『試練 の 樹 と妖精さん。』
アッシュがモンスターの知識を叩き込む日々は1ヶ月程続いた。
その中で、何度も出てくるモンスターが居る。
「ドラゴラス」
絵のテイストは様々だが、先代達が皆同じ対象を描写している事は見て取れた。
頭部に生えた黒光りする大きな二本の角。
骨か金属、または樹木の様にも見える。
眼光は鋭く、
強固そうな躯体に異様な付き方の筋肉。
太い尻尾も生えている。
イラストからでもその禍々しさが充分伝わって来る。
子供の描く様なイラストの四代目のページにもこのイラストだけはリアルに描写されていた。
ドラゴラスの描かれたページを開きながら、アッシュは感じる物があった。
(この凄みと威圧感、悪意に満ちた形相、イラストからでも分かる、いかにもって感じだぜ!多分コイツが親玉だ!!)
「ソイツが親玉だ。」
その様子を剣の手入れをしながら見ていたザウスがそう呟く。
アッシュはスーッと視線をザウスへ移す。
「……………………………………、あ、そう。」
ザウスの一言で急にアッシュの興が冷める。
「アッシュ、そろそろ読書も飽きて来ただろ。久しぶりに表で稽古つけてやろう。そろそろ奴らも動き出す時期だろうしな。」
この星では、モンスターが発生し世界各地を襲う来魔と呼ばれる災害が起こる。それは決まって大量の流星を見てから暫く経った後に起こるとされている。
アッシュが大量の流星を見たのは1ヶ月程前だ。ザウスが言った「時期」とは正にこの事なのだ。
二人は愛用の剣を持って庭に出た。
先ずは素振りと型の300回を5セット終える。
アッシュは息が上がり、切り株へ座り込む。
一方のザウスは汗もかかず、井戸から汲み上げた水を手で掬ってひと飲みしただけだった。
「こんなんでヘタリ込んでちゃモンスターは倒せんぜ?本ばっかり読んでるからだ。ガハハハ。」
「親父が読ませたんだろうがっ!!」
「さて、お前も身のこなしは良くなってきたし、今日からは技も色々と教えてやろうかな。」
「技?」
「おうよ。様々な能力を持つモンスター共と渡り合うにはやっぱこっちにも何かしら無いとな。必殺技!ってやつだな。」
「そんなん有んのかよ!」
「ところでアッシュ、お前は妖精とか精霊って居ると思うか?」
「…………………………、妖精、ってあの妖精?いや、居ないだろ。」
「居るんだな、コレが。」
アッシュは怪訝そうな顔でザウスを見る。
「ところでアッシュ、お前、リリアはどうした?」
「リリア??」
「ほら、子供の頃庭で弱ってる蝶が居るって。家の蜂蜜やったりして暫く面倒見てただろう。」
「え?覚えてな……………………、いや、待てよ。そう言えばそんな事あった様な。確か、その時ハマッてた冒険小説にリリアって名前の妖精が居て、その名前を付けた様な気がする。」
アッシュは正直、子供の頃の記憶だし小説の中の話と記憶が混ざっているのだろうと思っていた。
「で、そのリリアはどうした?」
「え?どうしたも何も………………、確か……………………、気が付いたら居なくなってた………………と思う。回復してまたどこかに飛んで行ったんだと思うけど。」
「どうやらお前は子供の頃の純粋さを無くしてしまったみたいだな。居るぞ、妖精さん。」
(ゴツいオッサンが妖精さん、て。)
アッシュは父親のメルヘンチックな発言にモヤモヤする様な、ザワザワする様な妙な感情を覚えた。
「やっぱ、必殺技はまた今度な。」
そう言うとザウスは足早に屋内へと戻って行った。
「ちょ、ちょっと、親父!……………………………、何だよ急に。」
その晩、アッシュは自室のベッドで目を瞑り、幼少期の記憶と思い出の中に居た。
村長の家で読んだ沢山の物語。
親父との剣術稽古の日々。
友達と裏山や洞窟へ行っての勇者ごっこ。
傷口に薬草だと言って数種類の雑草を石で磨り潰した物を塗って悪化したり。
ボスモンスターとのバトルで負傷した勇者、の設定で冒険ごっこの途中、見付けたキノコを「回復キノコだ!」と言って食べたら、中ったり。
大量の蜂に刺されたり。
井戸に落ちたり。
(……………………何かロクな思い出が無いな、俺。)
まぁでも、若さなのか、元々人より回復力が強いのか、結構な怪我をしても2~3日あれば元通りだった。
(そう言えば、庭でリリアを見付けたのもそんな日々の中だったかな……………………。)
少しずつだが、リリアの記憶が小説から抜け出して現実味を増してくる。
(ある日、庭で飛べない蝶を見付けたんだ。)
(淡い紫色の綺麗な蝶だった。)
(また飛べる様になるまで毎日面倒見ようって。)
(その蝶にリリアと名前を付けたんだ。大好きな小説に出てくる妖精の名前だ。)
(でも、ある朝リリアは居なくなっていた。)
……………………………………………………………………
…………………………………………
……………………………
「リリア。」
アッシュは目を閉じたまま自然とその名前をそっと声にした。
アッシュ。
…………アッシュ。
(誰かが優しく囁く様に俺を呼んでいる。)
(心地よい声。)
アッシュ!
