14 守る人
「ただいま」
リビングのドアを開けると、ソファーに横になって寝ている要と壁に寄り掛かって寝ているコウがいた。風邪を引かないようにとタンスから毛布を二枚出してコウと要にそっとかける。
リビングを出て、昨日から庵の部屋となった部屋へと向かう。
小さくドアをノックしても返事がない。私は音を立てないようにゆっくりとドアを開けた。
「………寝てる?」
ベットの上には庵が寝ていてハルは庵の手を握りながらベットに上半身を預けて寝ていた。部屋の中からは二人の寝息が微かに聞こえる。
自分の着ている黒いパーカーを脱いでハルにかける。庵の額を覆う前髪をさらりと横に流してやると庵は小さく声をもらした。
「……っん」
うっすらと目を開いた庵はまだ寝ぼけているようで目の焦点が合わないのか何度も瞬きをしている。
「ごめん、起こしちゃったね」
「だいじょーぶ。気にしないで」
普段の鋭さはどこへいったのか、庵はふにゃりと頬と目元を緩ませた。可愛い、何だこれ。これぞまさに世間でいうギャップってやつか。
「…………庵」
「んー?」
首を傾げて返事する庵の可愛さに言葉が詰まりそうになる。私は急いで庵から視線を逸らして頭の中を冷静にしようと深呼吸をする。
「今日、お前の話をして来た」
「……ふーん?」
まだ頭の中がボーッとするのか意味を理解できないというように声を出す。
「多分明後日になると思うが、庵は私達と同じ学校に通ってもらう。だから明日は私達の知り合いと一緒に手続きを行ってほしい」
「………………」
「もし、庵が本名を隠したいのであれば隠せば良い」
何も言わない庵の頭を撫でる。庵は下を向いていて何を思っているのかは私にはわからなかった。
「じゃ、私も寝るとするよ。風邪を引かないように布団を掛けて寝るんだよ」
おやすみっと小さな声で呟いて、部屋を出ようとドアを開ける。
「俺は…………」
「ん?」
「俺は、庵だよ」
庵は小さく声を発した。やけに掠れた声だった。私は振り返らずにただ、目を閉じて口を開いた。
「…………そうか」
ただ、一言だけ言葉を残して部屋を出た。
リビングへ入ると、コウと要の姿が見えない代わりに、蓮の姿が見えた。シャワーを浴びた後の様で肩にタオルを掛けている。
「ありがとう。重かったでしょう」
「いや、大丈夫だ。あいつらをベットに連れていくなんてもう慣れた」
そう言ってソファーに深く座る蓮を見て、思わず苦笑いが溢れる。確かに、何年も同じことをしていると慣れてしまうだろう。要とコウには明日にでも注意をしておこう。
「蓮」
「んー?」
「何度も言ってる。気をつけなよ」
蓮の髪の毛からポタポタとタオルとシャツに水が滴り落ちて、シャツにはいくつか黒いシミをポツポツと作り上げていた。いつも髪の毛を拭かない蓮に、何度も風邪を引いてしまうと注意をしているが、何年も言い続けているのに治る様子がない。
「…………」
「ん、サンキュ」
無言で蓮の肩に掛かっているタオルを取って髪の毛を拭く。ふわりと蓮のシャンプーの良い香りが私と蓮の間を漂う。私と同じ金髪なのに何故か蓮の方が綺麗に見える。
「風邪引くから気をつけなよ。これくらい自分で出来るでしょ」
髪を拭きながら少し呆れた様に言うと蓮は顎に手を添えて、考える仕草をした。私はどんな言葉が返ってくるのかと思い、首を傾げた。
「うーん。それじゃ意味がないんだよな……」
「……意味わからない」
「意味を理解されてもそれはそれで困る……かも」
「何それ?」
自然と眉間に皺がよる。意味がわからない。顎に手を添えたまま、ブツブツと独り言を言う蓮に冷たい視線を送る。蓮は私の視線に気付くと苦笑いを浮かべた。
「すまん、何でもない。気にするな」
「………」
「そんな事よりも九条さんとは話せたのか?」
いきなり真剣な顔をして髪を拭く私を見上げる蓮に驚いたが、すぐに真剣な表情で蓮に向き合う。
「うん、ちゃんと話して来た」
「それで?」
「明日、庵と一緒に手続きをしてもらう。さっき庵にもこの話をしたよ」
「……うん」
蓮の黒い瞳が優しげに細められる。蓮の大きな手が私の頬をスルリと滑るように触れる。何もかもを包んでくれるような、優しい仕草に思わず泣きそうになる。
「あと……母さんにも、会ってきた」
「そっか……」
蓮は微笑むと、髪を滑るよう優しく私の頭を撫でた。病院へ行った後蓮は必ず私の頭を優しく撫でる。まるで泣いている幼子をあやすように。前に一度だけ、病院の後必ず頭を撫でる理由を聞いてみた。すると蓮は今と同じ様な優しい顔で、「莉樹の心が悲鳴をあげて泣いてるから」と言った。涙は出ていなかったけど、一緒に成長してきた蓮にはそう感じたのだろう。
頭を撫でる心地の良い体温に私は思わずクスリと笑った。
「やっぱり、蓮の隣は安心する」
過去に何度も助けて貰った心地の良い場所。まだ幼かった私達は嬉しい事も、悲しい事も二人で共有して生きてきた。壊してたまるか、この場所を。
「……蓮」
「ん?」
「そろそろ、争う時期がきてる。私達で家族を守るよ。何があっても」
右耳のピアスに触れるとヒヤリとした感触が手に伝わる。守ると決めた人がいる。たったそれだけでも、充分私の生きる意味だ。紅羽でも黒鬼でも……ディノでも、何であろうと私が潰してやる。