4話 二日目、朝食
「カノン、はやく行くよ!」
「えっ?」
雲一つない青空の下、私の少し先にランさんがいた。
周りには、食堂で見た人たちもいる。
「はやくしないと遅れちゃう!」
何に?
疑問を投げかける間もなくランさんは行ってしまった。
とりあえず私もついていかなきゃ……ってあれ?
地面の感触がない。
前に進もうと足を動かしても、宙を蹴るだけ。
何度かばたつかせて、下を見てようやく気がついた。
ああそっか、私空を飛んでるんだった。
ランさんたちの背中に羽があるし、間違いない。
それじゃあ私も早速羽ばたこう、この大空へ!!
…………あれ、全く進まない。
……羽は?
私の羽は?
慌てて背中に手をやる。
でもそこには、六枚どころか一枚も無かった。
そして気が付いてしまった瞬間、重力が私を支配した。
「ちょっ、なんでええああああぁぁぁぁ──────
ぁぁぁあああああ!!」
ごん。
いたた……。
ベッドから落ちた衝撃で、痛みとともに目が覚めた。
すごく焦る夢を見たような気がするけど、あまり思い出せない。
とりあえず今何時……ってなんか時計違わない……?
というかここ私の部屋じゃない……ああそっか。
私、異世界に来たんだった。
「すぅ…………」
良かった、起こしてない。
まだ寝てるってことは、まだ寝ていいってことだよね。
なるべく布団を動かさないように、ベッドに潜り込んだ。
「ん……すぅ…………」
ふと横を向いたら、綺麗な寝顔が目の前にあった。
でもそうは言っても顔はあくまで現実的だけど、青い髪がそれを否定する。
実は、みんな染めてるだけで、ここは地球上のどこかで、私はどっきりかなんかで連れてこられただけ、とか。
……ないか、ないよね。
ここからどこにどれだけ行ったって、私の家は無いんだなぁ。
またちょっと不安になってきた。
……できないことを考えてても仕方ないか、これからの、ここのことを考えよう。
そういえば、敵を倒したり、ここが基地って呼ばれてるってことは、守護者って軍隊みたいなもの?
だとしたら、すっごく厳しい訓練とかあったりするのかな。
体力にはまあまあ自信があるつもりだけど、みんなどれぐらいなんだろう。
アスリート並みとかだったらどうしようもないなぁ……。
いやそもそも、体力は関係ないかもしれない。
それに、どうやって敵と戦うのかとか、敵の姿とかも知らない。
まだまだ知らないことが多すぎる。
こんなんで大丈夫かな……。
「ん……んん? わっ!? なんっあああぁぁぁ」
ランさんは大丈夫じゃなさそうだ。
目が明いたと思ったら、海老のように後ろに吹っ飛んでそのまま落ちてった。
「だ、大丈夫ですか?」
「う、うん……あは、あはは……」
「あはは……」
つられて二人で苦笑い。
「びっくりしたぁ……あ、おはよう」
「おはようございます」
実はランさんって、結構おっちょこちょいなのかもしれない。
困り顔で頭をさするのが、ちょっとかわいく見えた。
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「さて、そろそろ朝食に行く準備しよっか。これだけは時間決まってるから」
「わかりました。じゃあ、先にお手洗いに行ってきます」
「あ、場所覚えてる?」
「はい、たぶん」
廊下に出て、左に曲がって、またすぐ左に曲がってちょっと行くと右にあるんだっけ。
この先トイレ、みたいな標識があったらいいのに。
そういえばこの基地の地図みたいのって無いのかな。
あったらもらっておいた方が良さそう。
っと、先にすること済ませちゃおう。
「おお、おはよう救世主様」
「うわっ! お、おはようございます」
角を曲がったら隊長さんが仁王立ちしていた。
私に微笑みかけてる……んだろうけど、目つきのせいで邪悪な笑いにしか見えない。
「ああ、驚かせてしまったな。どこへ行くんだ?」
「その、お手洗いに……」
「おっと、それは呼び止めてすまない。あそこを曲がればあるからな」
「あ、ありがとうございます」
そそくさとその場を立ち去った。
親くらいの年齢なわけだし、なんとなく話しづらいなぁ。
でも関わらないなんて無理だし、普通に接せるようにならないといけないよね……。
「ってなにこれ……」
部屋とか廊下はずっと木で、それはいいんだけど、まさかトイレの床や壁も木だとは思ってなかった。
こんな水をいっぱい使うところで大丈夫なのかな……。
個室のドアも木だし……ま、まさか。
「えー……」
まさかだった。
便器が陶器じゃないとは。
しかもレバーやパイプとかも全部が木。
……木だよね? 実はそういう模様なだけだったりして。
と思って座ったけど、間違いなく木だこれ。
この世界の素材は木しかないのか。
「ふぅ……」
なんて困惑してたけど、それ以外は普通だった。
レバーを引けば流れたし、紙も柔らかいし。
ウォシュレットとかは無かったけど、どうしても困るようなものじゃないしまあいっか。
そういえば、トイレ特有の臭いも無くて良い香りがする。
すごく掃除してるのか、それとも木のおかげか。
芳香剤いらずなのは良いなぁ。
おっと、綺麗だとはいえいつまでもトイレにいるわけにはいかないし、そろそろ戻ろう。
「あ、おかえり。私も行ってくるから、着替えて待っててね」
「はい」
ランさんを見送って、ベッドの上に置かれた制服を手に取った。
木とは違う、良い匂いがした。
