第1話 剣と魔法の異世界 ③
大阪北部在住です。
鎧を着ている人。マントを羽織っている人。ローブを着ている人。露出の激しいファンタジックな服を着ている人。
そんな、今まで見たことのないような人たちで溢れかえっている通り。
一言に、すごい。
まさにアニメや漫画でよく見るような、異世界と言うに相応しい風景が広がっている。
しかし、女戦士だろうか、あるいは女盗賊らしい人たちの露出の激しい服装はどうにかならないものなのだろうか。これでは日々厳しい戦いを強いられることになってしまいそうだ。
早速今も息子との激しい戦いが……アレ、始まらない。死んだ直後だから性欲が麻痺しているのだろうか。
まあいい。それよりもだ。これからどうするかだよな。
ここで誰か通行人を捕まえて聞いてもいいのだが、「は? そんなことも知らずにこの街に来たの?」なんて言われて蔑まれてしまうのは避けたいところである。
優しそうな人を選別するのも手だが、それよりもさすがにセインに頼るべきだろう。いくらあのバカでもそのくらいの案内は出来るはずだ。
それに、もしこれで使えないようなら今後頼る意味は無いと判断できるし、それはそれで得るものが無い訳でもない。
ただ、これがペンダントと会話するという特殊シーンなのが気にかかる。
問題はこのセインの声が周囲に聞こえるかというところだ。もし聞こえるのなら、せっかくペンダントにした意味が無い。
そして当の本人はじっと黙っている。これでは迂闊に話しかけるわけには行かなさそうだ。黙っているということは、この局面で話してはいけないという可能性が高い訳だし。
俺は色々考えた結果、安全策を取ることにして路地裏の方へ入っていった。
周囲の目がないことを確認していざペンダントに語りかけようと胸元に視線を落とした時だ。
「なにこれ」
俺の胸から膨らむ双丘。それなりの大きさを持ったソレは、しっかりと谷間も生み出し、上から見下ろす俺の視界に映していた。なんだろう。まるでおっぱいみたいである。
揉んでみると、しっかり揉まれてる感覚もあった。これじゃあまるで女の子じゃないか。
もしかしたら下もなくなってたりして。
そんなことを軽い気持ちで考えた俺は、特に深く考えずに手を股間にやった。
まず股間の下に布が一枚しかないことに気付く。なるほど、やけにスースーすると思っていたらそういうことだったのか。どうやら俺はスカートを履いているらしい。まさに女の子である。
なんとなく夢心地になっていたが、つるぺったんな股間を触ったあたりで現実に引き戻され始めた。
……あれ、俺これ本当に女の子になってる感じですか?
ゾッとし始めた俺は、半生を共にしたアイツを再度確認するべく、そっと布越しに撫でてみるが……やはり居ない。俺の戦友が居ない。いや、戦ったことはないのだけれど。
……どうやらアイツは何も果たすことなく、この世から消えてしまったようだ。
しかし確かに身体に違和感は感じていたけど、まさかそんなことになってるなんて、誰も想像しないだろう。実際俺もただの不調くらいにしか考えていなかった。
いや、今この目で見て、この手で触っても信じ難い。とにかくこれは、さすがにアイツに聞くしかないだろう。
しかし今思えば、あの露出度の高い女の人達に生理現象が起きなかったのも納得ではある。
混乱しながら、そんなことを考えていた時だった。
「おうおう。迷子かなァ、嬢ちゃんよォ」
突然聞こえた背後からのその声は、俺の背筋を凍らせるには十分なものだった。
嫌な予感を振り払いながら、セインへの問いかけを中断して振り返る。すると盗賊風で、いわゆるチンピラに見える男がゆっくりとこちらに近付いてきていた。距離にしておよそ20mほどだろうか。
「ここはよ、俺の縄張りだ。そこに忍び込むってのは、もちろん分かってんだろうなァ?」
やばい。これは、確実にやばい。
てか、こっちの世界にもこんな奴いるのかよ。せめて俺が抵抗手段覚えてからにしてくれ。女になった瞬間これなんてあんまりな仕打ちじゃないか。
「《捕獲》」
正直女の頼りない、それも全く未知の身体で、この男を相手に対峙できる気なんて微塵もなく逃げようとしたのだが、男のその一言と共に身体がピクリとも動かなくなる。まるで金縛りにあったかのようだ。
何が起こったのかわからず、おそらくの原因である相手の方を見つめると、そいつは楽しそうに笑っている。
「クク。知らねェのか? 盗賊専用のスキルってヤツだな。本来はモンスターの捕獲に使うもんだが、人間相手にも効果があってなァ。食らった獲物は動けねェし、助けを呼ぶことも出来なくなんだよ」
は。つまり俺は今そのスキルとやらに身体の動きを封じられているのか?
