第3話 金髪の獅子、ひまわり色の嘘をつく
この回は賛否別れるかと思います。
今後の展開で必要になりますので今回も次回も楽しみながら読んでください。
面白くなるように頑張ります。
スターレの街に駆け戻ったガルハートが目にしたのは、最悪の光景だった。
色街の喧騒の中にある露店酒場の一角で、例の「便所の一件」で逆恨みを募らせていた警邏隊のブッチとガットが、オタマから奪った巾着袋を掲げ、酒を食らいながら笑い転げていた。
「ひひっ! 見ろよガット。この袋、あのクソババアったら、俺たちが蹴り飛ばしても殴りつけても、死んでも離さねぇんだわ。指を一本ずつヘシ折ってやって、ようやくもぎ取ってやったぜ!」
「『ムスコの金だ』なんて泣き言ぬかしやがって。案外、脆かったなぁ! 傭兵王(笑)のツレも、この程度の金で命乞いかよ!」
下卑た笑い声とともに、カタクリの刺繍入りの巾着が地面に投げ捨てられた。 それはオタマが客の股座を揉んで、何十年もかけてコツコツと貯めた、血と汗の結晶だ。それが今、泥にまみれ、ブッチの泥靴によって無残に踏みにじられる。
「……てめぇら。今の笑い声……誰の許可得て出してやがる」
地を這うような、心臓を直接握りつぶすような低い声が、色街の喧騒を一瞬で凍らせた。
ブッチとガットが、操り人形のようにギチギチと音を立てて振り返る。
そこには、額に「ムスコ」の形見であるバンダナを巻き、全身の毛穴からシュウゥゥッ!!と、大気を焦がすほどの激しい蒸気を立ち昇らせたガルハートが立っていた。
「……ガルハート!? な、なんだそのナリは、湯気出しながら泣いてやがんのか……?」
「……カタクリの花言葉を知ってるか? 『寂しさに耐えて、あなたを待つ』だ。婆さんがこの袋を一針縫うたびに、どれほどの想いを込めたか……てめぇらみてぇなドブネズミにゃ、想像もつかねぇだろうな」
ズン、と重圧だけで付近の酒瓶が粉々に砕け散る。 背中の木刀『世界樹』が、主の血管と同じ色、どす黒い赤色に明滅し始めた。
「謝る必要はねぇ。どうせ地獄へ行くんだ、手土産くらいは持たせてやるよ……てめぇらの使い物にならねえ四肢をな!」
次の瞬間、爆音とともに石畳が砕け、街の景色が歪んだ。 それは戦闘ですらなかった。 ガルハートは木刀を抜くことすらしない。 ただ踏み込み、ただ振るった拳が、大砲の弾丸のごとき「質量」となって悪党たちを粉砕していく。
「ガハッ……!? あ、あが……っ」
ブッチの腕が、オタマの指を折った報いとして有り得ない方向に捩じ切られる。
ガットの巨躯が、老婆を打ち据えた罪として、紙屑のように壁へとめり込み、肉塊へと変わる。
ガルハートが放つ蒸気は、浴びた返り血を即座に蒸発させ、彼を真っ赤な霧を纏う「修羅」へと変えていた。
静寂が訪れる。 血の霧が晴れるよりも早く、ガルハートは地面に膝をついた。 その巨大な掌で、泥にまみれたカタクリの巾着を、壊れ物を扱うような手つきで、そっと――本当に大切そうに拾い上げた。
「……わりぃな、婆さん。」
男の背中が、一瞬だけ激しく震えた。それは勝利の昂ぶりなどではない。一人の老婆が込めた祈りを踏みにじられたことへの、深すぎる悲しみ。
駆けつけたヒサメ・スターレは、その光景に息を呑んだ。 天下十剣として幾多の修羅場を潜り抜けてきた彼女の目は、ガルハートの「真実」を射抜いていた。 凄まじい破壊の跡ではない。
血の涙を流しながら巾着を愛おしそうに抱き、泥にまみれた硬貨の一枚一枚に宿る「母の命」を必死に呼び戻すかのように掻き集める、そのあまりにも孤独で優しい魂。
「これが、お前の『本性』だというのか……金の傭兵王……!」
ヒサメは、震える自分の手が、無意識に自らの胸を強く押さえていることに気づいた。 恐怖ではない。今まで誰にも、どんな名剣にも届かなかった心の最深部を、ガルハートの「共感と悲しみ」が、鋭く貫いていた。
