10 男装女子
「どこだよ、ここ」
目の前の一軒家を見て眉間に皺を寄せる庵。
「どこって……俺の家」
「はぁ?」
「だって庵、帰る場所ないだろ?」
「…………」
「大丈夫。親なんてものいないから」
パーカーの内ポケットに手を入れ鍵を探す。
ガチャりと音を立ててドアを開く。
「ただいまー」
「……おじゃまします」
「庵、おじゃましますじゃない。今日からここがお前の家なんだから『ただいま』だろ?」
私の真剣な表情に少し戸惑い庵は静かに息をのんだ。
「……た、ただいま」
少し恥ずかしそうに頬を赤く染めて言う庵が可愛く見える。
「おぅ、おかえり」
ニコリと笑って返事をすると庵もつられたように微笑んだ。
「取り敢えずリビングに行くかぁ」
そう言った時、ふいにシトラスの匂いが香った。気づくと視界いっぱいに見慣れた金髪が見えた。どうやら私は今蓮に抱き着かれている状態らしい。
「おかえり、遅くて心配してたんだけど」
「……っただいま、ごめん」
耳元で喋るのは正直やめてほしい。耳と首に息がかかって非常にくすぐったい。
「今日遅かったな。何かあったの……か」
私の後ろに立っている庵に気づいて蓮は深く息を吐いた。
「見つけたから拾ってきた」
「はぁ、お前なぁ。拾うのはいいが家に連れてくる前に連絡入れろって言ってるだろ」
「そうだったか?」
「…………」
諦めた様に何も言わなくなった蓮を見て不思議に思い首を傾げる。
「あんた名前は?」
「庵……だけど」
「んじゃ、庵。お前帰る場所ないのか?」
「ない……」
庵は目を少し伏せながら答えた。
「仕方が無いからここに泊めてやるけど、ちゃんと働けよ?」
鋭い目で庵を見る蓮に苦笑いを零す。
さて、蓮から許可も貰った事だし風呂でも入って来ようか。
「蓮」
「おー、了解」
--------……………ーーーーーーー
「……は?!」
風呂に入り終わってリビングに入ると庵が私を見て大きな声を上げた。
「何?」
「え、だって。俺の勘違い……?」
庵はさっきから人の顔をじろじろとみて独り言を言っている。一体何なんだ。
「……ぶはっ」
「おい、蓮」
蓮は肩を上下に揺らして笑っている。相変わらず庵は立ち尽くしてブツブツ何か自問自答してるし。一体私が何をした。
「あー、笑った。庵心配するな」
蓮は目を細めてニヤリと笑った。
「こいつ正真正銘の女だから」
「はあぁぁあぁぁ?!」
庵の声がリビングの中で反響する。さっきよりも確実に大きい声で叫ぶ庵を怪しい人であるかの様に見る。
「ははっ、ナイスリアクションだ!」
そう言って笑い転げる蓮に冷めた視線送る。庵はというと、まだ口を開けて唖然としている。
「莉樹の男装完璧だろ。この姿見ないと誰も莉樹を女だと信じないんだよな」
「別に好きで男装してる訳じゃないし」
少し口角を上げて話している蓮の様子を見ると蓮も庵を気に入ったようだ。
「俺本当に男かと思ってた……」
「初めはみんなそう言うよ」
「あ、でも莉樹の手を握った時男のくせに小さくて細い手してんなって思ったわ」
「まじかよ。意外と鋭いなお前」
「でもまさか女だとは思わなかったわ」
「女だと何か問題でもあんの?」
微かに笑う庵を目を細めて睨む。殺気が混じっていたようで庵は一瞬だけピクリと肩を揺らした。
「ナニモナイデス」
「……………」
「ほら、莉樹拗ねないで。庵が困るから」
「そんなもん知るか」
久しぶりに女の姿で黄華以外の人と話した。蓮と二人でもいいけど、たまには三人で居るのもいいかもしれない。家に庵という存在がきた今日、そんな事が頭に浮かんだ。