5話 お買い物とおしゃべり
「おー……」
街は、結構人通りが多くてにぎやかだ。
でも道が広くて車がいないから、混んでるって感じはしない。
それと、制服を着てるからか挨拶と応援をよくされる。
新人です、よろしくお願いしますとひたすら返した。
この人たちの期待に応えられるといいなぁ。
「どう? カノンの住んでたところと違う?」
「そうですね、結構違和感あります」
まず街並みからして違う。
建築様式とかに詳しいわけじゃないけど、少なくとも日本っぽくはない。
じゃあ外国のどこかか、っていうわけでもない気がする。
とにかくまあ、なんか違う。
「あ、そっか」
「どうかした?」
「いえ、本当に動物いないんだな、って思って」
違和感の正体がわかった。
どこを見ても動いているのは人だけで、犬とか猫みたいな他の動物が全くいない。
昨日聞いてはいたけど、実際に目の当たりにするとなんか寂しい。
この世界ではペットという概念はないのかも。
動物園とか水族館もなくて……肉屋さんとか魚屋さんもないのか。
あれでも今、鳥の影が……と思って見上げたら人だった。
逆光で恰好はよくわからないけど、羽を広げて飛んでいる。
そういえば、まともに見るのは初めてかもしれない。
私もそのうちああやって飛ぶんだろうか。
「全く想像つかないんだけど、そのイヌとかネコってどんなの?」
「どんなの、ですか……四本足で、耳が頭の上で、毛がもふもふで、可愛いんです」
「それは可愛いの……? たぶん私の想像が間違ってるんだろうけど……手は何本?」
「手ですか? ないですけど……あっ、そういうことですか、えっとですね、人間で例えると手も足というか」
「手が足……? うーん、絶対に違う気がする。あ、絵に描いてくれたらわかるかも」
「絵ですか、私全然上手くないですよ」
もしかして、ランさんは人の姿を基準にしてるのかな。
私たちと同じ顔で四本足の、毛むくじゃらの生き物が可愛いって言われたら確かに戸惑うかもしれない。
でも猫の絵を描いてって言われてもなぁ。
絵心はどこかに失くしてしまったからなぁ。
「あとは、ワンとかニャアとか鳴くんです」
「にゃあ……ねぇ、もう一回言ってみて」
「え? ニャア……ですか?」
「なるほど、確かに可愛いね」
「かわっ……はい、猫は可愛いですよ」
一瞬私のことかと思って焦った。
勘違いを悟られたくなくて、顔を少し背ける。
そのまま街を見渡すと、再び違和感。
動物がどうとかじゃない、もっと何かが足りない……。
その答えは、前から来たカップルらしき人たちを避けた時に気が付いた。
「そういえばランさん、基地にもいなかったんですけど、男の人ってどこにいるんですか?」
「オトコノヒト? それもネコの仲間?」
「え? 男の人は男の人ですけど……」
「オトコノヒト……人?」
全く話がかみ合わない。
動物はともかく、男性のことがわからないのはどうしてだろう。
「人です。男と女がいて、私たちは女で……」
「うーん……あ、なるほど! つまり、カノンの世界には二種類の人がいるってことなんだね。私たちは同じというか、一種類しかいないよ」
「えっ、男の人はいないんですか……? じゃあ子供はどうやって作るんですか?」
衝撃の事実に、思わず子供のような質問が口から出た。
今度はランさんが、顔を赤くして背ける。
「そりゃまあ……好き同士が……ってさすがにわかるよね!?」
「あっはい、察しました」
まあ多分、おんなじような感じなんだろう。
……女同士なのにおんなじ?
同性ってことはお互いアレがないわけで、するとどうやって……。
……これ以上考えると、頭の中がピンク色になりそうだからやめておこう。
そっか、女の人しかいないんだ。
親も女性、友達も女性、恋人も女性になるのか。
あれ、ということは。
「もしかして相部屋ってかなり大胆なことでは……?」
「うん、まあ……そうだね。普通は恋人とかがするものだよ」
「や、やっぱり……あの、思った以上に私迷惑なんじゃ」
「ううん! 朝も言ったけど全然迷惑じゃないよ! 仲の良い友達同士でもすることあるし!!」
「わっ、は、はい」
なんか妙に必死で、ちょっと噴きかけたけどなんとかこらえた。
でもこれってつまり、いきなり男の人の部屋に転がり込むのと同じようなことでは?
