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3話 一日目、終わり

「ねえねえ、部屋ってもう決まってる? まだなら私と相部屋しない?」

「おいずるいぞ! カノン、あたしとしよう!」

「ちょっと、あんたにはもう私がいるでしょ」

「明日私と買い物行こうよ。いいお店知ってるんだ」

「記憶が無いって大変じゃないですか? いつでも頼ってくださいね!」

「あはは……」


 なんとか食事を終えて、急いで部屋を出たらなんか5人くらいついてきた。

 話しかけてくれるのはありがたいんだけど、記憶喪失設定だからうかつなことを喋れないから困る。

 ひたすら「覚えてないんです」って言うのも疲れたし、そろそろ静かな場所で落ち着きたい。

 でも一人にして、なんて突っぱねたら今後の人間関係に影響してくるだろうし……。

 いや、意外と『孤高の人』みたいな評価に……ならないか。

 一番良いのはランさんが来て、私を連れて行ってくれることなんだけど──────


「あ、カノン! いいところに」

「ランさん!!」


 本当にいいところに、私の救世主様が来てくれた。

 手招きされたから周りを振りほどくようにして、急いで駆け寄る。

 ぞろぞろとついてくる人たちから隠れたくて、ランさんの後ろへ潜り込んだ。


「みんな、カノンに大事な話があるから連れてくね」

「ええー!?」

「ランは昼間ずっと一緒にいたじゃん!!」

「基地の案内とかさせてください!」


 私の思惑通り、みんなから引き離そうとしているみたい。

 でもまあ、やっぱりそう簡単に引き下がらないよね。

 まだ出会って数十分、名前すら覚えてないけど性格はわかった気がした。


「あはは、大人気だね」

「笑い事じゃないですよ……」


 ただでさえ人付き合いが苦手なのに、こんな大人数ほんとに笑い事じゃない。

 というか得意だったとしてもこれは大変だと思う。

 そんな手ごわい相手、ランさんはどうやってあしらうんだろう。


 少しの間みんなの話を受け流してたけど、やがて小さくため息をついて言った。


「これは『機密』だから、みんなには言えないんだ。ごめんね」


 しぃー…………ん


 …………え? なんで?


 たった一言で、みんな諦めたような表情になって、口々にしょうがないとか残念とか言っている。

 もうどこまでも私に着いていくみたいな雰囲気があったのに。


「また明日ね」

「もしよかったら部屋に来てね! 2階の突き当りだから!」

「は、はい……え?」


 わけがわからないまま、みんなは行ってしまった。

 廊下にはやれやれって顔のランさんと、戸惑う私が残された。

 まさかこんなにあっけなく静かになるなんて。


「さて、医務室にでも行こっか。今度は別の子が来るかもしれないし」

「そ、そうですけど、あの、今何をしたのかって聞いてもいいですか? 急にみんな行っちゃったんですけど……」

「何って? あー……カノンは『機密』って言われてもなんともない?」

「機密……とても大事なこと、ですよね」

「うん、まあそうなんだけど、私たちはそう言われたら、それ以上詮索しないように教育されてるんだ。別にたいして重要なことじゃなくてもね」

「そ、そうなんですか」


 それって洗脳みたいなものじゃ……。

 まあでも組織には必要……なのかなぁ。

 私も、もし『機密』って言われたらそこで聞くのをやめた方がいいのかもしれない。


「だからさっきみたいにめんどくさかったら、『機密』だって言って逃げればいいよ」

「私が言ってもいいんですね」

「うん。まあ、私くらいの年齢になると、嘘かそうじゃないかはわかっちゃうけどね」

「あはは……」


 そうなんですか、ところで何歳なんですか? とはさすがに聞けなかった。

 というか実際のところいくつなんだろう。

 見た目は二十代前半くらいだけど、ここは歳の取り方とか成長とかが違うかもしれない。

 そういえば、隊長たちはどう見てもおばさんだったなぁ。

 ということは老け方は変わらないのかな?

 なんて考えてたらいつの間にか医務室に着いていた。


 ベッドに腰かけて一息ついてたら、ランさんが飲み物を持ってきてくれた。

 マグカップの中にはオレンジ色、何かのジュースかな?

