『てもちぶ』
アッシュは馬車の荷台で寝転がりガタゴト揺られていた。
時折馬車が止まり、ドウズが馬を降りて何かをしていた。
何をしているのか気になりムクリと起き上がった瞬間、ホロが開きドウズが顔を出した。
「おおぅッ、ビックしたぁ~。」
「あぁ、邪魔してすまんな。狭い荷台だがゆっくりしといてくれや。」
そう言ってドウズは荷台に幾らかの荷物を乗せ込んできた。
「あ、もしかして落とした商品回収してんスか?」
「まぁ、道中で見付けたやつだけな。あと、ホレこれはお前んだ。」
そう言ってドウズはアッシュに小さな赤い宝石の様な物を3個手渡した。
「何スかコレ?俺、こんなモンに見覚え無いスけど。」
「え!?お前の親父さんはジェムについて何も教えてくれなかったのか?」
「ジェム?」
「ジェムってのはだな、モンスターを倒すと出てくる結晶石の事で通貨と同じ様に使えたり交換できたりするんだ。まぁ、色や大きさ、人気度や利便性、希少性等によって価値は様々だがな。って事で、さっきの奴等を倒して出たこのジェムはお前さんのモンだ。景気よく吹っ飛ばしてくれたから、こんだけしか見付からんかったがな、ハハハハハ。」
「有り難う。ところで、さっき利便性って言ってたけど?このジェム、他に使い道が?」
「あぁ、ここ最近の研究で解ったらしいんだが、ジェムには特性ってのを持ってる物も有るらしい。」
「特性?」
「火を付けたら燃えたりとか、蓄光したりするのも有るって聞いた事があるな。ま、俺も詳しくは知らんがな。さ、そろそろ馬車を出すぜ。」
積み込みの終わったドウズがホロを閉めようとした時、アッシュが言った。
「あ、ドウズさん、開けといてもらっても良いスか?」
「あぁ、構わんぜ。」
アッシュは何となく外を眺めていたい気分だった。
鞭の音と馬の嘶きが聞こえた後、馬車はまたゆっくりと動き始めた。
アッシュは荷台に揺られ、荷物の木箱を背もたれにしてボーっと外を眺めているとホロの屋根の両端にキラキラ光る鏡の様な物がぶら下がっているのを見付けた。
(飾りだろうか?魔除けか、お守りの類か??)
…………………………
…………
……
「あ、あれか!」
突然そう呟いたアッシュにリリアが「何が?」と問う。
「いや、襲われてるこの馬車に合図を送るキッカケになった光がさ。」
「あ、確かに。そうかも知れないわね。」
……………………………………
…………………………
………………
…………
……
「あぁ~、荷台に乗ってるだけってのも結構暇だな。歩いて旅した方が良かったかな?」
「アンタねぇ。乗っけて貰っておいてそれは無いんじゃないの?」
「そうだな。それは無いな。いや、助かったよマジで。正直、俺メバンニ村までの道よく分かってなかったし。」
ガタゴト、ゴトゴト…………………………
荷馬車は走る。
「…………あ、リリア。ほら、チョウチョ。」
アッシュは外をヒラヒラ飛んでいる黄色いつがいの蝶々を指差す。
「そうね。ねぇ、昔の私とどっちが綺麗?」
「え?…………あぁ、そう言えばリリアも昔は蝶々だったっけ?」
「まぁ、蝶々に似た姿ではあったけどね。」
「なぁ、リリア。アレも妖精かな?」
「いいえ、アレはただの蝶々よ。」
「そっか。ただの蝶々か。」
……………………………………
…………………………
………………
…………
……
「俺は今の方が綺麗だと思うよ。」
外を眺めたままアッシュが言う。
「???何がよ。」
「え?何がって、リリアだよ。」
「ちょ、アンタ、何なのよ急に。バカじゃないの?」
リリアの顔が紅潮する。
「え?ひでぇ。リリアが聞いてきたんだろ?」
