「夢枕 眠凛」
夢枕 眠凛は、物心ついた頃には周りと自分の違いに気づいていた。
ブロンドともシルバーとも違う、あえて無理やり表現するとするならば透明で、陽の光をそのまま束ねたような美しい髪。
華奢な体躯に、敷き詰めた粉雪のようなキメの細かい美しい肌。
瞳は左側だけ色素が薄く、紅く輝く銀河を閉じ込めたような荘厳さを放っている。
もっとも、“彼”自身は自分の何かと人目につき、
トラブルの元になるこの容姿を嫌ってはいないが
少しだけ疎ましく思っていた。
それに自分の性別を間違えられることが多々あり、
特に中学2年生の時に同級生の男子生徒から告白されたことは彼のトラウマとして深く心に刻み込まれている。彼の部屋の片隅にある「祝!これで君もゴリゴリマッチョ!輝く筋肉の育て方」などとのたまう意味不明な雑誌や、その特典であろう「輝く黒光りグラファイトブラックサンオイル」が半分ほど使用されて放置されているのは、まごうことなき彼の黒歴史だろう。
彼は、その美しくも愛らしい容姿から両親に溺愛されていた。幼稚園から大学までストレートの私立校に裏口入学させられ、容姿のことをからかったご学友は次の日には教室にいなかった。成績も優秀だったが、それもそのはず各教科に1人づつ専属の高学歴エリート家庭教師がついていた。そんな容姿や両親からの寵愛も相まって大学に上がる歳には彼の周りには1人も近づこうとする人間はいなくなっていた。
そして彼は………。
見事にグレた。
輝きに満ちた愛らしい瞳は今やくすみ、
髪の毛はボサボサ。年中パーカー姿。
瞳は半開き。いわゆるジト目というやつである。
周囲から好奇の目に晒される赤い瞳の前には髪の毛のカーテンが敷かれた。年がら年じゅう部屋に引きこもり、モニターの前の空想の世界に想いを馳せる。
時にはプレイヤーとなりその世界を旅する。
そんな生活を大学に入学し、一人暮らしが始まってから3ヶ月。今、彼は留年の危機に立たされていた。
そもそも、彼にはそうなる素養がもともとあった。
子供の頃には宇宙や恐竜がいた太古の世界に想いを馳せ、中学、高校ではお決まりの物理や化学に格好良さにも似た憧れを抱き、やれ相対性理論やら熱力学やら図書館にある自分の中の不思議について答えられる書物を隅から隅まで読み尽くした。そうして、彼の中に存在する不思議をひとつひとつ消化していった。
そして、ついに彼は自分のいるこの世界に魅力を一切感じなくなった。もちろん彼はこの世の全ての理を理解したなんて訳ではない。ではないが、もう彼がこの世界について知りたい事はなくなっていた。それからは、何をしていてもつまらなく感じた。世界は灰色に染められていった。
かに思われた、そんなおり、
彼の世界に色を取り戻した人物がいた。
その人物は彼にアニメとゲームを勧めてしまった。
嗚呼、勧めてしまったのだ。
それからは早かった。この世界には無い魔法や超科学、ドラゴンや魔族という架空の生物。そんな魅力的なこの世界の物差しでは到底測れない世界に彼は没頭していった。
もちろん、頭のいい彼はそれが実在しないことも
逃避であることもわかっていたが、最早それはどうでもよかった。アニメを見ている時、ゲームをしている時、その主人公に自分を投射すれば彼の世界はまた虹色に輝いた。
そうして、彼はこの世界にさよならを告げた。
…比喩、ではなかった。うん、なかったのだ。