 一口飲んでみると、暖かくてほんのり甘い、でも知らない味だった。

 当然名前も知らないけど、これからそういうのも覚えていかないと困るよね。

 リンゴとかミカンとかっていう名前なら楽なんだけど。


「さて、それじゃあ『機密』を話すね」

「ふふ、お願いします」

「まず知っておかなきゃいけないのは、救世主様だというのが口外禁止ってことかな」

「秘密にしておくんですか?」

「うん、カノンがいろいろ落ち着くまでその方が良いかなって思ってね。だから街に行っても、言いふらしたりしちゃダメだよ?」

「気を付けます。いや、絶対に言わないようにします」


 街の人口は知らないけど、さっきの食堂より多いのは間違いない。

 数万どころか数百万いたっておかしくないよね。

 そして、その人たちも同じように救世主を待ってるとしたら……。

 考えるだけでげんなりしてくる。

 まあでも、私は自分から言うような性格じゃないし、あまり心配しなくてもいいかな。


「あとは……うーん、追々でいっか。今日はカノンの部屋に案内して終わりかな」

「私の部屋、ですか」

「うん、家具とかは一通りあるけど、他に欲しいものがあったら言ってね」

「わかりました」


 部屋か……そういえば、さっきの人たちが相部屋がどうとか言ってたなぁ。

 いや別に、一人じゃ眠れないわけじゃないけど。

 ルームメイトがいた方が楽しくなりそう。

 それに、わからないこととか困った時とかすぐ助けてもらえそうだし。

 で、誰とするかだけど……一人しかいないよね、早速聞いてみよう。


「ところで、相部屋ってできるんですよね?」

「えっ!? で、できるけど、もうしたい人がいるの!?」

「はい、ランさんとしたいです」

「わっ、私!? 私?! そ、そんないきなり、わわ」


 食堂で囲まれてる時ですら動じてなかったランさんが、面白いぐらい焦り始めた。

 カップを落として、拾おうとして椅子から落ちて、中途半端な土下座みたいな姿勢になってる。

 ……いやいくらなんでも焦りすぎでしょ。

 同性なんだし、相部屋って気軽なものじゃないの?

 あの人たちも普通に誘ってきてたし……。


「あの、無理なら無理で「大丈夫、大丈夫だよ。私と相部屋しよう」

「は、はい!」

「それでするのはいいんだけど、ちょっと、いやかなーり散らかってるから、片付けるまで待っててね」

「そんな、気にしませんよ」

「いやほんとに足の踏み場もないから。あ、ほら、機密とかあるから!」

「『機密』、ですか」

「そうそう、終わったら呼びに来るね」


 そう言ってそそくさと出て行ってしまった。

 ……今のは私の歳でも嘘だとわかる気がする。

 ランさんの機密……なんだろ、恥ずかしいものでも置いてあるのかな。

 そっか、相部屋するなら私もうかつなことできないなぁ。

 全裸で踊り狂ったり…………まあしたことないけど。


 することもないし窓の外を眺めてたら、すぐ近くでガタガタと音がし始めた。

 もしかして、ランさんの部屋ってこの壁の向こうなのかな。

 ならこっそり覗きに……って早、もう戻ってきた。


「ふぅ……待たせてごめんね」

「いえいえ」

「じゃあついてきて、って距離でもないけどね」


 部屋はやっぱり隣だった。

 厳めしいドアとネームプレートの向こうは、あまり広くなくて落ち着いた雰囲気だ。

 ぎっしり詰まった本棚が一つあって、周りには入らなかったであろう本が積まれている。

 あとは窓が二つにベッドが一つ、タンスと机も一つずつで……普通の部屋だなぁ。

 ファンタジックなものとかちょっとだけ期待してたけど、あったらあったで落ち着かないかもしれないしまあいっか。


「変なにおいとかしないよね?」

「においですか? ……特にしませんけど」

「ならよかった。あ、ここの本とか自由に読んでいいからね」

「ありがとうございます」


 背表紙を見た感じだと、小説っぽいのが多いのかな。

 あとは戦術とか応急処置とか書いてある本がちらほらとある。

 というか私、この世界の文字も読めるんだね。

 いちいち読み上げてもらうことにはならなさそうで良かった。


「それと家具なんだけど、もう置けないから共用でいい?」

「はい、全然大丈夫です」

「よかった。さて、何か他にしたいこととかある?」

「そうですね……」


 したいことは特にないけど、聞きたいことはたくさんある。

 まずはこの基地のことを、いや、ランさんのことも知りたいな。

 あとはこの世界の歴史も聞きたい。

 日本史や世界史には一切興味がわかなかったし、赤点を取らないようにするためだけに勉強してた。

 でもこっちには、なぜかすごく興味がわく。

 非現実的だからか、ランさんの話し方が上手いからか。

 まあ、相部屋なんだし今全部聞かなくてもいっか。

 

