変ご無沙汰となってしまいました。
そしていきなり本編から外れます。これは本編とは一切関係ありません。
今回はクリスマスのお話になります。
余談ですが、本当はイブ(24日)に誕生日を迎えるシルヴィアのバースデーサイドストーリーを書きたかったのですが、うまくまとまらなくてクリスマスに手を借りる形となりました。
冬の真っただ中、街には柔らかい雪が降り注いでいた。
そのおかげで街はすっかり白に包まれている。日本でも雪が降ることはあったが、これほど綺麗に降ってこれほど綺麗に街を飾る雪はなかったのではないだろうか。
そしてその雪化粧の中で様々なネオンライトがこれもまた綺麗に輝いていた。それはお店だけでなく、あたりの民家も含めて。ほとんどの建物が綺麗にそのネオンライトと白い雪で飾られていた。その中を歩いていると、ふと日本にいたころを思い出す。
かつてもこの時期になると各々の建物はクリスマスに備え自宅を飾り付ける。そうして街ゆく者へ嫌でもクリスマスを意識させていた。
そんなクリスマス一色の街の中を一人歩いていると、ふと同じく一人で寒そうに歩く女の子を意識してしまうこともあった。声をかければクリスマスマジックたるものが起きたりしないだろうか、そんなバカな考えを起こしたりして。
「んね、姉ちゃんどうよ、そこの酒はこの寒い日にピッタリなんだ」
「けっこうです」
ほんと、バカな考えだったと思う。
『今の人もダメなんですか? 結構かっこよかったし、お金も持ってそうでしたよ?』
「なんでお前はそうさっきからナンパに肯定的なんだよ。俺が男について行ってもむさくるしいだけだろ」
『うーん、確かに百合の方が華々しくはありますけど……』
「そういうことじゃねえよ」
相変わらずバカな調子でバカなことを口にするバカな女神。あ、ていうかお前がナンパ男についていけばいいんじゃないか? バカ同士気が合うだろ。
「それにしてもいつにもましてナンパしてくるな。別にこの世界にはクリスマスなんてないんだろ?」
『ありますよ』
ほらな。日本と違ってこの世界にはクリスマスなんてない。だから聖夜を女の子と過ごしたいなんていう思考がそもそも働かない……。
「今なんて?」
『クリスマスありますよ。まあ、厳密にはクリスマスとは呼びませんしミラちゃんが思い浮かべてるものとは少し違うと思いますけど』
「なんだよそれ」
『そっちのクリスマスはノーの誕生日ですよね?』
「イエスな。お前の脳がノーだよ」
……。
…………。
………………。
「俺が悪かった」
『こっちの世界はティナさんの誕生日です。ティナさんの生誕を祝いましょうということですね』
「なるほど。しかしクリスマスみたいなものがあったなんて知らなかったな」
要するにキリストじゃなくてティナというだけで、ほとんど同じようなものらしい。セインの珍しくしっかりした説明を聞いて納得した俺は、同時にどこの世界も似たようなものなんだなと感心の声を漏らす。
『何言ってるんですか。むしろそれを知らずにこの飾り付けを受け入れていたミラちゃんの脳がノーですね』
……。
…………。
………………。
「お前それちょっと気に入ってるだろ」
◇
「そういえばサンタとかそういう概念はあるのか?」
家に帰って部屋に横になった俺は、さっきの話の続きをするべくセインに問いかけた。
帰りの途中でこの世界にもクリスマスのようなものがあると聞いたが、果たしてどこまで同じものなのか。
例えばサンタクロース。
日本のクリスマスにはサンタクロースという概念がある。24日の夜に、その年一年間いい子にしていた子供たちの枕元へそっとプレゼントを置いていくという習わし。
よく親の怒り文句に「サンタが来なくなるよ」というものが出てくるほど、子供たちの頭の中に根付いている文化だ。
『ありませんね』
しかし残念、ないらしい。いや、別に期待はしてないが。もしかしたらこの世界なら本当にサンタがいてプレゼントくれるんじゃないかなんて期待は一切してないが。