「い~のよ別にあんな質問、真剣に答えなくても!乙女はたまにそ~ゆ~事不意に聞きたくなるのよ!!」
「でも、答えないと機嫌悪くなんだろ?乙女ってのは。」
「ぐ。………………アンタ、何も分かりませんみたいな顔して結構言うわね。まぁ、でも、嬉しかったわ。ありがと。」
「どういたしまして。」
最後まで二人の視線は交差しないまま会話が終わった。
……………………
…………
……
「にしても、暇だな。」
「確かに、暇ね。」
「こ~ゆ~の、何てんだっけ?」
「え?」
「てもち…………、手持ち……………………。」
そんな事を考えていると、また馬車が止まった。
「アッシュ、また止まったわね。何かしら?」
アッシュは体を伸ばしがてら外に出てみる。
「ドウズさん、どうしたんスか?」
「あぁ、あそこ見てみ。」
「ん?」
ドウズの荷馬車から落ちたであろう荷物が散らばっているその先に綺麗な花畑があった。
「あ、スラーの墓場。」
「あそこさ、俺がやらかしたのは。」
「今は近寄らない方が良いっスね。」
「だな。さ、ここらの荷物を回収したらまた出るぞ。」
「あ、俺も手伝うス。」
アッシュは散らばった小物を集めては荷台に載せた。
ドウズは木箱を抱えて運び込んだ。
一通り荷物も回収し、ドウズが最後の箱を荷台にドンッと置いた勢いで蓋が外れ、中から小さなボールの様な物がポンと飛び出した。
ゴロゴロと転がり、積んである商品にぶつかり止まる。
「ブタ?」
アッシュが呟く。
確かにそのボールにはブタのイラストが描かれてあった。
「お、アッシュ。欲しかったらやるぞ。」
「やるぞって、何スかコレ?」
「これか?」
そう言って、ドウズが箱からボールを取り出す。
「中に液体が入ってるだろ?」
アッシュはボールの中を覗き込む。
(確かに何か液体が入っている。)
「この液体はな、揉みの木に生る揉みの実の果汁なんだが、最初はメチャクチャ不味いんだ。」
「不味いの?なら要らないよ。」
「まぁ、聞け。実はこの果汁、揉めば揉む程旨くなるんだ。しかもその旨さは今のところ上限知らず。」
「旨くなり続けるって事?」
「応よ。噂では2万回揉んだ物に800万ゴンの値が付いたとか、既に100万回揉んだ奴が居るとか、とにかく巷では人気急上昇中の一品だぜ。」
※(1ゴン=約1円 この世界の共通通貨)
「で、どうやって飲むのコレ?」
「まぁ、見てろ。」
そう言うと、ドウズはボールを揉み始めた。
見た目とは違って水風船の様に柔らかそうだ。
「揉めば揉む程、味が変わって……………………ヘッヘッヘ。」
妙な笑いでドウズがアッシュを見る。
「こうやって飲んで。」
ボールに付いているブタの鼻を模した突起物をくわえて、中身を吸い出す。
ゴク、ゴク、ゴク。
「不味い!テッテレーッ♪♪…………てな具合だ。」
「いや、不味いんかい!」
アッシュが思わず突っ込む。
「まぁ、4~5回しか揉んでないからな。ハハハハハ。」
「しかも、最後のテッテレーッ♪♪って何スか?」
「まぁ、あれはほんの茶目っ気だ。意味は無い。て事でアッシュには特別にボール3個とこのホルダーベルトをあげよう。このホルダー、今は人気過ぎてなかなか手に入らないんだぜ。」
ドウズは手際よくアッシュの腰にベルトを装着するとポン、ポン、ポンとホルダーに揉みの実ボールを放り込んだ。
「暇潰しに揉み揉みするとストレス解消効果も有るらしいぜ。」
「暇潰しに、ねぇ。有り難う御座います。で、コレ何て名前なんスか?」
「名前?商品名か?それはな…………。」
一瞬の溜めがあった後ドウズが商品名を教えてくれた。
「手持ちブタさんってんだ。」