ちょっと待て。これがこの世界の魔法か? 俺の憧れた魔法ってのはこういうものだった、ってことか?
いや、考えるな。今はそれどころじゃない。とりあえずこの場から逃げるのが先だ。
だが、この期に及んでもセインは出てこない。おそらく出れない事情があるのだろう。あいつでもそこまでバカではないはずだ。しかしどのみち肝心なところで役に立たないものだな。
「くっそ……来るな! こんなことしてタダで済むと思ってんのか!」
「ヒュゥ。いい言葉遣いしてんじゃねェか。嫌いじゃないぜェ?」
こんな状況で女言葉を意識できる訳もなく、男の時と同じ口調で言い放った俺に一瞬驚いたような表情を見せつつも、すぐにニヤリと気味の悪い笑顔を浮かべた。
舌なめずりをしながら近付いてくる様子は、まさに恐怖そのものだ。
元男の俺でもこれほど怖いと思っている。確かにこれが女子の立場なら相当な恐怖だろう。
「その態度に免じて一つ教えてやんよ。盗賊ってのはなァ、《潜伏》っつースキルが使えるワケよ。自分と半径10m以内の任意のモノの存在感を消すっつー効果だ。……女ァ犯るにはもってこいの職業だと思わねェかァ?」
男は自らの勝ちを確信したらしく、ケラケラと気味悪く笑い続けている。
というかなんだ、捕獲に潜伏? 本当に人に手を出すための職業じゃないか。
俺の立場からどうこうできるものでもないだろう。残念ながらどんな一手も浮かばない。口と目で抵抗するのが関の山だ。
この口振り、余裕、手際。おそらく今まで何人も同じ目に遭わせて来たのだろう。そして、俺もその一人になろうとしている。
既に男と俺の距離は10mを切っている。さっき言っていた潜伏というスキルはもう発動していることだろう。
逃げることも出来なければ、助けを呼ぶことも出来ない。
クソ! 異世界に転生したら憧れの魔法で犯られるなんて。だから断りたかったんだ!
「お、よく見りゃなかなかの上玉じゃねェか。犯り捨てるにゃ勿体ねェ」
「このっ……」
「いいねェ。まだ目は死んじゃいねェ。クク、久々に楽しみな女だなァ」
結局何も手を打てないまま、目前までに迫られてしまった。
せめてもの抵抗で睨みつけても、相手にとってはそれすらスパイスになるようで、余計に楽しそうになるだけだった。
そして俺の唇を奪おうとしているのだろう。顎を持ち上げ、すぐ目の前でご馳走にありつくかのように舌なめずりをしている。
もうダメだ。俺はせめて見ないようにと目を瞑った。最後の抵抗にと口も固く閉ざしたが、果たしてどのくらいのモノになるだろうか。
ああ、まさか異世界で、こんな目に遭わされるとはな。
……。
あれ、唇が重なってこない。
そんなに焦らすのが趣味な男だったのだろうか。いや、あの雰囲気は今にも手を出してきそうなものだった。
目を瞑って対話を拒否すれば、対話の楽しみがなくなったからとすぐさまかぶりついてくるだろう。
おかしい。そう思った俺は恐る恐る目を開ける。
すると、なんとその男が俺から距離をとっていた。
何が起こったのかは分からないが、男は楽しそうにしつつも少し驚いたような表情をしている。
「何をした? 破られた哀れなオレに種明かししちゃくんねェかなァ?」
「そうだね。投降してくれたなら、教えてあげてもいいかな」
「クク。そりゃァ勘弁だな」
いつの間にか現れていた青年が、距離をとった男と一定距離で話している。混乱しているせいで話の内容は半分も分からなかったが、少なくとも危機的状況は脱しているようだ。
男は面白そうに笑ったあと、「《逃走》」と小さく告げて驚くほどのスピードで逃げていった。
「うーん。やっぱり逃走系スキルも握っていたか」
ふぅ、と溜息をついたのは青年だ。
その青年は構えていた剣を鞘の中にしまう。どうやらこの人に助けてもらったらしい。
「あ、あのっ……」
お礼を言おうと口を開いたのだが、その口から女の子の声が出てきたことにびっくりして、話すのを中断してしまった。すっかり忘れていたが、そういえば俺は女の子になっていたのだ。
だが、正義のヒーローくんは俺の言葉が止まった理由を勘違いしてしまったらしい。
