『モンスター図鑑、そしてアルメリア。』
村長の家からモンスター図鑑を持ち帰り早速表紙を開いてみる。
『ワカクビノ…ロク、ココ…ソレフ。』
??????????
モンスター図鑑の表紙の裏、右下に消えかかりそうな文字でそう書かれていた。
アッシュは目を凝らし、ぶつぶつと小声に出してもう一度呼んだ。
「ワカクビノ???ロク、??ココ????」
アッシュが最後まで読み終わる前にザウスが口を開いた。
「『ワガタビノキロク、ココニシルス。』初代の書き残した文字だな。」
書かれていた意味は
「我が旅の記録、ここに記す。」だった。
「まぁ要は、旅の中で遭遇し闘ったモンスターの直筆イラスト付き攻略本。ってとこだな。」
「え?これ、全部書いたの??独りで???」
アッシュはそう問いながらモンスター図鑑を横から見直して、再度その厚みを確認しながら訪ねた。
「そんな訳あるかよ。それは代々、新しいモンスターに遭遇したら先代達が書き足してきたんだよ。まぁ、読んでいけば分かる。」
そういわれ、アッシュは1ページ目をめくる。
『怪物、その種類における区別。』
「怪物?」
アッシュがザウスに問う。
「あぁ、それな。当時、人々はまだモンスターなんて見た事もなかったからな。怪しい物って事で、怪物って付けたんだと思うぜ。」
1つ、大地より出づる物有り。
1つ、水より湧き出でし物有り。
1つ、大気より現れし物有り。
大きくは3つに分類する。
『怪物、その特徴と対処法』
大地よりの怪物、物理的な攻撃が有効。又、怪物の性質と逆性質の魔法も有効。
水よりの怪物、物理的な攻撃はあまり効かず。魔法が有効。
大気よりの怪物、物理攻撃、魔法、共に有効、なれど集団で襲い来る習性有り。
中にはこの限りでは無い型破りな物も有り。
柔軟に対処する必要有り。
「親父の話で何度も聞いてたけど、こうやって見るとやっぱ魔法ってあるのか?」
「魔法は存在する。俺と一緒に旅した魔法使いの話、嘘だと思ってたのか?」
「いや、そんな事は無いけど……………、親父普段から本気か冗談か解らない時があるから。」
「あのなぁ………、俺は冗談は言うが嘘は言わん!」
次のページをめくると、そこには記念すべき第一のモンスターが描かれていた。
『スラ仏』
世界中で見られる。
特にスラーの墓付近で多く目撃される。
好戦的で凶暴だが弱い。
そう書かれた下には、
猫の体、頭に兔の耳が生えた様な小動物のイラストが描かれていた。
口と足には鋭い牙と大きな爪が有る。
因みに『スラー』とはこの世界に広く分布する小動物で、ペットとして飼われたり、愛好家が居たりする。
見た目にはイラストのまんまだが、鋭い牙や爪は無い。
野生のスラーは死期を悟ると仲間同士同じ場所で死ぬ習性が有るらしく、そこは「スラーの墓」と呼ばれている。
アッシュが一匹目のモンスターの情報を脳内に刷り込んでいると、朝の市場から買い物を済ませた母が帰宅した。
「あらアッシュ、お早う。今朝は早起きなのね。あらまぁ、それ、モンスター図鑑じゃない。」
「え、母さん知ってんの?モンスター図鑑。」
「当たり前よ。まだ私達が新婚だった頃、来魔が起きてね。お父さんたら、私を1人家に残して来魔封じの旅に出てしまったの。私は寂しくて、1人家で泣いてたわ。でもそんなある日、お父さんの部屋で大きな本を見つけたの。それがモンスター図鑑だったの。中には色んな絵と解説が書いてあって、面白かったわ。寂しいのも忘れて夢中で読んだわ。その中でも私はやっぱり『ウロス健太』と『ウロス簑太』の兄弟がお気に入りね。」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってよ母さん!」
「お、落ち着けアルメリア。」
モンスター図鑑を読破したこの女性は
「アルメリア・ヴァミリヲ」
アッシュの母であり、ザウスの妻である。
銀色の長い髪に白い肌、村の若い女性達も羨むプロポーションと村一番の明るい性格の持ち主だ。
「ところでアッシュ、あなたがモンスター図鑑を読んでるって事は今回の来魔封じはあなたがいくのね?」
「行くのねって、お前。」
少し驚いた様子のザウス。
「だって、止めても行くんでしょ?」
「話、早ッ!!」
予想外の母親の言葉にアッシュも驚く。
「私は勇者の妻よ。覚悟はしてたし、お父さんで慣れたわ。」
「でも、今回は父さんと二人で行くんだよ。」
「え!じゃあ私また家で1人なの!?…………………………なんてね。逆に二人の方が安心じゃない。家の事は私に任せて行ってらっしゃいな。」
「ハ、ハイ。」
アルメリアの気迫に圧され、二人はそう答えるだけだった。
「じゃあ私、洗濯してくるから。」
立ち尽くす二人にそう言い残しアルメリアは部屋から出て行った。
二人は部屋から出て行くアルメリアの後ろ姿を呆然と眺めたままアッシュが聞いた。
「ところで親父、『ウロス健太』って何?」
「…………、さぁ。」
アッシュはモンスター図鑑を読んでいて気付いた事が有る。
書いてある文字や、絵のタッチが違うのだ。
先代達が書き足してきたからだろう。
初代の書いたであろうページはモンスター描写も細かく、解説も分かり易い。
逆に、四代目が書いたであろうページのモンスター描写は絵の上手な子供が描いた程度、解説はその絵の一部に○印を付け、線を引っ張り「ここ、弱点ぽい」とか「ここ、メチャクチャ硬い」等と記されているだけだった。
強さを表す表記は各自バラバラだ。
「弱、中、強」だったり、「◎、○、△、×」や「点数」表記だったり。
皆、先代達の表記が分かりにくかったのか試行錯誤している様子が伝わってくる。
(性格出てるな。)
声には出さなかったがそんな事を思いながページをめぐる。
じっくり読むとかなりの時間がかかりそうなので、取り敢えずパラパラと飛ばし読みをした。
そこでアッシュはふと思う。
(描かれている絵のタッチが4種類しか無い。
親父が6代目ならば、絵は6種類のハズだ。)
ザウスにその事を聞いてみる。
「あぁ、それな。俺の親父は旅から戻らなかったからその分が無いんだ。後は俺のだな。俺は旅の中で新しいモンスターには出会わなかった。それだけだ。」
…………………ザウスは嘘をついた。
実はザウスは旅の中で、2種類だけだが図鑑に載っていないモンスターを発見している。
ザウス本人は、弱いモンスターだったし強いて書く必要も無かった、と自分に言い聞かせている。
が、実はザウスは絵が下手なのだ。
マイナス的な意味で「画伯」と呼ばれる程に。
「さぁアッシュ、夕飯にするからその本はまた後にしてちょうだい。」
アッシュはどれ位図鑑に魅入っていたのだろうか。
さっき洗濯しに出て行ったと思ったアルメリアが今は目の前のテーブルに夕飯を並べている。
「………………????」
アッシュはふと、窓の外を見る。
日は暮れていた。
「てか、母さん!俺、昼飯食ってないんだけど!!」