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第4話 金髪の獅子、箱入り若君とまみえる

今回は新キャラ登場です。

今後ともお楽しみくださいませ。

スターレの北門近く、吹き溜まりのような共同墓地。

 そこには寒空に似つかわしくない、燃えるような黄金の輝きが満ちていた。

 この極北の地で、「ひまわり」を揃えられる組織など一つしかない。街の全経済を掌握し、住民の吐息すらも銀貨に変えると噂される『ゴールドバーグ商会』。ヒサメの手配により、その魔法温室で育てられた極上の大輪が、泥にまみれたオタマ婆さんの最期を埋め尽くしていた。


「……おい、あれ。ゴールドバーグ商会の『強欲な女狐』じゃないか」


「しっ、聞こえるぞ。あの女に目をつけられたら、明日には家も服も毟り取られる……」


 野次馬たちが、恐怖を押し殺した声でざわめく。

 馬車から降り立ったのは、二十一歳の若さで商会の実権を握るリノン・ゴールドバーグ。

 腰まで届くプラチナブロンドの髪を揺らし、均整の取れた優雅な足取りで歩み寄る彼女は、街の住人から「美しき銭ゲバ」と畏怖される存在だ。だが、そんな彼女が向かった先は、よりにもよって街一番のろくでなし、ガルハートの前だった。


「あら。一週間も見かけないと思ったら、随分と趣味の悪いアクセサリーを身につけて帰ってきたのね、ガルハート」


 計算し尽くされたような、冷徹な声。

 だが、その瞳は一週間ぶりに再会した男の「五体満足」な姿を、食い入るように確認していた。


「この間、全裸で賭場から叩き出されていた時は、そんな薄汚いバンダナは巻いていなかったはずよ。……まさか、いまだ鉄火場の第十四激戦区で、脳みそを落としに行っていたのかしら? 経営学的に言えば、死に場所を間違えるのは最大の損失よ」


「ガハハ! 脳みそなら最初から入ってねぇよ。こいつも、ちょっとした『預かり物』でな」


「ちょっとお嬢、朝っぱらから縁起でもないこと言わないでよ!」


 リノンの氷のような言葉を遮るように、赤毛のミーナがガルハートの懐へ飛び込んだ。

 ミーナはプラチナブロンドを揺らすリノンを強く意識しながら、自らの豊満な身体を、見せつけるようにガルハートの逞しい腕にぎゅっと押し当てる。


「アタシの大事な『お得意様』を勝手に墓穴に埋めないでくれるかな? アンタ、一週間も姿を消して、アタシがどれだけ裏情報を漁ったと思ってんのさ。リノンお嬢だって、アタシと情報を共有しないで、独自ルートの隠密まで使ってガルの居場所探しに金貨をバラまいてたくせにさ!」


 顔を赤くし、少し恥ずかしがりながらも、絶対に離さないと言わんばかりにガルハートに密着するミーナ。リノンも負けじと、耳まで赤くしてそっぽを向いた。


 かつて命を救われたミーナも、商会と貞操を命がけで守られたリノンも、彼が再び「死地」へ向かったと知ってからの七日間、気が狂わんばかりの夜を過ごしていたのだ。


「ま、生きて帰ってきたんだからさ。ツケの分は、これからたっぷり体で払ってもらうからね! ……でもさ、ガル。そのバンダナ……アンタって、本当にお人好しのバカなんだから」


「ガハハ! ツケに投資か。相変わらずお前らは、俺のケツの毛まで毟り取らなきゃ気が済まねぇらしいな。だが安心しろ! 俺の指先は鋼より硬く、女の肌にゃ綿より優しいからな!」


 刹那、ガルハートの熊のような剛掌が、リノンとミーナの尻を同時に、パーンと景気よく叩き上げた。


「「ひゃうんっ!?」」


 二人の悲鳴が重なり、墓地に響き渡る。


「な、ななな……何をっ! このっ、不潔な歩く負債! 破産しなさい! 宇宙の塵に清算されなさいッ!!」


 顔を真っ赤に沸騰させたリノンが、渾身の力でガルハートの頬を平手打ちした。


「もうっ! アンタね、この街でアタシの尻に触って、首と胴体が繋がっていられるのはアンタくらいだって、いい加減自覚しなさいよ! ……まったく、何回も同じこと言わせて、バカッ!!」


 ミーナも涙目になりながら、ガルハートの脛をガンガンと蹴り上げた。

 平手打ちも脛への蹴りも、痛痒にも介さず、ガルハートは再び剛掌を振り上げ、二人の尻をさらにパチーンと叩き返した。


「「……この、バカハートッ!!」」


 一触即発の修羅場。だが、その喧騒こそが、ガルハートが帰ってきた「日常」そのものだった。

 ……その「日常」を、最悪の軍靴の音が踏みにじりに来るまでは。


 石畳を荒々しく叩く、不規則な金属音。

 笑い声と罵声が混じり合っていた墓地の空気が、一瞬にして凍りついた。


「おいおい。朝っぱらから、随分と楽しそうに交尾の真似事をしてるじゃないか」


 吐き捨てられた言葉と共に現れたのは、磨き上げられた白銀の甲冑に身を包んだ男――ヒサメの兄、カイン・アルマ・スターレ。その後ろには、抜剣したままの警邏隊が重々しく展開し、葬儀の場を包囲していく。


