『全開!南門。』
まだ頭の整理がつかないまま、アッシュ達はオノノの丘を後に、家路につく。
もう、日は暮れかかっていた。
アッシュには何かもやもやした感覚が脳にこびり付いていた。
(何だ、何か引っ掛かる。何だ???)
(親父が闇に消える瞬間に言った「はのでつぇ」、コレか?コレが気になるのか??)
(イヤ、知らない。分からない。)
(親父のアノ奥義か?)
(やはり、アレは何かの技?)
(否、親父のあの目は想定外の何かが起こった感じだった。)
(それに消える直前、ハッキリと俺に何かを伝えた。技の途中でそんな事、考えにくい。)
(何だ?何か気になる。)
(親父が奥義を出そうとしたその時、背後の空間が歪んだんだ。)
(そして骨の腕が出てきて、親父が掴まった。)
(そして頭だ。闇の中から頭蓋骨が。)
………………………………………………ッ!!
「あっ!」
「な、何よ急に。ビックリするじゃない。」
「骸骨!頭蓋骨!!」
「えっ、キャッ、なになに?ガイコツ??」
急に振り向いたアッシュに驚く。
「もぅ!ガイコツなんて無いじゃない。ワタシを驚かせてどうすんのよっ!」
「違う、さっきの。親父を連れ去った目玉の付いた骸骨。俺はアレに見覚えが有る。」
「え?ホント?お友達??」
「バカ、冗談言ってる場合か。」
アッシュは束の間、黙り込んだ。
「………………四天王 デスステップ」
ぼそりと言った。
「え、何?」
聞き取れず、リリアがアッシュの口元へ寄って来る。
「間違いない。アイツはドラゴラスの手下、四天王のデスステップだ。モンスター図鑑で見た。」
「じゃ、じゃあとうとうドラゴラスが復活して、来魔が始まっちゃったの?」
「まだ分からない事だらけだけど、とにかくウチへ急ごう。」
グサランタスの森がもう目の前だった。
この森を抜ければアッシュ達の村がある。
「ねぇ、コレ食べる?さっき拾ったの。」
リリアが持って来たのはラデックス松の実だった。
「あぁ、ありがと。リリアも半分食べるか?」
「ワタシはいいわよ。別に飛んでるの疲れないし。」
アッシュは松の実を口に放り込むと、歩く速度を上げた。
森を半分過ぎたあたりから、スラーの姿をちらほら見かける様になった。
(※スラー:世界各地に分布、生息する小動物。)
「こんな時間に珍しいな。普段は昼間に多く活動してるのに。」
「何かあったのかしら。」
リリアのその一言で、嫌な予感がした。
「リリア少し急ぐぞ、村が気になる。」
アッシュは早めの小走り程のスピードで歩き出した。
村へ近づくに連れて、スラーの数が増えていく。
(間違いない、村の方から逃げて来ている。)
アッシュは走り出した。
森の出口が見えてくる。
村の方が明るい。
森を突き抜けたアッシュ達は明かりの正体を捉えた。
「リリア、村の南側が燃えてる!」
アッシュの村は高い塀に囲まれている。
村への入口は今燃えている南側とグサランタスの森へ繋がる東側の二つだ。
塀に遮られ、何故燃えているのか、何が燃えているのか把握できない。
「リリア、このまま東門から入って南門へ向かうぞ!」
アッシュ達は全力で東門へ向かった。
東門の鉄扉は今、正に閉じようとしていた。
そこから村へと滑り込む。
「マシスさん、何があったんですか!?」
最初に会った知人に事情を聞く。
「南門にモンスターが襲って来たらしい。」
「モンスター!?」
「門番が異変に気付いていち早く扉を閉めたから、まだ村に被害は出てないらしいが。」
アッシュは南門の方を見る。
確かに、炎は壁の外で上がっている様だった。
「分かった、俺は南門へ向かう。マシスさんは村の人達とどこか安全な所へ。」
アッシュは南門へ向かう途中、自分の家の外にアルメリアが居るのを見つけた。
「母さん!」
「アッシュ。どうやら村の外にモンスターが来たらしいの。父さんと一緒に村の人達を助けに行ってあげて。」
「ゴメン母さん。親父は今、一緒じゃないんだ。」
「え?一緒じゃないって、」
「ゴメン。南門へは俺が行くよ。」
アルメリアの言葉を遮る様に言うと、また南門へと走り出した。
南門前には武装した村の自警団が集まっていた。
壁の上には外部へ向かって弓や岩石を放つ人達が見えた。
「アッシュ、今までどこにおったんぢゃ。」
武装した村長がアッシュを見つける。
「村長!何やってるんですかこんな所で。早く村の奥へ。」
「なぁ~に、わしゃまだまだ現役ぢゃて。若い衆には後れはとらんよ。それより、ザウスはどうした?今こそ勇者の力が必要ぢゃ。」
「…………、父さんは今、居ないんです。」
村長はアッシュの表情が一瞬曇ったのを見て「そうか。」と言って後は何も聞かなかった。
ドォン!ドォン!!
地響きと共に村の外から重たい音が響く。
音が響く度、南門の扉の鉄閂が形を変えていく。
ドォン!ドォン!!
