『馬(バ)リフト』
馬車はスピードを緩める事無くカーブへと差し掛かる。
「いやいやいやいや!本気かよ!?」
岩石はすぐ後ろまで迫って来ていた。
(カーブを曲がり切るか、岩石モンスターに押し潰されるか、2択の様で1択だ……………………もしくは第3の可能性、転落………………いや、今は曲がり切るにかけよう。)
「アッシュ、曲がるぜ!しっかり掴まってろよ!!」
アッシュは必死の思いで荷台の屋根にしがみつく。
まずは先導する馬がカーブに差し掛かる。
一度、崖側ギリギリ一杯に馬体を振ったかと思うと急速にカーブの内側へと馬体を振り戻し、鋭い角度でインを攻める。
その勢いに引っ張られ、続いて荷台もカーブを曲がろうとしたが、遠心力により荷台はカーブよりも大きな軌道を描き始めた。
ドンッ!
荷台の前輪の片方が山道からはみ出し、宙に浮いた。
ダダンッ!!
続いて後輪が大きめの石を踏んで、荷台が片輪走行する形で飛び出した。
ドダンッ!!!
遂に残りの後輪までもがカーブより外側へとはみ出してしまった。
「ドウズさん、浮いてる!浮いてる!!落ちる、落ちちゃうよ!!!」
ドウズからの反応は無い。
残るは一番内側の前輪のみだが、それも崖側へと引っ張られ、今正にコースアウトしようとしていた。
先頭の馬は馬体を斜めにしたままコーナーを曲がり切り、ストレートへと差し掛かる。
地面と前輪が離れる刹那、ドウズが思い切り鞭をしならせ叫んだ。
「引ぃぃぃぃぃぃぃけぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!」
馬の後ろ脚に力強く血管が浮かび上がり、太腿の筋肉が倍以上に膨らむ。
ドボゴッ!!
凄まじい爆音と共に土煙が上がる。
地面には強烈な蹄鐵の跡が二つ、クッキリと刻まれた。
半分以上棺桶と化した荷台の屋根からその様子を見ていたアッシュには、一瞬馬が消えた様に見えた。
グオッ!!
荷台が物凄い力で山道側へと引っ張り込まれる。
アッシュは振り落とされない様に荷台の縁にしがみつく。
ガッ! ドガンッ!!
浮いていた前輪と内側の後輪が地面を捉えた。
衝撃でアッシュの体が強くバウンドする。
ガドンッッ!!!
最後の後輪が崖の際にぶつかり、反動で荷台は跳びはねながら着地した。
アッシュの握力は最後の衝撃に堪えきれず、馬車の前方へと弾き出された。
宙を舞いながらアッシュが見たものは、カーブを曲がり切れずに山道から崖へ向かって大砲の弾の様に飛び出す岩石モンスターの姿だった。
(よし作戦成功だ、モンスターを倒したぞ。)
と思ったのも束の間、アッシュの体は地面に叩き付けられる。
ダンッ! ズザザザザーーーーッ。
「痛った!!いけど何とか助かったぁ………………ってなぁ~~~~~いっ!!!」
アッシュは馬車の前方に放り出された為、物凄い勢いで馬車が迫って来る。
バゴラッバゴラッバゴラッ!!!
(逃げなければ!)
ドガラッドガラッ!!
(馬が迫って来る。)
だが、打ち付けられた衝撃とパニックで初動が遅れる。
「わわわわわ、轢かれる、轢かれるッ!!」
パカラ、パカラッ!
「ヤメテ、止めて、ヤメテ、止めて!!!」
ポコ、ポコ。
面長な馬の馬面がアッシュの目前まで迫って来た。
ブルンッ!!
馬は首を横に振りながら、アッシュに鼻息を吹き掛けた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!轢かれた、死んだ、轢かれた!!あ、ダメ、うわ。死んだ、轢かれて死んだわ。轢かれて轢かれた!!」
アッシュがワーワー喚きながらジタバタする様子をドウズと馬と妖精が無言で眺めていた。