カイン・アルマ・スターレは、内心で激しい焦燥に駆られていた。

 『アルマ』――スターレ家の正当なる継承者を示すその名を背負う彼は、名門パリス大学を優秀な成績で卒業した自負がある。だが、街の人々が口にするのは、いつだって妾腹の妹、ヒサメの武功ばかりだ。


「兄様……! 何をされているのですか。ここは弔いの場です。お引き取りを!」


 ヒサメの声が響く。その凛とした、淀みのない正論。それがカインには、自分を無能だと見下す嘲笑に聞こえてしまう。


(まただ。お前はいつもそうだ、ヒサメ。そうやって『正しい妹』を演じて、父様も母様も、この街の連中も……俺から奪っていく!)


「黙れ、アルマも名乗れぬ端女はしためが」


 カインは冷酷な仮面を被り、少し肉の乗った顎を上げた。切れ長の瞳が、痩せれば貴公子然とした輝きを放つであろうその眼差しが、今は歪んだ優越感に濁っている。


「弔いだ? くだらん。公道に不法投棄されたゴミを片付けるのに、礼儀など必要ないだろう。……それよりヒサメ、お前が庇っているその汚物ガルハートをこちらへ渡せ。部下を負傷させた罪、そしてこの街の景観を汚した罪で、今すぐ捕縛してやる」


「名門パリス大学で学んだ統治学によれば、法を乱す害獣に慈悲は不要だ。……ブッチたちを傷つけたこの男を野放しにするのは、スターレの正義に反する」


 カインの背後では、彼を「次期領主様!」と煽てて甘い汁を吸おうとする腰巾着の取り巻きたちが、「そうだそうだ!」「領主の威厳を見せてやれ!」と囃し立てる。カインは、自分が彼らに担がれ、操られていることにも気づかないまま、さらに一歩踏み出した。


そして、その軍靴が。リノンが用意した、ひまわりを一輪、無残に踏み潰した。


―葬儀場を支配していた喧騒は、吸い込まれるような静寂へと変わった。


 カインは、抜剣した警邏隊の中央で、少し肉の乗った顎を傲慢に突き出している。名門パリス大学で学んだ『効率的な統治』。彼にとって、法を無視して暴力を振るうガルハートは排除すべき「害獣」であり、その彼に情をかける妹ヒサメは、家の名誉を汚す「迷子」に他ならなかった。


「リノン。この男への投資は『損切り』しろと言ったはずだ。そしてミーナ、貴様の酒場も、犯罪者を匿うなら今日限りで営業停止だ」


 カインの声は冷徹だが、その裏には「自分が正さねば、この街はダメになる」という、彼なりの義務感が張り付いている。彼は本気で、これがスターレの未来のためだと信じていた。


「兄様……もう、おやめください……!」


 ヒサメが悲痛な声を上げる。その声が、カインのコンプレックスをさらに刺激した。


「黙れヒサメ! 貴様に何がわかる! 剣しか振れぬ貴様と違い、私はこの街の『明日』を背負っているのだ!」


 カインが声を荒らげた、その時だった。


「――シュゥゥゥゥゥッ!!」


 ガルハートの全身から、煮え立つような蒸気が噴き出した。  それは怒りという名の圧力弁が弾けた音。  ガルハートはゆっくりと、踏みにじられたひまわりの前に立った。


「ガハハ……。カイン様よ。パリス大学の教科書には、こう書いてなかったか? 『真に強い奴は、死人の花を踏まねぇ』ってよ」


「……何だと? 貴様、私に説教を――」


「あんたの『正義』が、この街を良くすることだってんなら……俺の『仕事』は、あんたの目ん玉にまで溜まった、その頑固な『思い込みのコリ』を根こそぎ揉みほぐしてやることだ。――一発、マッサージしてやるよ!」


ガルハートが木刀《世界樹》を軽く引き抜く。

カインは反射的にパリス大学で磨いた剣の構えをとった。師範代には届かずとも、その型は美しく、淀みがない。彼は本気で、この「ならず者」を正義の刃で裁けるとし信じていた。


「控えろ、犯罪者! アルマの名にかけて、私が貴様を更生させてやる!」


「いいぜ、カイン。……だが、俺のマッサージはちょっとばかり『揉み返し』がキついぞ?」


 ガルハートの瞳に、かつて戦場を震撼させた《金の傭兵王》の残光が宿る。



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