 それからしばらく話を聞いたあと、備え付けのシャワーを浴びさせてもらった。

 蛇口とかが無くて、つまみをひねったらお湯がいきなり降ってきてすごく驚いた。

 それと、ボディーソープが『体用』、シャンプーが『頭用』って書いてあってちょっと笑った。

 パジャマは薄い水色の、制服と同じようなワンピース。

 ランさんのだからちょっと大きいけど、制服よりさらさらしてて気持ちいい。


「……ふぁぁ」


 裾をいじりながらシャワーの音をぼーっと聞いてたら、急に眠くなってきた。

 まあ、さっきの食堂ので疲れは溜まるよね。

 今何時だろ……って時計はこっちの世界のものだった。

 0から17まであって、8と9がないから、あでも秒針が速くて……つまり私にとっては何時?

 なんか針は四本あるし、どれを読めばいいのかもわからない。

 まあいいや、と眠くて換算を諦めたところで、ランさんが戻ってきた。


「ふぅ……あ、服の大きさはどうだった?」

「あっはい、大丈夫です。ところで、いつも何時くらいに寝てるんですか?」

「その日によるけど、もう眠い? ならもう……寝床どうしようかな」

「ベッドですか?」


 そうだった、一つしかないんだった。

 私の部屋になる予定だったとこから持ってくるのがいいんだろうけど、今からそれは難しいかもしれない。


「じゃあ私が医務室で寝るから、ここで寝ていいよ」

「そんな、悪いですよ。ここはランさんの部屋ですし、私が医務室に行きます」


 出ていこうとするランさんに、慌てて立ちふさがる。

 そして、激しい譲り合いが勃発した。


「いやいや、そんなこと言ったら相部屋なんだし、カノンの部屋でもあるんだから、ね?」

「いやいやいや、私が後から来たんですからランさんがここで」

「いやいやいやいや」

「いやいやいやいやいや」


 ドアの前で、お互いひたすら遠慮しあう。

 私が医務室で寝るべきなのに、ランさんは一向に譲るって言って聞かない。

 で、結局。


「そっち大丈夫? 落ちない?」

「余裕ですけど、ランさんの方こそ落ちそうじゃないですか。もっとこっちに来てください」

「う……」


 ほんのちょっと近くなった。

 シングルサイズのベッドは二人だと結構狭くて、自分の寝相が心配になる。

 そのまま静かにしてると、ランさんの息が聞こえてきた。

 私のも聞かれてるかもしれないと思うと、少し恥ずかしくなった。


「じゃ、じゃあおやすみ」

「おやすみなさい」


 目を閉じたらすぐ夢の中だと思ってたけど、なかなか眠れない。

 さっきの譲り合いのせいかなぁ。

 羊でも数えようかな。

 そういえば、こういう時この世界の人たちは何を数えるんだろう。

 羊はいないわけだし、木とか?

 いや、そもそも何かを数えるとは限らないか。

 なんて変なことを考えて、いい感じに眠気が全身を満たした時、小さな声で名前を呼ばれた。


「……なんですか?」

「あ、起こしちゃったならごめんね。でもどうしても聞きたいことがあって」

「私に?」

「うん……カノンは、あー……元の世界に戻りたいって思ったりしない?」

「元の世界……あっ、忘れてました」

「えっ」


 たぶん昼ごろまでは覚えてたし、帰りたかったと思う。

 でもランさんといろいろ話をしたり、みんなにもみくちゃにされたりしてるうちに不安はほとんど消えていた。

 どちらかというと、これからに期待している。

 心残りなのは部屋が散らかしっぱなしなことだけど……それくらいは別にいいか。


「なら戻るつもりはないんだね、良かった良かった」

「足を引っ張らないといいんですけど……」

「あはは、心配性だなぁ。むしろ引っ張るのは私たちの方だと思うよ」

「そんなこと……あるんですかね……」

「あるよ! それにもしカノンに何かあっても……きっと私が何とかするからね」


 これになんて返事したかは覚えていない。

 気が付いたら夢の中だった。

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