『だいたいあれってただの不法侵入じゃないんですか? よくあんなの日本では許されますね?』
「やめろ夢を潰すな」
『夢? 不法侵入の何が夢なんですか?』
「は?」
『え?』
……これは、あれだ。あまり触れてはいけないやつかもしれない。そんなことを感じ取りながらペンダントを見ていると、心なしかクエスチョンマークがペンダントの中から飛び出しているように見えた。
『とにかく、タダでたくさんの人にプレゼントをあげるような善人はこの世界には存在しません。まあ居たとしても、ミラちゃんは素行が悪いですから何も貰えないと思いますけどね』
「そうだね」
何か、話していて少し悲しくなってきた。コイツとしては今俺のことを煽ったつもりなのだろうが、ことが些細すぎて何も響いてこない。ただただこいつが哀れに感じてしまうだけだ。
とにかくこれ以上この話を広げるのはお互いに良くない気がしてきたので、ここは強引にでも話の方向を変えていこう。
「逆になんかないのか? こっちにはあって日本にはないものとか」
『うーん……そうですね……』
そう言って考え始めるセイン。こいつはバカだが、こういうところが扱いやすい。
『あ! ミラちゃんがエロコス着てティナさんに踊りを捧げるというのがぎゃああああ! さむい! さむいです! この真冬に氷魔法はやめてください!』
そう変なことを言い始めるセイン。こいつはバカで、こういうところが本当に面倒くさい。
俺はもはや外気よりも寒いんじゃないかと思うほどの冷気をペンダントにたっぷり当ててやってから手を離した。
『へっくし! な、何するんですか!』
「とぼけんな。嘘をつくならもっと分かりにくい嘘をつけ」
『嘘じゃありませんよ! だって女神たるもの女の子のエッチなところでも見ないとぎゃああああ! さむい! 死ぬ! 人殺し! いや、女神殺し!』
まだ元気そうなのでもう少し冷気を当ててやるか。
『やめてください! 嘘じゃありませんよ! 本当に!』
まだ嘘じゃないと言い張れるらしい。
『本当に! とりあえずやめてください! 話を聞いてください! ああああ!』
さすがにそろそろ可哀想になってきたので、ここらでやめることにする。
『ううううううそそそそそだだだっ』
「落ち着け。温めてやるから落ち着いて話せ」
寒さのあまりマトモな発音すら出来なくなった女神に暖気を送ってやる。さすがに少しやりすぎたかもしれない。
そして少し待っていると、ようやく身体の震えが取れてきたらしいセインがゆっくりと話し始めた。
『本当に嘘じゃないんです。嘘だと思うならミストさんに聞いてみてください。それで嘘ってなったら私がエロコス着て踊りますから』
「誰も見たくねえよ、誰が得するんだよ」
『えっ』
俺のマジレスツッコミを受けたセインが少ししょげたように元気を無くしたのが伝わってくる。
……こいつは自分のエロコス姿に魅力があると思っていたらしい。
まあそれはさておき、珍しく強情だがこれに応じてやる必要は無い。ここで少しでも不安に感じてミストに聞いてみろ。これが嘘ならとんでもない妄想を持った人間だというレッテルが貼られる。そうなってはこのバカの思うツボだ。
そしてこのどうすればいいか分からない空間の中でコイツの始末をどうしようかという思考へシフトすると、ちょうどそのタイミングで扉がコンコンとなった。
「なにー?」
「僕だよ。入っていいかな?」
声の主はミストだった。まあ、ノックの柔らかさで察しはついていたが。
俺はひとまずセインのことは忘れてその扉を開ける。するとそこに立つミストは両手で肩幅ほどの箱を抱えていた。
「それは?」
「ん。ミラちゃん宛の荷物だね。入らせてもらうね」
そうだけ説明したら部屋の中へと入ってきて、その箱を床へと置く。大きさの割に中身は軽そうだった。
しかし肝心の心当たりがない。
「覚えがないんだけど……」
「うーん。だったら時期的にも衣装じゃないかな?」
