「間 平八郎」
素晴らしき快晴。その残滓のようなものがカーテンの隙間から薄暗い部屋に差し込んでいた。美しく表現するならば都会の木漏れ日と言ったところか。そんな薄暗い部屋の主人はそんな残りカスには目もくれずひたすらにチカチカ光る機械的な平面を凝視していた。
「…左、右、ああ、骨が…何ですかそのビームは…くっ、初めから必殺技なんて…反則。」
ディスプレイを見ながらしきりにハートを敵の攻撃から守ろうとするこの青年こそこの部屋の主、夢枕 眠凛であった。そんなゲームの音以外静まり返った彼の部屋にドンドンドンと、粗野な音が鳴り響いた。
「お〜いネム〜いるんだろ〜。開けろよ〜。認知心理の鬼頭が今度授業に出なかったら単位落とすってよ〜。」
…しばしの沈黙の後ガチャっと何かを外すような音がして、天岩戸は開かれた。
「…ハチですか。別に構いません。単位なんていくら落とそうが、結局父親の会社をつがされるんです。ほっといて下さい。」
「そうか〜。でもあいつ、俺は見捨てる気はない。補講を行なってでもあいつを救ってみせるって息巻いてたぞ〜?まあ、いいならいいか!遊びに行こうぜ〜?越山ライクタウン。」
「ちょっ!たった今、事態を看過できなくなりました。詳しく話をお聞かせください。ハチ…ハチ!」
ツンツン頭にギザギザの歯、容姿とは裏腹にのんびりした言葉遣い。180センチを超える高い身長。
ネムリにハチと呼ばれるこの男。名前を間 平八郎と言った。何を隠そうネムリにゲームやアニメを進めた張本人であり、唯一の親しい友人である。
ハチは、ネムリを足にしがみつかせたまま気にせずズンズンと部屋の奥へ進んでいった。
「おお〜?なんだこれ。またゲームか〜。ほんと好きだね〜。」
「いや、僕に初めにゲームやらアニメやら進めたのは貴方ですよ!もう、帰って下さい。僕は今日中にジェノサイドになるんですから!」
「ふっふっふ、まあまあ、この俺に任しとけって〜!このハートを骨からよければ良いんだろ?楽勝楽勝。」
「い、言いましたね!これすっごく難しいんですよ!…ふふふ今に見ていなさい開始3秒で…。」
「よっ、ほっ、はっ、と中々やるなコイツ〜!」
「な!ななな、なんですと!!」
ハチはネムリが苦戦していた敵の攻撃をほぼ反射神経のみで避け続けてみせた。ゲームに集中していた2人は後ろに近づく人影に気づくのが遅れた。
「そ、そんな馬鹿なパターンを覚えなければ絶対に…む…り……ひっ!」
先に気づいたネムリはゲームに没頭しているハチに後ろからしがみつきハチをその不審人物に差し出すように前に突き出した。
「左、右、上、通り抜けて〜…ビームは回りながらっ……おい!ああ、死んだじゃんか〜。どうしたんだよネム〜…ん?どちら様?」
2人が行動を起こす前に、ローブを被った人物は荒い息で何かを唱え始めた。
「………ウル………ケン………ツケ…テ。」
声から察するに女性であるその人物は、そう言い終わると体の前に手を突き出し、手で円形を作り出した。その円に呼応するようにネムリとハチの下に幾何学模様の円形が幾重にも重ねられ、目を開けてられないほどの光が部屋に満ちた。
「目がぁー、目がぁー。」
「おお〜、神々しい〜。」
「何を呑気な……。」
しばらくしてやっと光が止んだそこに2人の姿はなかった。ローブの人物は糸が途切れたようにドサッとその場に倒れ伏した。
「お願い……します…。」
振り絞るようなその声を2人が聞くことはなかった。