04 メール
すぐ近くでキーボードを叩く音が聞こえる。
「………っん」
聞きなれた音によって段々と意識を戻される感覚を感じた。まだ少し重たい瞼をゆっくりと持ち上げるが視界がぼやけてよく見えない。
手で目をこすりながら起き上がる。それでも少しぼやける視界で近くにある時計を見る。十七時、おそらく睡魔におそわれてから一、二時間しか経過していないのだろう。
私は昔からあまり寝られない体質で2時間寝ればいい方だ。どうやら私がソファーの上で寝てしまっていたためか蓮は床に座りパソコンを弄っていた。
申し訳ないなと思いながらソファーから立ち上がると顔を上げた蓮と目が合う。
「お、莉樹起きたか」
「うん。蓮、運んでくれてありがとう。ソファーも独占しちゃってごめんね」
屋上で寝てしまった私を家まで運んでくれる蓮。いつもの事だから感謝しなければならない。
「おう」
目を三日月のように細めて微笑んで返事をする蓮を見て私も口元を少し緩めてしまう。
久しぶりに寝れて気分がすっきりしている。頭がよく回転しそうだ。
一度大きな伸びをしてから椅子に座り机の上に置いてあるパソコンを起動させた。
「蓮」
顔を向けずに蓮の名前を呼ぶ。すると後ろから扉が閉まる音がした。蓮が出て行った事を横目で確認してから、パソコンの画面と向き合う。
「やるか……」
目を向けた画面には数えきれないほどの数字、アルファベットが並んでいる。
普通の人なら混乱するであろうものを冷静に考え、キーボードで文字を打ち込んでいく。最後にEnterキーを押すと緑の文字が画面に浮かぶ。
「ハッキング成功……」
画面から目を逸らさずにぽつりと呟く。
カタリと音がしたかと思えば、隣りには蓮がいてココアを机の上に置いてくれた。
私が今飲みたかったもの、言葉にはしていないが蓮にはしっかりと伝わっていたようだ。蓮を見て少し微笑みココアを口に含む。
丁度良い温かさのココアが絶妙な甘さを出し口の中に広がる。
うん、いつも通り美味だ。思わず目を細める。
私の反応を見て満足した様な表情をした後蓮はパソコンの画面に目を向けて尋ねてきた。
「どこハッキングしたんだ?」
「紅羽」
「そうか」
「駄目だね、紅羽もおちた。穴がありすぎてハッキングがやりやすかった。」
蓮は微かに相槌をうちながら聞いてくれる。
「朱斗がおちたのかはわからない。でも、情報管理者の腕はおちてる」
実際、今の紅羽の情報管理者ではなく朱斗が情報管理したほうが断然良いだろう。その事に朱斗は気づいていないのかという疑問が浮かんだが……朱斗は確実に気づいているだろう。
「公開できる情報のみ……こいつに管理させて残りの重要な情報は自分で管理する」
おそらくこれだろう。この情報はある意味『囮』だろうな。
そんな事を考えていると、画面にメール受信を知らせるメッセージが届いた。知らないアドレスからだ。
「蓮、どう思う?」
近くにいた蓮に画面を見せ、問いかける。
蓮は眉を潜めて画面を見つめる。
「莉樹」
蓮が名前を呼んだ。たったこれだけの事で蓮が何を言いたいのかがわかってしまう。
メールを開こうとした時、タイミングを見計らったかの様に携帯が鳴り出した。私は蓮に携帯を渡して、メールを開いた。