第6話 豬突豨勇 ⑤
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「……居た。向こうに居る。……っと、向こうも気付いたみたいだ、来るぞ」
俺は結界魔法で索敵しながら歩いていたのだが、その結界で感知するより先にエルヴァがターゲットを肉眼で見つけた。
前からちょくちょく目立っているが、いったいコイツはどんな視力をしているのだろう。
……と、今はそんなこと考えてる場合じゃないな。
俺は近くの茂みの中にその身を隠す。そして俺から少し離れたところで、エルヴァもまた茂みに身を隠した。
作戦はこうだ。
まず、さすがに突進してくる相手に馬鹿正直に正面から対峙することは諦める。
遠距離攻撃で仕留めるか、動きをなんとか止めて斬撃などで倒すという方向性だ。
そうなると遠距離攻撃ができるのは、俺の魔法かエルヴァの投げナイフに絞られてくる。
というわけで、ミストとシルヴィアを囮に、俺とエルヴァが横からどうにかするということになった。
俺たちがすっかり準備を終えた頃合で、平地へ残る三人へ茂みの中から猛然と突進してくる獣が現れる。
なるほど、ほとんど猪だ。
突進の威力自体はすごそうだが、話に聞いたとおり、直線だ。集中してさえいれば避けられない攻撃じゃない。
やはり三人はあっさりとその攻撃をかわし、猪はそのまま駆けていった。
情報によるとどこかしらで急ブレーキからUターンの後、もう一度、と言うより何度でも突っ込んでくるらしい。
実際その情報に違わずその猪はまたやってきた。さっきは様子見も兼ねて見送ったが、今度は迎撃する。
皆さんおなじみの【アイスニードル】だ、と言いたいところだが、そんなモノが効くくらいならあんなに難易度が高くならないだろうから試しすらしない。
そもそも俺にはアイツを攻撃する気がない。倒せる訳がないからな。
という訳で……。
「《アイスウォール》──ッ!!」
俺はそこそこの出力で氷の壁を生成した。強度も厚さもそれなりのものを用意したつもりだ。
……が、チョトツキユウはそれをあっさりと砕きながら進んでいった。
これはちょっと壁で止めるのは無理そうだな……。
「ねえ! 【アイスストーム】で気温を下げたら寒くなって動きが鈍るとかないかな!?」
「あんなに走ってたらむしろ暑そうだよ!」
「それ以前にお前そんな広範囲の気温を大幅に下げれんのか!?」
「ごめん無理だった!」
俺がエルヴァの立場なら後で締め上げているな。
まあとにかくまずはコイツだ。……少しベクトルを変えてみるか。
「《アクアボール》、《フリーズ》──ッ!!」
ブラッドウルフに試した、地面氷漬け作戦。
あのチート狼には効かなかったが、コイツなら十分見込みはあるのではないだろうか。
一応念の為ミスト達の行動範囲にはやっていないが、それでもあの三人を狙うには氷の地面を通るしかない。
「う、うわあああ!? 普通に滑ってきた!?」
案の定氷の地面に足を踏み入れた猪はなんとそのまま転倒することもなく、スケートでもやっているかのように平然と滑ってきた。
そしてシルヴィアには避けられたものの、下が乾いた地面になると、勢いそのままにまた走り出したのだ。
「い、意外と器用だな……」
脳筋でも高難易度ってところか。簡単に倒されてはくれないようだ。
あと一つ、策はあるにはあるが、ちょっと自信が無くなってきた。
しかし俺とてもうこれしか思いついていない。あの猪は体力も凄まじいようなので長期戦もやりたくない。これに賭けるしかないな。
俺は猪の去った方向と三人の位置から突進コースを予測し、そのサイドに壁を作るように水耐性の【ディスペルフォース】を張る。これで水路の完成だ、あとは……。
「《タイダルウェーブ》──ッ!!」
俺の魔力によって作られた波は、見えない魔法の壁によって幅を制限されながら突進してくる猪へ向かって一直線に襲いかかる。
幅を制限して高さを稼いだ、かなりの水圧になってその突進を阻むはずだ。
……が、猪はそこに何も無いかのように、まっすぐまっすぐと突き進んできた。
いや、よく見れば少しスピードが落ちている気もするが……大勢に影響なし。とてもミストらが斬りに行ける様子じゃない。
万策尽きたか。
……それにしても何かおかしい。身体が明らかに軽い。
薄々違和感を感じてはいたのだが、今のタイダルウェーブでハッキリした。
昨日のそれとは発動速度も、威力も、体感の消費魔力もまるで違う。
あたかも強化魔法か何かをかけられているようだ。調子や慣れの次元じゃない。かなり魔力を詰めたはずなのに、まだ余力がある。
なんだ、何かあったのか? 昨日から朝にかけて何か……。
『ミラちゃん! 何ぼーっとしてるんですか! ブラッドウルフと同じで下から殴ればいいんですよ! お腹を!』
相変わらず空気の読めない声が俺の回想を吹き飛ばした。
邪魔するならせめて有益な言葉で邪魔してほしい。あんな素早い奴の腹を下から殴るなんて……。
──待てよ。下から殴る……突き上げればいいんだよな。
俺の使える魔法に、一つだけその類の魔法がある。
どうせ今日は調子がいい。まだ魔力も余っている。どうせ他に策はないんだ。やってやれ。
「ミラ! もう策はないのか!?」
「ある! 一つだけ! 今からやる!」
今また突進を避けたエルヴァにそう答えた俺は、下準備として地面に冷やした水を染み込ませる。
別に普段はこんなことしちゃいないが、今日は高さ三メートルくらいの針山を作ってやろうと考えているからしているだけだ。
そう、針山。下から突き上げるように針山を生成し、猪を串刺しにしてやる。
何度も何度も壁や木にぶつかったことで硬くなっているその皮膚だが、滅多にぶつけないお腹だけは例外だ。
「《アイスグランド》──ッ!!」
「な、何これ……」
俺たち四人は、高さ十メートルくらいの針山と、その頂上に刺さる猪を見上げていた。
俺の想定した三倍くらいの大きさになったそれは、以前見た地獄を模した絵の中にある針山とよく似ていた。
「こ、ここまでやる必要はなかっただろ……」
「こ、ここまでやったつもりはなかったんだけど……」




