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終焉を告ぐ  作者: 未圭
紅羽編
17/20

16 前日

 黒鬼が主であるお店へ足を運んでから、特に何か大きなことが起きる訳でもなく慣れ親しんだ日常を送っていた。

 変化を表立って言えば、庵が私達の高校に転入したということだ。白いシャツに緑のネクタイと真新しい制服に身を包む庵は新鮮で何だか違和感を感じさせた。それと同時に、私達の学校は学年ごとにネクタイの色が変わり一年生は緑、二年生は青、三年生は赤と指定されているため庵は私達の一つ下の学年ということを知った。結局、本名ではなく『九条 庵』として転校したらしい。最初は九条さんに対して緊張でガチガチだった庵も家に帰ってくる頃にはすっかり九条さんに懐いていた。


辰季(たつき)さんが格好良すぎて俺もう駄目かもしれない……」


 なんて真顔で言い出した庵には本気で引いた。

九条さんを下の名前で呼び、親しんでいるのはわかるが流石にこれは……。


「九条さんは結婚してるぞ」


「知ってるし、左手の薬指に指輪があるのは確認済み。それに、俺は別に辰季さんに恋をしている訳でもない」


「………………………そうか」


「ねぇ、なにその間!確かに辰季さんのことは好きだけどこれは恋情じゃない!」


「あー、はいはい」


 大きな声で言い返す庵を軽く流して返事をする。家に来た時よりも少し柔らかく接するようになった庵は相変わらず生意気だが、自然に生活していることに嬉しさを感じる。


 庵と会話をしていると、顔を歪めて不機嫌な顔をした蓮が部屋へと顔を覗かせた。


「莉樹、そろそろ黒鬼が煩わしくて限界なんだが」


 その言葉である程度は察した。蓮に携帯を見せるよう要求して見てみると案の定、黒鬼からの連絡がドン引きするほど入っている。要件なんて見なくてもわかる。先日話した紅羽の件だろう。私達からの連絡が待ちきれないのか催促の連絡が絶えない。


「コウを黒鬼の所に行くように指示してるからその憂鬱しい連絡は今日なくなるよ」


「洸輝に行かせるのか?」


「前に蓮と二人で行ったことまだ根に持って拗ねてる」


「あぁ…………」


 蓮は私の思ったことを察して苦笑いをした。言いたいことはわかる。コウは黒鬼のことが好きだから。

 前に一度黒鬼のことについて聞いてみたことがある。その時コウは大きな目を三日月の様に細くし『確かに、黒鬼は莉樹の敵だけど……それ以前に尊敬してるんだよ。莉樹と互角か、それ以上の実力を持っている黒鬼に興味を示さないはずがないでしょ』と穏やかな顔で言っていた。


「コウにあんな顔をさせるあいつに腹が立つ。 だけどコウが認めるのもわかる」


「普段は腹が立つただの生意気な学生だがな。俺もあいつの実力は認めてる」


 それもそうだ。そうじゃなければ蓮はまず言い合いなどしない。おそらく、黒鬼もそうだろう。ふと考えてみると思考や行動が似ていることが多々ある。会う度にお互い険悪感をむき出しにするのは、以前九条さんが同族嫌悪というものだと言っていたことを覚えている。


「黒鬼?」


 蓮との会話を聞いていた庵が首を傾げた。その様子に、庵には詳しく話していないことに気がついた。


「あぁ、ごめんね。説明しないとわからないよね」


 庵は不思議そうな顔をして何度か頷いた。よくよく考えればどう説明すれば良いか上手く言葉がまとまらない。


「黄華は今『黒鬼』『紅羽』の二つと敵対している。黒鬼は泉桐也(いずみきりや)という男。紅羽は藤崎朱斗(ふじさきあやと)という男だ。」


「泉桐谷と藤崎朱斗……。あれ、黒鬼とも敵対してるのに手を組むのか?」


「組むよ。私達の中にルールはないから誰がいつ何をしても文句は言わない。私達の目的はそれぞれに勝利すること。だから、要するに黒鬼と手を組むのは単なる利害の一致から」


「………なるほど」


 パチパチと数回瞬きをしながら子供の様にコクリと頷く庵を見て思わず笑みが浮かぶ。


「俺は黒鬼となんて手を組まなくても紅羽に勝てる自信はあるけどな」


「誰が勝てないから手を組むと言った。時間をかけずに確実に勝てるから手を組むんだろ」


 真顔で言うと庵が少しうわっと引いたような顔で私を見た。何だよ。本音を言って何が悪い。


「俺、ここまで自信で満ち溢れてる人初めて見たかもしれないわ……」


「まぁ、それは紅羽とやり合う時にわかるさ」


 ニヤリと何かを企む妖しげな表情を浮かべた蓮とは反対に庵は困惑した表情を浮かべた。


「まるで私が何かをやらかすみたいな言い方しないで」


「いや、実際何かやらかすだろ」


「やるわけないだろ馬鹿」


 幼稚な言い合いを聞いていた庵は何が面白いのか口元を手で抑えて肩を小刻みに震わせ笑っている。それに釣られて蓮も小さく笑いはじめた。その仕草がどこか似ていて口元を緩めた。思わず兄弟かと錯覚してしまいそうだ。


「あ、そういえばいつ紅羽とやるのか聞いてないや」


「あれ、明日だよ?蓮には伝えた気がしてたんだけど…」


「…………うん?」


「だから、明日」


「はぁ?!」


 目を見開いて大きな声を出す蓮に耳を塞ぎながら視線を向ける。


「何で前日に言うんだよ。もし俺が今聞かなかったら俺は当日知ることになってたんだぞ!」


「……だから、蓮にはもう伝えたかと思い込んでたんだよ」


「はぁ……。お前のこれも今に始まったことじゃないからな」


「次は気をつけるよ」


「次なんてあってたまるか」


 深くため息を吐いた蓮を見ていたら少しだけ申し訳なくなってきた。 本当に少しだけど。


「蓮、ごめんね」


 一言謝って蓮の頭を優しく撫でると、蓮は私の手をとりギュッと握りしめた。体温が低い私の手は、蓮の体温によってゆっくりと温かくなっていく。


「……ちょっと、俺を置いて二人の世界に入らないでよ」


「庵、空気読めよ。本当に今のは空気を読む場面だっただろ」


「そんなもの知るかよ」


 蓮は呆れた顔をして言葉を発した庵に対して明らかに不機嫌な顔をして、棘のある言葉を吐いた。確かに庵の存在を気にせずに会話をしていた。


「俺の存在を無視するのが悪いだろ」


 そんな言葉をポツリと呟いて私達から視線を下に落とした。親に構ってもらえずに拗ねた幼子の様な言動が可愛くて、くしゃりと庵の頭を撫で回した。先程まで不満を隠さなかった蓮も珍しい庵のデレに面食らって何も言えずに無言でいた。


「大丈夫。明日、庵は私達の世界を間近で見ることになるから」


「莉樹達の世界……?」


「そう。見て損はないよ」


 クスリと小さく笑うと庵は何かを考えるように目を細めた。


「新しい世界、お前に見せてやるよ」


 そう言って艶やかに笑った蓮を見て、明日起こることを想像して胸が躍る。目的の為の第一歩。明日が来るのがこんなにも待ち遠しいのは初めてかもしれない。興奮のあまり手が震えそうになるのを自分自身、しっかりと実感していた。

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