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「困ったら『機密』……困ったら『機密』……」
「あはは、大丈夫だと思うよ」
「そうですか……」
昨日の今日だし、食堂に入るのはちょっとためらわれる。
でもここで突っ立っててもしょうがないから、意を決してドアを開けた。
「おお、もう朝礼だ、早く座ってくれ」
思わず安堵のため息。
すでに隊長と副隊長がいた。
そのおかげか、視線は集まっても人は来ない。
落ち着いて、調理のおばさんから食事を受け取った。
「どこに座ろうかな……」
「うーん、カノンに座ってほしそうな席はいっぱいあるけど」
部屋を見回すと、不自然に一個空いてる椅子が結構ある。
あそこに座ったが最後、また昨日と同じようなことになるだろう。
だからと言って、さすがに隊長たちの隣で食べるのは……。
せめてランさんと一緒に……あ、あった。
「あそこにしましょう」
「うん、いいよ」
二つ並んで空いているところを見つけた。
ここなら落ち着いて……あれ、確かこの人たち昨日の───
「ランと離れたくないだろう、と思ってた私の勝ちだな! おはよう、カノン」
「本当に来るとはね……おはよう救世主様」
「お、おはようございます」
四人掛けのテーブルの対面にいたのは、昨日の夕食の後もついてきた人たちの内の二人だった。
できれば静かでおとなしい人が良かったけど……今から席変えたらさすがに失礼だよね。
「ところでさ、ランとほんとに相部屋してるの?」
「え? してますけど……」
「初日にすごいわね……ランに何て言われたのよ」
「おっと、カノンから言ってきたんだよ」
「えっほんと!? うわー、私も医者になればよかったか」
「ちょっとコア」
「もしかして相部屋しちゃまずかったですか……?」
「全然全然、そんなことないよ! ただ初日からっていうのはあんまりいないだけで」
「うわ、こんなラン初めて見た」
「私も」
「あはは……」
案の定、いろいろ話しかけられる。
でもまあ、二人だしランさんもいるし別に……って思ってたら後ろからも話しかけられた。
振り返ると、なんかもう椅子ごとこっちに来そう。
また囲まれるのか、と思ったその時、
「傾注!!」
隊長の号令で、室内は水を打ったようになった。
全員戻って前を向き、真面目な顔になっている。
そのインパクトに、困惑したけど少し見とれてしまった。
「さて、朝礼の前に、改めて自己紹介してもらおう」
カノン、と呼ばれて前に出る。
再び全ての視線が突き刺さる。
さっきまでと違って、誰も喋らず真剣なまなざしをしている。
さっきまでと違って、鉛のような緊張感で満たされた。
無意識にランさんを見ると、優しく微笑んでくれた。
少し落ち着けた気がした。
「か、カノンです。あの、記憶喪失ですけど、救世主として、頑張ります。よ、よろしくお願いします」
わっ、と沸いた。
「よろしく!!」
「救世主様!!」
「よろしくね!」
「なんでも聞いてね!!」
さっきまでと違って、なんか良いな、と思えた。
「私からもよろしくな、救世主様。さてみんな、水を差すようで悪いが、いくつか話がある」
席に戻ると隊長が口を開いて、部屋は静かになった。
話を要約すると、私に必要以上に関わるの禁止、普通に接しろ、とのことだった。
これでもうあんなに群がってこられることもなくなるのかな。
「以上だ。では今日も、人々のために飛べ」
そう締めくくって、朝礼が終わった。
するとあちこちからいただきますと聞こえてくる。
私も食べなきゃ……って、本日二度目のなにこれ。
「カノン、ランに変なことされなかった?」
「するわけないでしょ! 普通に寝ただけ!」
「救世主様に変なこと吹き込まないでよ?」
隣の会話に生返事、今はこのお皿の上のものが気になる。
赤と青のグラデーションの葉っぱや、焦げ目がついてる白い何か、たぶん主食のパンっぽい赤紫の塊。
これ私が食べても大丈夫……?
そういえばふと思い出したけど、動物がいないのならこれ全部野菜か果物ってことなのかな。
栄養とか偏りそう……そんなこと言ったらビタミンとかあるのかもわからないか。
「食べないの? 嫌いだった?」
「えっ? あっ、食べます」
まあ色以外はゲテモノってわけじゃないし、いらないって言うわけにもいかない。
みんな食べてるんだし、少なくとも安全だよね。
問題は味だけど……うーん……においは全然しないし……うーん……。
とためらいながら少しだけ口に入れてみた…………あれ、普通。
具体的な何かの野菜の味ではないけど、普通においしい。
なんだか拍子抜け。
それから、ランさんと対面の二人、コアさんとヴァーユさんと話しながら朝食を終えた。
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「さて、じゃあ今日はカノンの服とかいろいろ買いに行こっか」
「私お金持ってないんですけど……」
「経費で何とかなると思うよ。たぶん」
「たぶんですか……」
というわけで、基地を出て街に行くことになった。
コアさんも行きたがってたけど、訓練があるらしくて連れていかれた。
ランさんはもう訓練しなくて良いらしい。
そして私は体調が完全に戻ってから、ということになってるけど、正直別にどこも悪くないからちょっと罪悪感がある。
でもそれ以上に、街への期待が膨らんできてる。
何か面白いものとかあると良いなぁ。