12 あの場所
「莉樹姉、庵寝ちゃった」
あの後、コウが歓迎会をするとか言って騒ぎ始めた。コウと一緒に騒いで疲れたのか庵はソファーの上で眠っていた。
私はソファーのすぐ近くに腰を下ろした。庵の顔を覗いて目元と頬に微かに浮かぶ涙の跡を優しくなぞる。
すると、少し低い声が部屋に響いた。
「莉樹、庵は此処にいて楽しく過ごせるかな」
コウは少し寂しそうに笑って寝ている庵を見る。
「私は庵ではないから、何を思ってるかはわからないな」
私はもう一度、庵の目元をなぞった後コウの隣に座った。コウは新しい仲間ができる度にこうやって寂しそうに笑う。私が蓮と最初に手を差し伸べた人がコウだった。
「でも私は『黄華』というもので庵を縛りたくないから、もしも庵が私達の手を離すと言ったら私は黙ってそれを受け入れるよ」
この言葉にまたコウは寂しく、少し悲しさの混じった笑みを浮かべた。周りに視線を向ければ、ハルはパソコンを弄りながら要と蓮は目を閉じて私達の会話を静かに聞いていた。
「ただ私達の手を離さないのなら……私はずっとその手を離すつもりはない」
そんなコウに強くハッキリ自分の意思を伝える。
「そっか……!」
私の言葉に満足したのかコウはいつもと同じ、可愛らしい笑みを浮かべた。
その笑みに安堵し小さく息を吐いた。
「蓮……」
「ん?」
「ウィッグとって」
後ろにいる蓮に声を掛けて立ち上がる。
「出掛けるのか?」
「……ん」
「え、莉樹姉もう外暗いよ?」
当たり前だ、今は夜の九時だからな。でも今日は絶対に行かなきゃいけない場所がある。
「今日は、あの日だから」
「あー、そっか……」
ハルは納得したのか小さく頷き、ふわりと微笑んだ。
「それは絶対に行かなきゃダメだね。庵は私達が近くにいるから大丈夫だよ」
「ん、ありがと」
「莉樹……気をつけて」
今まで黙って聞いていた要が、私の服の袖を掴んだ。敵対してるチームが近づいてこないか心配なのだろうか。
「大丈夫、いってくる」
私はそんなに弱くない。それを知っているから、要は他に何も言わない。
「……いってらっしゃい」
要はウィッグをつけて髪が短くなった私の頭を撫でて名残惜しそうに手を離した。
黒いパーカーのフードを被り、玄関を出て外へ向かった。できるだけ、はやくあの場所に行きたい。その思いだけで私は足をはやく動かした。