徐々に扉の隙間が大きくなっていく。
アッシュはその隙間から中を覗き込む大きな赤い蛇の目を見た。
瞬間、アッシュが総毛立つ。
束の間、音が鳴り止んだかと思うと、唸る様な咆哮と共に扉の隙間から炎が勢いよく入り込んで来た。
村人達が直ぐに消火に向かう。
またしても、鉄の扉が音を立て始めた。
(ダメだ、扉がもたない。)
「村長!村の人達を集めて扉から離れて下さい。」
「アッシュ、お前さんは!?」
「このままでは扉が破られるのも時間の問題。イチかバチか親父に教わった技でヤツを食い止めます。」
「何と、ザウスの。分かった、お主に賭けよう。だが、ワシらもお主を置いて逃げる訳にはいかん。お主の闘い、見守らせてもらうぞ。」
そう言って、村長がアッシュの肩に手を置く。
アッシュはそれに頷いて応える。
自警団の人達が全員扉から離れたのを確認すると、アッシュは扉全体が見渡せる位置の正面に立った。
「リリア、扉が破られた瞬間に最大出力の必殺技を叩き込む。扉が開くその瞬間までリリアの力を貸してくれ。」
「分かったわ、任せといて!」
「ゴメンな。」
「ゴメンは無しよ。今ワタシの持てる力、全開でいくわよ!!」
「必殺!!」
アッシュが両腕で剣を振り上げ、構える。
リリアがその刀身へと力を送る。
刀身はみるみる竜巻に包まれていく。
ドン、ドン、ドォン!!
扉の外ではまだ何かが体当たりを繰り返している。
(さぁ、来やがれ。開いた瞬間真っ二つだ。)
リリアは力を送り続ける。
竜巻はどんどん大きく、力強く成長する。
ドンッ!!
今までより一際大きな音が村中に響く。
ドォン!!ガァランガラン!!
吹き飛んだ鉄の閂がアッシュの側に落下する。
(次で扉が開く。さぁ、鬼が出るか蛇が出るか。勝負!!)
バァン!!
扉が開いた。
その姿を見たアッシュが、村人全員が息を飲み、たじろいだ。
そこには5mは超えるであろう巨体。
村長が漏らす様に言った。
「ドラゴン。」
ドラゴンの眼がアッシュを捉える。
「リリア、イケるか!?」
「まだよ、まだ力を引き出せるわ!」
ドラゴンは一つため息をつく。
その息には村の外を焼いたであろう、炎が含まれていた。
その炎がアッシュの頬をかすめる。
ドラゴンは南門をくぐり村へ進入する。
体半分が入ると、頭をアッシュの位置までゆっくり下ろし、口を開け炎の玉を作り出した。
全身が焼ける様に熱い。
(まだか、早く、かなりヤバイぜ。)
だが、アッシュは微動だにしない。
「アッシュ、今よッ!!!」
アッシュは視界の端で落下するリリアを捉えながら技を放った。
「エェェアァァスラァァァァッシャーーッ!!!」
爆風と共に巨大な真空の刃がドラゴンの右頭部に直撃、更に作り上げた炎の玉が口内で暴発。
アッシュにとっては思わぬラッキーパンチだった。
ドラゴンの首が大きく仰け反る。
真空の刃はそのままガリガリと音を立てて、ドラゴンの右半身に沿って鱗を削りながら進撃し、右翼の3分の1を斬り飛ばし、南門を真っ二つに斬り裂き、ドラゴンの尻尾の先端を斬り落として村の外へと消えて行った。
ズゥーーンンン!!
仰け反った首の反動でドラゴンの頭部が地面へ叩きつけられる。
ドラゴンは片眼を失い、口の中からは黒煙が上がっていた。
(やったか?)
アッシュはドラゴンから目を離さない様にリリアを拾い上げる。
ドラゴンは動かない。
その様子を村人達も固唾を飲んで見守る。
ゴヒュー、ゴヒュー………………
グルルルルル。
微かな鼻息と共に低い唸り声が響く。
(まだ生きてる!)
アッシュは咄嗟に身構える。
村人達はざわめき出す。
(頼むぜ、起きてくれんなよ。)
剣を握るアッシュの手は震えていた。
アッシュの望みに反して、ドラゴンは首を持ち上げる。
(ダメか…………。)
ドラゴンはアッシュの目の前まで残った左眼を近付けると、アッシュを凝視する。
赤い蛇の目の中で黒い瞳孔が絞られていくのが見えた。
アッシュも村人達も固まったまま、誰も身動きが取れなかった。
村が静寂に包まれる。
不意にドラゴンが頭の角度を変え、アッシュの正面に向く。
…………………………
………………
……
ボフッ。
アッシュに灼熱の鼻息を浴びせると、ガラガラと南門を壊しながらから体を反転させ、右半身を引きずりながらドラゴンは夜の闇へと消えて行った。
ドラゴンの姿が闇夜に溶けて消えるまで、村人全員が何も言わず、動かず、その姿を見送った。
ガラン。
アッシュの体からは力が抜け、剣が地面へ落ちる。
同時に自身も倒れ込んだ。
村人達が歓喜の声を上げながら、アッシュの周りに駆け寄る。
「はぁ~い、どいてどいてぇ!」
人混みを掻き分け、一人の女性がアッシュへと近付く。
「宴会は、ウチのアッシュが目覚めてからにしてちょうだい。」
女性はアルメリアだった。
アルメリアは息子を背負い上げると、また人混みを掻き分け自宅へと帰って行った。
その晩、村中で焚き火を焚いて、飲んで歌って、食べては踊ってのお祭り騒ぎだった。
村長「あぁッ!皆の衆、飲んどる場合かッ!!火ぢゃ火!火ぃ消しちょらん!!南門の外、まだ燃えちょるままぢゃったわい!!」