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第3章 其の伍


「と、いうことが昨日あったんだ」

「ツッコミ所が満載過ぎてツッコみ切れないよっ!?」

 色々と、そう本当に色々とあり過ぎた日の、その翌日。

 下校時、俺はお馴染みのメンバーと一緒に帰路に就いていた。

 鎌谷桐杜、雨降しおり、雨降爽乃――――そして、ゴキ子である。

 結局ゴキ子は、なんの因果か学校に居座ることになり、今日もこうして授業を受け(ぶち壊し、とも言う)、何事もなかったかのように平然と家への道を歩いているのだ。盗人猛々しいとは正にこのこと。神経の図太さに関しては、本気で感心する。

 今日だって、遍く授業が崩壊させられたんだぜ? 何故だかクラスメートは軒並み慣れてしまったらしくて、殆ど動じてすらいなかったけどな。先生方がひたすらあたふたしていた感じだ。独り相撲を取っているだけのように見えてしまったということは、俺も徐々にゴキ子に毒されているということなのかね。

 ゴキブリに、毒ってないと思うんだけどなぁ。

「ツッコミ所…………うん、あるよな。あり過ぎるよな。俺はもう、途中から数えるのをやめたけど」

「冷静に言わせてもらうなら蜻蛉、僕は君がそんな不健全な生活を送っているとは、夢にも思っていなかったよ」いやに棘のある口調で、桐杜が不機嫌に言ってくる。「僕は一応、君とは長い付き合いだからね。君の人となりは理解しているつもりでいたんだけど…………婚前交渉の一環かなにか知らないけれど、学生の身分で女子と同棲というのはどうなんだろうね。今までの君を知っている僕からすると、おおよそ考えつかない行動ではあるのだけど、けどどうやら事実のようだし、これは然るべき機関に対して弾劾しなければならないんじゃないかな。少なくとも、僕が最低限真っ当な人間ならば、そうするのが国民として当然の義務なのだし……」

「……桐杜、お前今日やけにきつくねーか? 突然不機嫌になりやがって……」

「別に? 僕は不機嫌でもなんでもないよ。ただ、親友で付き合いの長い幼馴染みの君が、僕に対して隠し事をしていたとか僕に黙って同棲をしていたとか僕のことはそういう目で見ていないのがはっきりしたとか、そういうことに対して若干腸の水温が上昇したとは、言わざるを得ないだろうね。僕は君に嘘を吐きたくないし。あぁでも君は僕に嘘を吐いたんだっけ、嘘とは言えないまでも隠し事をしていたんだっけ。そうなると、僕1人がいつまでも誠実でいるのはどうなんだろうね。人間関係は鏡だとよく言うし、僕も君に倣って少しは狡賢く卑怯に狡くやってみるべきなのかな」

「落ち着けよ、なんでそんなアクセル全開なんだ。……おい、しおりからもなんか言ってやってくれ」

「えー、どうしよっかなぁ?」ころころと変わる表情を悪戯っぽく歪ませて、しおりは意地悪く言う。「こればっかりは、フォローのしようがないと思うんだよねー。蜻蛉ちんの鈍感が悪いと、そう言わざるを得ない。恋人欲しいって割には、人をそういう目で見ていないんだよねー。ま、そこが蜻蛉ちんの持ち味でもあるんだけどさ」

「……すまん、意味が分からないんだが」

「わたしだって、恋に恋して夢を夢見る、ダーリン募集中の女子高生だからねー。人の恋路には敏感なのですよん」

「爽乃、通訳頼む」

「…………いや、おれの口からは、ちょっと」

「駄目元でゴキ子」

「そんなことよりご主人テメーこの野郎。今からこのメンバーで乱交ですか? 童貞の癖に」

「お前に訊いた俺もバカだけど、お前はそれ以上の大バカだなっ!」

 畜生、なんなんだっつーのこれは。

 言っている間も、桐杜は始終不機嫌のままで、頬を膨らませ明後日の方向を向いてしまっている。本来男子がやってもまるで映えることのない仕種ではあるのだけど、桐杜がやると不思議と絵になるのである。流石、クラスの女子からも人気を集める男子界のアイドルだ、と感心はするけれど、あまり羨ましいとは思わない。