そう思うと、さっきのコアさんたちの反応もわかる。
何もされなかった? ってそういうことだったのか……。
……まあ、実際ただ単に寝ただけだし、ランさんが何かしてくるとは思えないし大丈夫だよね。
根拠はないけど。
「ところで、ランさんは彼氏……はいないから、恋人っているんですか?」
「えっ恋人? いないけど……」
「そうなんですか、綺麗なのに」
「なっ、そ、そういうことはね……」
「眼とか髪とか、ほんとに綺麗ですよ」
「え゛っ!?」
「えっ?」
普通に褒めたつもりだったのに、素っ頓狂な声をあげられた。
そんなに変なこと言ったかな、と思ってると、みるみるうちに顔が真っ赤になっていく。
でもそれは一瞬だけで、すぐに元に戻ってしまった。
人間の顔って、こんなにすぐ色が変わるものなんだなぁ。
そして、ランさんは苦笑いしながら言った。
「あー……一応今後のために言っておくと、眼や髪を褒めるのは、好きですっていう意味もあるから気を付けてね」
「えっ、そうなんですか」
「カノンの世界にもなかった? そういう告白になるような言葉」
「あー、あったかもしれません」
月が綺麗、とかかな。
なるほど、知らない間にバカにしてたらどうしよう、とか心配してたけど、いつの間にか告白なんてこともありえるのか。
まあでもいくら救世主とはいえ、そんな簡単にOKしないでしょ。
というか、恋人を作るとしたら女性しかいないってこと?
私にそっちのケは全くないけど……。
彼氏もいたことないのに彼女なんて想像できないなぁ、とか考えてたらランさんが立ち止った。
「着いたよ。服はここのが一番無難で良いと思うけど、もっと他のが良ければ案内するからね」
「いえ、無難なのが良いです」
シンプルな装飾の店内は、やっぱりシンプルな服が置いてあった。
無地だったり、控えめに柄が入ってたりするだけで、ド派手な絵のシャツとかはない。
私にはこういうのがちょうど良いかな。
それから私に似合いそうなものを探し始めたけど、店員さんが私のことをいろいろ聞いてきて、はぐらかすのが大変だった。
結局試着もせずに、良さそうなのを上下で何セットか買って、そそくさと店を出た。
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「そういえば、部隊の人同士で付き合ってる人っているんですか?」
「うん、いるね。隊長と副隊長は結婚してるし、コアとヴァーユは恋人だよ。あとは誰だったかな……」
「あの二人ってそうだったんですか……」
「コアがあんなんだからさ、結構苦労してるみたいだよ。すぐ他の子に目が行ったりして」
「あはは、浮気性なんですね」
私ですら初日から相部屋に誘われたんだし、それこそ片っ端から声かけてそう。
そしてその度にヴァーユさんが咎めて、ごめんごめん、って……。
なんか簡単に想像できてしまう。
「カノンはそういう人っていた?」
「いなかったです。恋愛に興味をあんまり持たなかったので……」
「そっか。でもこれからは基地でも街でも、ものすごくモテるから覚悟しててね」
「私がですか?」
「うん、守護者ってだけでも大人気なのに、カノンはもっとすごいからね」
私がモテモテ……微塵も考えたことなかった。
でも本当にそうだとして、みんな女の子なんだよね……かっこいい人とかいないのかなぁ。
そのうち誰かに告白とかされるんだろうか。
断ったりしたら気まずくなるかな……。
いっそ恋人を作ってしまえば、そんなこともなくなる?
でもそんなこと言ったって……ランさんに恋人役になってもらう?
不釣り合いとか思われないかな。
「あ、ここも寄っていこう」
まだ誰にも何にも言われてないのに心配をしてたら、いつの間にか次の店に着いていた。
うん、今は買い物を楽しまなきゃ。
実際にその時がきたら考えることにしよう。
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買い物もほとんど終わって、両手いっぱいの荷物。
持ち切れなかった分は基地に送ってもらった。
ふと影がよぎったから見上げると、やっぱり人だった。
羽ばたいて、空を飛んでいる。
あ、そういえば。
「私っていつ飛ぶんですか?」
「とりあえず明日、屋内訓練場で軽くお披露目の予定だよ」
「え、明日ですか……私ちゃんと飛べ……ん……? ああぁぁ!!」
「わ、どうしたの」
「たた、大変なこと忘れてました!!」
「な、何?」
昨日今日と、ずっと飛ぶことを考えてた。
でも、それは飛んだあとの、空でのことだった。
どれだけ速く飛ぶのかな、とかアクロバットな動きもできるのかな、とか。
その前に、私は超超超大事なことを知らない。
「私、飛び方わかりません……」
「えっ……あっ、え? ほんとに?」
戸惑うランさん。
羽で飛ぶということはわかるけど、その羽の出し方とか動かし方は一切知らない。
つまり、明日いきなりお披露目とか言われても、私は立ち尽くすしかない。
こんなんで大丈夫かな、救世主。