「怖かったよね。大丈夫大丈夫」
恐怖によって言葉が詰まったと感じ取ったヒーローくんは、急かしたりする訳でもなく、俺が落ち着くまで一緒に居てくれるようだ。なんだろう、この優しさの塊のような男は。俺が本物の女ならきっと堕ちていたことだろう。
でもごめん、ヒーローくん。俺、本当は男なんだ。
* * *
多少の恐怖は覚えれど、根は男な俺はこれで立ち直れないほどの心の傷は負っていない。
しかし怖がっていたと捉えられた手前、すぐに立ち直ってもまた色々と面倒なので、適当に時間を見て会話を試みることにしていた。
体感15分。そろそろいいだろう。
「ありがとうございます……」
また女の子の声に驚いてしまったが、2度目ということもあって、なんとか詰まらず押し切れた。
「いいえ。気にしないで」
なんだろう、この爽やかな雰囲気といい、恩着せがましいこともない、そしてこの安心できる笑顔。
というか、とりあえず15分くらいじっとしていたが、こいつはその間一切嫌そうな素振りを見せずにただ黙って隣に居た。初対面の相手になかなか出来ることじゃない。
さすがに俺でも文句を言うことはないだろうが、ソワソワくらいはしてしまうかもしれない。
しかしこのヒーローくんは、それを全く感じさせていなかった。
コイツ、絶対モテるんだろうなぁ。やっぱりどこの世界にも、こういう勝ち組は居るってところか。
「ところで君は一人? 見た感じ《冒険者》って訳でも無さそうだけど」
あ、それなんだか俺のなるべきものの感じがする。ヒーローくんの言葉に対し、俺は直感的にそんな感覚を覚えた。
いきなり強姦イベントかと思えば、今度はチュートリアルが始まりそうな雰囲気だ。
……さすがに順番逆だろ。
とにかく情報を引き出そうと、友達や漫画の見よう見まねで女口調を意識しながら口を開いた。
「あ、あの。わ、私まだ……よく分からなくて……でも多分、それになりたくて……」
なんだろう、この情けなく気持ち悪い人間は。
初めて使った女言葉は思いの外恥ずかしく、変にキョドってしまったせいですごい陰キャラみたいなことになってしまった。
それに「多分それになりたい」とは何だろう。ウジウジしすぎていて、俺なら即座に関わりを絶ちたくなる。
しかし、爽やかなヒーローにはそんなことは関係ないらしい。
「なるほどね。よかったら、僕も付いていっていいかな」
えっ。何か。お前は神か。
俺はまさに今、セインとは比べ物にならないくらい頼りになりそうなこのヒーローに色々教えてもらいたいと思っていたところだ。
そもそもセインは人前じゃ使えないみたいだし、かと言って人目のないところに行けば今度こそ犯られかねない。そもそも説明能力が壊滅的なおかげで全く頼りにならない。はっきり言ってわざわざ気を遣って使うものじゃない。
するとどうだ、わざわざ向こうから言ってくれるのだ。まるで俺の心を見透かしたかのような会話の運びである。
こいつこそが神にふさわしいだろ、ティナよ。
「助かりますっ。心強いです」
「心強いは言いすぎだよ」
俺なりに可愛い笑顔を意識してみたが、果たして出来はどうだったのだろうか。
それを見たはずのヒーローくんは、爽やかな笑顔を浮かべて返してきた。
……対抗されてる気分だ。そして、完敗した気分。
「よし、じゃあまずはギルドインからだね。備品を揃えるにも、まずは適性を見てからの方がいいし」
「ギルドイン?」
「ああ、ごめんね。ギルドインは……」
ギルドイン、というのは果たしてどれほどの知名度がある言葉なのかは知らないが、深く考えずに聞き返した俺に、ヒーローくんは驚くこともバカにすることもなく、懇切丁寧に説明を始めてくれた。
職業No.12
名 称:盗賊《シーフ》
練 度:基本職
比 率:7%
得意な属性:俊敏性
苦手な属性:防御、魔法
ミスト所見:
比較的簡単になれる職業だね。
その代わりこれだけ上級職がないし、ステータスも低くなりやすいんだ。
でも盗賊だけに取得できるスキルには色んな場面で活用できる便利なものが多いことから、冒険する気はなくても冒険者になって盗賊スキルを取る人も居るね。