 親友故に、かね。

 取り敢えず頭を撫でてみた。…………反発しないところを見ると、そこまで重篤に拗ねている訳でもなさそうだ。この分なら、明日の朝には機嫌を直してくれているだろう。

 本当に、分かりやすい幼馴染みだ。扱いやすいとも言うけれど。

「…………あんまり、僕を安い男だと、思わないでくれよ。蜻蛉」

「なんだよそりゃ。……まぁ、隠し事していたのは悪かったな。事情が事情だし、俺も整理し切れていなかったんだ」

「いいよ、もう。……僕も、ちょっと大人げがなかった。……反省、しているよ」

「ん、そうか」

「お、お相子だからね? そこを忘れないでくれよ? 蜻蛉」

「分かってるっつーの」

 言いながら、もう1回くしゃりと桐杜の頭を撫でてやる。柔らかい髪が指にまとわりついて、なんだか気持がいい。

「ゴキ子ちん、分かった? これでも気づかないような鈍感野郎なんだよ、蜻蛉ちんは」

「うゎ、これは……正直かなり萌える展開ですが、しかしこれでなにも感じないっつーご主人テメーこの野郎は、実はマジで不能だったりするんですかね?」

「……季語さん、男としてはその言葉、地味に傷つくんで……」

 後ろで三人がなにやらひそひそ話をしているが、無視しておこう。なんか、俺が聞くべきじゃない話な気がする。

 そのまま歩を進めていくと、一本の分かれ道に辿り着く。俺の家まで残り10分と迫ったそこが、俺と他の奴らとを隔てるY字路だった。

 俺(とゴキ子)は右側。

 対して、桐杜たち3人は、左側の道だ。

「んじゃ、ここでお別れだな。次に会うのは、月曜日かな」

「あ、う、うん……そう、だね。今日は金曜日だから、うん、2日、休みだ」

「? なんでそんなに残念そうなんだよ、桐杜。お前、本当に学校好きだよな」

「ち、違…………う、うんまぁ、勉学の徒としては、嫌いでいるよりはきっと、好きでいた方がいいだろう? 精神衛生上、さ」

「ははは、お前らしい理由だよ。それじゃ、また月曜日な、桐杜。しおりと爽乃も、じゃあな」

「あっはははは、そのついで感溢れる別れ方は、なんだか蜻蛉ちんっぽいねー。若干ムカつくわー」

「…………お疲れ様です、蜻蛉さん」

「んじゃーお3方、また3日後に会いやがりましょう、アデュー」

 個々人のらしさが存分に溢れ出た挨拶でその場を締め括り、俺たちは別々の道を銘々勝手に帰っていった。

 あとはもう、ずっとこいつと一緒、か。

 …………胃が痛いなぁ。

 ゴキ子が問題行動ばっかり起こすから、巻き添えで俺まで目をつけられてしまった。教師陣から浴びせられる視線がやけに痛いし…………この分じゃ、クラス内での俺の人気は右肩下がりだろう。逆鰻登りだ。彼女が欲しいという希望が、どんどんどんどん遠ざかっていくのが分かってしまう。

 まぁ、実際できたとしたって、ゴキ子と繭遊という2大障壁が立ち塞がっているのだが。

「……あ、そうだ繭遊」

「はい? なにを妹のことなんかしれっと思い出してんですかこのシスコンつるぺた愛好家が。目の前にたゆんと揺れる神乳の持ち主がおわすんですから、この乳を弄ぶなりむしゃぶりついて歯型を残すなりして、存分に遊び尽くせばいいじゃないですか。あんな妖怪塗壁みたいな胸の娘っ子のことなんか、一瞬にしてどうでもよくなっちまいますよ?」

「あぁうん、ちょっと黙っててくれるかゴキ子」

「…………ご主人テメーこの野郎。私みたいなね、自分の場を作りたがる女の子っつーのはね、無視されるのが1番辛いんですよ? 虫だけに、無視が辛いんです」

「……………………」

「……はい、今のは反省してます」

 他にも反省すべきところは山ほどあると思うんだがな。口には出さないけれど。

 蠅叩き、殺虫剤に次いで第3の選択肢、無視を見つけた俺は、一応実家の方に連絡をしておくことにした。取り逃がしてはしまったものの、繭遊を見つけたということ自体は報告しておいた方がいいだろう。本来なら昨日の内に連絡しておくべきだったのだが、ゴキ子の作った味噌汁を飲んだ瞬間気絶をしてしまったのだから、不可抗力という奴だ。仕方がないことなのだ。

 でも、ちゃんと家に帰ったんだろうか、繭遊の奴。

 靴はうちに置きっ放しだしなぁ。まさか、裸足で帰ったのか? 揚羽宮を追って出ていったまま?

 …………うちの妹が、21世紀に生きる人間だと思えない。

 と、嘆きながらも携帯電話を弄っていた、その時だった。


『なに? あれ』


「へ?」

 突然聞こえてきた、か細い虫の声。

 感情が読み取り難いのはいつものことだったが、それはどこか、呆然とした響きを持っているようにさえ思えた。なんだか、なにかに絶望でもしているかのような、そんな調子。未知でありながら、その脅威だけは既知であるかのような声音。


『なに? あれ』『なに? あれ』『なに? あれ』『なに? あれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』『なにあれ』


「ご主人テメーこの野郎っ! 上っ!」

「え――」

 夥しい声が鼓膜を劈く。その中に混じっていたゴキ子の声に反応して、俺は思わず上を向いた。

 夕陽は、今日はまだ差していない。陽が落ちるのが遅くなってきているのだろう、今日の空はまだ、その名に相応しい空色だ。

 いくつか、綿菓子みたいな雲が浮いている。

 そんな上空から降り注いできたのは――――手榴弾だった。

 いくつもの、数え切れないくらい多くの手榴弾。黒々とした小さなパイナップル上のそれは、間違いなく俺たち目掛けて落とされている。

 こんな、こんなことをしてのける奴を。

 俺は、たった1人しか、知らない。

「ご主人テメ――」

「ゴキ――」

 互いに伸ばした手が、触れるか触れないか。

 そんな絶妙なタイミングで、手榴弾たちは、図ったように爆発した。


 BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNNNNNNNNNNNNNG!!


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