表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/23

プロローグ 其の貳


 それが人間の声じゃないと気づいたのは、5歳の時だ。

 俺の家族は、両親を合わせてなんと6人。4人もの兄弟に囲まれての生活だった。やや年の離れた姉と兄は喋々喃々とよく喋る性格だったし、多少五月蠅いのもデフォルトとして認識されてしまっていたのだ。

 けれど、1歳の妹と2人きりで留守番をしている時に、その認識は一変させられる。

 1歳なんて年では、人間はまだまだ喋れない。はっきりと意味を持った言葉を喋るには、もう少し時を待たねばならない筈だ。

 なのに、俺にはその声が聞こえた。

 母親がマンションの入口まで、荷物を受け取りに行く間だけ。そのほんの2、3分の留守番が、俺の世界を変えたのだ。


『かわいいね』

『かわいいね』

『ふたりとも』

『かわいいね』


 明らかに妹が発したものではない、発音のやけに明瞭な音声。

 5歳の浅知恵とはいえ、俺は音源を必死になって探した。当時から読書家だった影響だろう、俺は5歳にして幽霊なる存在を知っていたし、子どもを攫うお化けなんて枚挙に暇がなかった。妹が不思議そうな顔をするのも構わず、俺は半狂乱になって声の聞こえてくる方向を探ったのだ。

 そして、それを見つけた。

 話しやすいようにとの配慮だろうか、ティッシュ箱の上に座ったそれは、俺の顔をじっと見つめてきたのだ。いや、目なんかどこにあるのか分からないから、視線の行く先なんて分かる訳がないのだけれども。

「……きみが、はなしてたの?」

『うん、そうだよ』

 それは答えた。

 くすりと、笑ったような声で。


『ねぇ、君の血、吸っていい?』


 蟋蟀峠蜻蛉――――虫の声を聴ける男。

 そんな俺の、虫との付き合いを避け得ない人生は、恐怖に狂っての逃走から始まったのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