『3倍濃縮に成功したババァと旅立ちの一本道。』
まだ日が昇る前からアッシュは自室で旅立ちの準備を整えていた。
村人達から贈られた装備品に身を包み、アグラー(回復薬)の入った小瓶とラデックス松の実を少々。
あと、今のところ何に使って良いのやら分からず仕舞いの蔵で見つけた龍の逆鱗、等々を持って行く事にした。
母のアルメリアには前日に今日旅立つ事は告げていた。
アッシュは密かに、試練や困難の多い長い旅になる事を予感している。
玄関を出ると、今日出来立ての冷たく新鮮な空気がアッシュの肺に充満する。
ホゥっとひと呼吸すると「行くか。」と一言。
それに応える様にリリアも「行きますか。」と一言。
村人達がまだ寝静まる中アッシュは一人、修復された南門の脇にある小扉から村を後にした。
「待ちな。」
不意にしゃがれた声がアッシュを呼び止める。
ギョッとしてアッシュは今出た扉へと振り返る。
……………………、が誰も居ない。
アッシュは振り返った格好のまま、目だけで辺りを伺う。
暫くの静寂。
すると、視界の端に赤く光る点を捉えた。
と同時にそこから「フゥ」という呼吸音と共に煙が立ち上る。
南門の扉のど真ん前、ヤンキー座りで煙草を吹かす何かが居る。
ソレは、もそもそと立ち上がりながらアッシュの方へ向かって来た。
まだ早朝の薄暗い中で、その影が段々とハッキリしてくる。
「デックス婆ちゃん!」
「アタシみたいなモンは、ババァとでも呼んでくれりゃ構わんさ。それよりお前さん、今日発つつもりなんだろ?」
「そ、そうだけど…………、その事は誰にも言って」
「んなこたぁどうでも構わん。ホレ、餞別じゃ。持ってきな。」
そう言ってアッシュに差し出したのは緑色の液体の入った小瓶がふたつだった。
「ア、アグラー?」
「普通のアグラーじゃないよ。ババァ特製の3倍濃縮にした、3倍アグラーじゃ!回復力も3倍じゃよ。ほっほっほ。」
このバ…………お婆さん、その名を「Dr.デックス」。
アッシュの村の村医者である。
ラデックス松の実に滋養強壮効果がある事を発見したのもこのデックスである。
アグル草を煮出して作る回復薬「アグラー」は濃縮すると回復効果が薄れる特性があるが、今回世界で初めてアグル草の濃縮製法にも成功した。
「デックス婆ちゃん、アグラーの濃縮に成功したの!?」
「まぁの、と言っても成功したのはほんの2日前じゃがの。量産できんで2本しか作ってやれなんだわ。」
「ち、因みに味は?」
「苦くて苦しい味も3倍じゃ。」
「………………、ウェ、強烈だなそりゃ。」
「じゃが、苦くてもデックス印。効果の程は折り紙付きじゃわい。」
「ありがとう婆ちゃん!」
アッシュはデックスにお礼と別れを告げ、来魔封じと父親の情報を求めて、一番近いメバンニの村へと歩み出した。
アッシュは歩きながら、村長に貰った地図を広げ見る。
道中「キリ山」と書かれた山を越える以外はメバンニ村まではほぼ道なりだった。
アッシュは地図を内ポケットに仕舞いながら「問題なさそうだ、2日あれば余裕で着けるだろ。」 と独り言の様な、リリアに言う様な、どちらとも取れる感じの口調で言った。
リリアはその横顔に頼もしさを感じ、これから先どんな困難が待ち受けていようとアッシュと一緒なら乗り越えて行けると確信した。
早朝の薄暗い平原に長い一本道が続いている。
アッシュはその道の先を目を細めて遠くの景色まで拾ってはみたが、その視界にキリ山を捉える事はできなかった。
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「いや、3、4日ぐらいはかかるかも知れない。」
暫くの間があった後、そう言ったアッシュにリリアは「何が?」と問い返した。
「メバンニ村に着くまで。実は俺、あんま地図得意じゃないんだ。」
「アンタねぇ…………。」
飽きれ顔で言ったリリアの心中にはこれから先の旅に一抹の不安がよぎった。