ならばと予想を立てるミスト。しかし衣装とは。そこまで言われても何もピンと来ない。特に何かを注文した覚えもない。
「衣装って何の?」
「何の、って。ミラちゃん今年の踊り子でしょ?」
「えっ」
ミストの口から放たれた信じられない一言に俺は耳を疑う。
そして俺が絶句し静まりかえる部屋の前の廊下をちょうどシルヴィアが通りかかった。
「あっ! ミラちゃんそれ踊り子の服!? 開けていい? 開けていい?」
そして追撃。部屋の中にある箱の中身を敏感に感じ取っては勢いよく飛び込み、そして俺の許可を待たずにその箱を開けていく。
「うっわあ! かわいい! 見て見て!」
ミストに続きシルヴィアまでも踊り子のことを当たり前のように受け入れている。これを見ている限り本当のことらしいと取るしかないが、それでも信じられなくて呆然としたままだ。
そんな俺の様子もおかまいなくシルヴィアは箱の中から取りだした踊り子の衣装を広げて見せてくる。
「な……露出多くない……?」
広げられたそれはまさにエロコスだった。
まずトップスはおへそを存分に見せれるよう胸元の部分にだけ布がある真っ赤なもの。
下はこれもまた赤くて短いスカートだ。そして白い綿のついた赤いマント。そして赤を基調にして白いランの入ったニーソックスに膝下まで覆いそうな茶色のブーツだった。こんな姿になるなんて冗談じゃない。
「大丈夫! 女神様のご加護で防寒できるから!」
「いや、そういう問題じゃないから!」
いや確かに寒そうだけどもそれ以前の問題だ。
「そんな恥ずかしいの着たくないんだけど!?」
「何言ってるのミラちゃん、女神様に女の子の肌はたくさん見せてあげないと」
抵抗する俺へミストの容赦ない追撃。
というかなんだ? ミストってそんなこと言うやつだったか?
しかしそんな俺の驚きも二人には届いていないようだ。
「とりあえず着てみよ!? きっとすぐ慣れるよ!」
「そうだよミラちゃん、着てみよう」
『そうですよ! ティナさんにえっちな姿見せましょう!』
一歩ずつ距離を詰めながら衣装を迫らせてくるミストとシルヴィア。もう俺はろくな抵抗もできていない。このまま押されて無理矢理着替えさせられそうな勢いだ。
クソ……やめろ……せめて最後にこれだけは言わせてくれ……。
「てかそれサンタじゃん!?」
◇
叫びながら起き上がった俺はすぐさまエルヴァとミストの視線を感じた。
少しぼんやりとする頭を懸命に動かしていると、ミストがゆっくりと歩いてくる。
「おはよう。ほら、そろそろ帰ってくるから準備して?」
「え?」
「ほら、シルヴィを驚かせるんでしょ? 誕生日おめでとうって」
ああ、そういえばそうだったと俺はすべて思い出した。
今日は12月24日、日本ではクリスマスイブだが、この世界にはそんなものはない。だが代わりにシルヴィアの誕生日なのだ。そしてサプライズをしようと俺たち三人で準備をしてきたのだった。そしてとうとう準備を終えては居眠りしてしまったらしい。
そんな安心するいつもの現実を思い出しながら、俺は机の上に置いてあるオルゴールへと視線を向ける。
「ん、そろそろ動かしとくか? お前の作ったこれ」
俺の視線に気がついたエルヴァがそのオルゴールに手をかけた。するとそれは穏やかなメロディを奏で始める。
「綺麗な音だな」
「うん、きっとシルヴィも喜ぶんじゃないかな」
その穏やかな音色は様々な装飾を施された部屋の中を、最後の仕上げとばかりに美しく彩った。
もうすぐシルヴィアが帰ってくる。帰ってきたら、この手に持ったクラッカーを打ち上げて、驚かせて。こういうのが好きなシルヴィアはきっと喜ぶだろう。
そしてこの音色に包まれながらいつもより豪華にした食事を食べて。
そんな楽しそうな数分後を思い浮かべる。
そんな未来を彩り、そしてその一部始終を眺めるであろうオルゴールの上では、サンタのような赤い衣装に身を包んだ小さな女の子の人形がくるくると踊っていた。
シルヴィア、誕生日おめでとう。