(俺を呼ぶのは夢か、思い出の中か………………)
アッシュ!!
(!?………………え、何?恐っ!!)
アッ!シュッ!!、てばっ!!!
「は、はいっ!!」
アッシュはビックリして飛び起きる。
拍子にベッドから落ちた。
ドォン!という音が下階のザウスとアルメリアの寝室まで響く。
その音に驚いたのはアルメリアだった。
「ちょ、ちょっと、アナタ。」
ザウスは落ち着いて言った。
「大丈夫、心配いらない。」
そう言ったザウスの口元は少しにやけていた。
アッシュの目の前には、
女?????………………、え?いや、何??
ちっさ!人??否。浮いて??飛んでる???
夢?何??綺麗。え?誰??何??
眉をしかめたまま、フリーズ状態のアッシュ。
「やっと呼んでくれたね。名前。」
(え~?何?何か喋ってる………………。)
「リリアだよ。リ・リ・ア!覚えて無い?」
首を傾げてアッシュの右目を覗き込む。
(リリア?あぁ、覚えている。いや、覚えていない。いや、覚えているけど知らない。俺の覚えているリリアは蝶だった。こんな形状ではない。)
「今、チョウチョ姿の私を思い出したんでしょ。あれは、私の幼体。」
「妖怪??蝶の?」
アッシュは指を差して聞いた。
「ようたい!子供の体って事よ。あの時のチョウチョが私。大人になったの!」
腕組みをして、少し怒った様子で説明した。
アッシュは暫く目の前に浮いている小さな生き物を観察した。
大きさは母さんがよく作るクッキー程かそれより少し大きい位。
よく見ると浮いているのでは無い。
飛んでいる。
背中に生えた蝶の様な羽で。
体は人間の女性の様な体つきだ。
スラリと伸びた手足、くびれた腰に、推定Eカップ位の胸…………、いや、実寸で言うならめちゃくちゃ小さいか。
ウェーブのかかったゴールドブラウンのロングヘアー。
透き通る金色の瞳。
丈の短いスカートのタイトなドレス。
色は全体的に羽と同じ淡い紫。
妙な色気がある。
あと、ほんのり光っている。
アッシュは今気が付いた。
この暗い部屋で何故その姿がハッキリ見えるのか。
体が淡く発光しているのだ。
今の目の前の姿形は記憶に無いが、一つ記憶と合致する事が有る。
その独特の美しい淡い紫色だ。
瞬間、アッシュの脳はリリアと名付けた蝶との思い出が全て現実だったと認識した。
「リリア。」
アッシュは再度その名前を口にした。
「なぁに?」
名前を呼ばれたので返事をする。
「何で突然?今までどこに??」
「ずっと居たわよ、アッシュの側に。」
「え?」
「私が居なくなったんじゃないの。アナタに私が見えなくなったの。」
「え?」
「私は妖精。妖精はどこにでも居るわ。でも信じる心が弱い人や信じて無い人には見えないの。そしてアナタは私に名前を付けた。私はその名前を受け入れた。契約は結ばれたのよ。」
「???????」
「あとは信じる心を持ってその名前を呼べば、私はいつだってアッシュの側に現れるわ。リリア、って。」
「妖精?」
昼間のザウスとのやり取りを思い出す。
(妖精とか精霊って居ると思うか? いや、居ないだろ。 居るんだな、コレが。 居るぞ、妖精さん。)
「アナタは思い出と記憶の中で私を探してその存在を信じ始めていた。そして、私の名前を呼んだわ。」
リリアの話を聞きながら、アッシュはまた名前を呼んだ。
「リリア。」
「なぁに?」
「リリア。」
「な、何よ。」
「リ、リア。」
三度目に名前を口にした時には、声が少し震えていた。
「だから、な…………に………ょ。」
アッシュの頬には涙が一筋、流れていた。
リリアはその涙に少し驚いたが、優しく微笑んでこう言った。
「信じる?妖精さん。」
アッシュは黙って頷いた。