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パンダ・ゴキブリ論争

作者: 山風勇太

 人間は、人間の基準でしか世界を見られない。


 その宇宙船は、宇宙の彼方から突然地球へとやってきた。そして、交渉相手として人類を指名し、次の要求を告げた。

 パンダ一頭、ないしゴキブリ百匹を差し出せ。

 全世界的な議論が巻き起こった。当初の論点は、おおよそ次のようであった。

 ――なんでパンダかゴキブリなんだ?

 ――パンダかゴキブリで、何をしようっていうんだ。

 ――地球の生物を調査するための、サンプルとか。

 ――それなら、もっと色んな生き物を指定するのでは。

 ――パンダのみ、ゴキブリのみから分かることなんて、たかが知れてるだろう。

 ――そこはほら、我々には想像もつかない科学力で……。

 ――他の可能性はないか?

 ――ペット?

 ――食料?

 ――分からん……一体、何が目的なんだ。

 しかし彼らの目的に関する議論は、すぐに中断されることになる。宇宙船から謎の光線が照射され、エベレストの上部千メートルが消し飛ぶのを目の当たりにしては、もはやそんな悠長なことをしている場合ではない。

 パンダとゴキブリ、どちらを差し出すか。議論はそちらへ移った。

 とはいえ……。

 ――そりゃあ……。

 ――ゴキブリだろ。

 ――だよね。

 ――パンダは絶滅しないように保護してるけど、ゴキブリは害虫だもの。

 ――いや、害虫と見なされてるかどうかは、地域によって異なるけど、しかしまあ……。

 ――数も圧倒的に多いしね。

 今回は、大分あっさりと結論が出た。こうして、彼らにはゴキブリ百匹を差し出すことになった。

 もっとも、「命の価値は等価ではないのか」「ひとつの命より百の命のほうが軽いのか」という議論は一部で続いたのだが……。



 ゴキブリ百匹を受け取った彼らは、しかし地球を去らなかった。人類に第二の要求を告げてきたのである。

 地球上のゴキブリ全て、ないし人間ひとりを差し出せ。

 前回よりも激しい議論が巻き起こった。

 ――ゴキブリの代わりに人間を犠牲にできるわけがない。

 ――しかし、地球上のゴキブリ全てともなれば、生態系にどんな影響があるか。

 ――人間が人間を差し出すなんてことができるか。

 ――たとえば、死刑囚とかなら?

 ――死刑囚であっても、宇宙人への生贄にするなど許されないはずだ。

 ――誰が許さないんだ。

 ――倫理的に許されないんだ。

 ――倫理は誰が決める?

 ――道義的に許されないんだ。

 ――道義は誰が決める?

 ――種を絶滅させるということこそ、取り返しのつかない罪ではないのか。

 自分が生贄になろう、と申し出る人もいた。それは、人類を愛している人だったり、地球を愛している人だったり、何もかも失って人生に絶望している人だったりした。が、ゴキブリを愛しているから、という人は特にいなかった。

 ともかくも、結局、倫理が、あるいは道義が、人間に人間を差し出させるということをさせなかった。人類は、地球上のゴキブリ全てを渡すと彼らに告げた。

 そして、いつの間にか地球からはゴキブリというゴキブリが姿を消していた。宇宙船も、いつの間にか消えていた。彼らは二度と地球に現れることはなかった。

 ある哲学者が、「彼らは人類の価値観を調べたかったのではないか」という見解を述べた。納得した人もあったが、反論も多かった。

 もしも選択肢が「パンダ全てか人間ひとり」だったら人類はどうしていたか、という論争にも、誰もが納得するような答えは出なかった。



 それから一億年の時が流れた。今でも地球では、多様な生物が複雑な生態系を形成している。しかし、かつて異星人に差し出された、ゴキブリと呼ばれたかの昆虫は、もはや存在しない。

 ゴキブリを差し出した人類も、とうの昔に滅んでしまった。



   おわり



 たまにはいつもと全然違うものを書いてみたかったんです。


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