第5話 最高の食卓 ⑦
みなさんもお酒の飲みすぎには注意してくださいね?
俺達は今、机の上に置かれた紙を囲んで緊急会議を開いていた。
議題は、その紙に女の子の字で書かれたそれである。
『シルヴィ、起きないんですけど』
──話は10分前に遡る。
「てて……おはよう……」
「えっ。エルヴァめっちゃ顔色悪くない? 大丈夫?」
普段より30分ほど遅く起きてきたエルヴァはとても顔色を悪くしていた。
今日はクエストで稼ぎに行く予定だというのに大丈夫だろうか。
「さすがに飲みすぎたわ……」
「おい、私の心配返せよ」
そういえば昨日はクソみたいに飲んでたな。風邪じゃなくて良かったよクソが。
「うるせえ響く。おいミスト、その引き出しの中にポーションあるから取ってくれ」
頭を押さえながら辛そうに台所を指さすエルヴァ。そんなところにあったのか、とその方向を見ていると、ふと昨日の昼の記憶が蘇る。アレってたしか……。
「どこ? 見当たらないけど……」
「は? 紫色のやつだぞ?」
紫色のポーションか……。間違いない。
「あーそれ昨日シルヴィが割ってた」
「は」
「パンケーキ作るんだーって言ってて止めに入ったんだけどもう遅くて……」
「どうしたらパンケーキ作る最中に関係ないポーションの瓶が割れるんだよ……」
「あはは、シルヴィらしいね……」
いや、確かにらしいと言えばそれまでだが、それで済ませていいのかミスト。
「だからあいつには台所に入らせるなって……」
「私だって気を付けてるけど勝手に行っちゃうんだよ!」
『な、なんだかヒドい言われようですね……』
セインが軽く引いているが、ハッキリ言って仕方ないと思う。
彼女に関しては料理ができるできないの次元はとうに超えており、台所に入るとまるで呪いにでもかけられたかのように荒らす荒らす。
この前午前中に出かけて昼に帰った時なんて『ミラちゃんを驚かせようと思った』と泣き喚くシルヴィアと半日かけて掃除したのだ。こればっかりは出禁にする他ない。
「クソ。じゃあミラ、悪いが先に行ってクエスト確保してきてくれ。難易度4以下。内容はお前のセンスに任せる。俺はアイツとミストとでポーション買ってから合流するわ」
「わ、分かった。とりあえずシルヴィア起こしてくるよ」
エルヴァの案は了解したが、まあまずは朝食である。俺はシルヴィアを起こしに行った。
で、今に至る。
『ちゃんとアラーム鳴ってんのかよ』
ちなみにどうして筆談なのかというと、みんな音を遮断しているからである。
この家の爆音アラームを消すスイッチは、シルヴィアの部屋内にしかない。今後絶対どうにかすべき課題だろう。
『鳴ってるよ。緑のランプ光ってたもん。そんなに言うならエルヴァが耳栓外して確かめたらいいじゃん』
『俺の鼓膜潰す気かよ』
『でもシルヴィの鼓膜は潰れてないよ?』
『一緒にすんな。つかお前魔法なんだから微調整できるだろ』
たしかに。そういえばそうだった。
俺はほんの少し【ディスペルフォース】の強さを弱める、と同時にうるさい音が飛び込んできたのですぐに戻した。
『鳴ってた』
『おい、もう書くとこないから別の紙持ってこい』
俺はこの前もらった宗教勧誘のパンフの裏紙を取ってくる。
……ていうか俺ら何やってるんだろう。
『この無駄な会議と時間はなに?』
『知らんわ』
『とりあえず解決法考えようよ』
ミストの書いた字に、半分投げやりになっていた俺とエルヴァが改めて考え込む。
そもそもこれは何の現象なんだろう。
まず原因はなにか。うん、まあ十中八九酒だろうな。
それならポーションを飲ませれば……あ、いやダメだ。部屋に入れないんじゃ本末転倒だ。
うーん……分からん。
もう俺が手を上げてやろうかと顔を上げると、ちょうどエルヴァが何かを書いていたところだった。
『確か睡眠状態を解除するポーションがあったよな』
あれは状態異常だったのか。
驚く俺を尻目にミストはなるほどと手を打った。状態異常らしい。
『どうやって飲ませるの?』
しかし結局ここではなかろうか、と紙に書いてみたのだが、どうやらそれは心配なかったらしい。
『テレポート屋にお願いすれば』
テレポート屋というのは、お金を払えば様々な都市に飛ばしてくれる人のことだ。
【テレポート】ができるのは、あらかじめ登録しておいたポイントか、半径十数メートル内地点。
出張してもらって後者の用法でやれば出来るだろうが……。
『アホくさ』
エルヴァの一言に全面的に同意である。テレポート屋からしても前代未聞の依頼になるんじゃないだろうか。しかしだからと言って他に何かある訳でもない。それはエルヴァも同じようだ。
『もうこれくらいしか』
『アホくさいけど、それが一番かもな』
『じゃあそうしよう』
そうして多分史上最もくだらない緊急会議に決着をつけた俺たちは、無音空間の中でのシュールな朝食へと移った。
余談だが、この後ミストらは作戦通りシルヴィアを起こすことに成功したのだとか。
しかしやはりと言うべきか、テレポート屋には相当驚かれたようだ。
次話予告
思わぬアクシデントからクエストの受注を任されたミラ。
しかしミラが選んでしまったものは、負けることはないが勝つことも出来ないモンスター!?
ダメ元で受けることになったミラ達の結末は果たして……?
第6話「猪突豨勇」