だが、ガルハートは彼女を一顧だにしない。 巾着を懐に押し込むと、獣のような瞬発力で再び地を蹴った。 向かうは色街のどん詰まり、オタマの家。
「待ってろ、婆さん! まだ死なせねぇぞ……義理は、まだ果たしちゃいねぇんだ……ッ!」
立ち上がる蒸気。額に巻いた泥まみれのバンダナが、夜風に激しくなびく。 背負った木刀が月光を跳ね返し、ガルハートは闇の中を一条の黄金の光となって駆け抜けていった。
***
色街のどん詰まり、湿り気を帯びたオタマの家。 ガルハートが蹴破るようにして飛び込んだその部屋には、鉄の匂いに満ち、消え入りそうな命の灯火が一つあった。
「婆さん……! 婆さんッ!!」
ボロ布のような布団に横たわっていたオタマは、全身が痣と血にまみれていた。だが、駆け寄ったガルハートがその身体を抱き起こすと、彼女の濁った瞳が、微かに動いた。
「……あ……あぁ……ム、ムスコ……かい……?」
折られた指、震える手。ガルハートはその震える手を力強く、けれどこの上なく優しく包み込んだ。
「あぁ、そうだ。遅くなって悪かったな、お袋」
男の喉が、嗚咽を堪えるために激しく震える。ガルハートは額からバンダナを外し、懐から、先ほど拾い上げたカタクリの巾着を取り出し、その二つを彼女の手のひらに握らせた。
「これ……『給金』だ。北の戦場で、誰よりも勇敢に戦った。……これは、お袋からもらったバンダナだ。最後の一瞬まで、お袋を想って守り抜いた勲章だ」
それは、あまりにも真っ赤な嘘だった。 けれど、ガルハートが語る声には、王としての威厳と、息子としての情愛が、不思議なほどに同居していた。
「……そう、かい……。よかった……。肩を凝らせて……帰って、くるって……信じてたよ……」
オタマの顔に、柔らかな、ひまわりのような微笑みが浮かぶ。
「あぁ……あったかいねぇ……。ムスコ、の……手は……」
それが最期の言葉だった。 オタマの手から力が抜け、カタクリの巾着が布団の上に静かに転がる。 彼女の表情は、まるで長年の肩の荷が下りたかのように、安らかで、穏やかだった。
ガルハートは彼女の亡骸を抱いたまま、しばらく動かなかった。 全身から立ち昇っていた蒸気が、夜風にさらされて消えていく。
入り口で、そのすべてを立ち尽くして見ていたヒサメは、声を出すことすら忘れていた。 北の戦場を更地に変える武力を持つ男が、血の涙を流しながら、一人の老婆の尊厳を「優しい嘘」で守り抜いた。その孤独な魂の震えが、ヒサメの心の最深に木霊し続ける。
ガルハートは、よろりと立ち上がった。
そして、オタマが命懸けで守り抜いた巾着袋を、背後に立つヒサメへと放り投げた。
「……おいヒサメよう。その金で、街で一番派手な花を供えてやってくれ。……カタクリじゃねぇ。もっと、こう……笑っちまうくらい明るい花をよ。俺の髪みたいな、ひまわり色が最高だぜ」
その声は、いつもの下卑た笑いを含んではいたが、夜明け前の静寂にひび割れた鐘のような悲しみを孕んでいた。
「……ひまわり、か」
ヒサメは、投げ渡された巾着の重みを感じ、それを胸の前で固く握りしめた。
「……わかった。私にできる最高の手向けを約束しよう。……ガルハート、お前は……」
ガルハートは、彼女の言葉を待たず、乱暴に顔を拭った。
「ガハハ! さて、義理は果たした。……次は俺の『ケツ』を狙ってる連中を、更地にしに行くか!」
男はいつものように、空元気な笑い声を夜風に響かせ、夜明けの街へと歩き出す。 背中に背負った木刀『世界樹』が、朝日に照らされて黄金色に輝いていた。
ヒサメはその背中を見送りながら、自らの熱くなった頬を両手で押さえた。 破壊の化身。孤独な嘘つき。そして、世界で一番優しいろくでなし。
彼女の物語もまた、この朝日から、取り返しのつかないほど大きく動き出そうとしていた。
第一章 傭兵王と按摩婆 ひまわり色の噓 完
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