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第五章

 25日目の朝を迎える。

 今朝はまた格別な朝を迎えられた。

 この世界に来てから、毎日清々しい朝を迎えていたが、今朝はそれとは一線を画す快適さだ。

 それはこの祠には結界が張ってあり、魔物の脅威が全く無いということからだ。

 しかも音も全く無い空間であったこともあると思う。

 それに魔力が空間内に満ちており、今までにない程に魔力回復もしている。

 その他にも効果がありそうだ。


 「んーーーーっ、気持ちいいーーーーっ。」


 100日までに達成したかった事が、今日で4分の1になるが、殆ど達成していると言える。


 「今出来てるのは、操影、影縫い、影移動、影槍、影刃、影盾、水採取、塩採取、血抜き、毒抜き、送風、生命力吸収、魔力吸収、探索・・・といったところか。」


 未完成のものもある。

 「身隠し、黒粒界、空間収納、これは他人頼りか。影盾も風刃位は止めないと盾とは言えないか。」


 まだまだ鍛える必要はあるが、100日かけても無理かもしれないと思っていた頃に比べれば、かなりの進歩だ。

 しかも最高のねぐらもゲットしたしね。


 「後は剣も習いたいな。」


 いずれは街にも行って情報を集めたい。

 だが、それはまだ先の話だ。

 そう思っていると、黒豹が起きてきた。


 「おはよう。」

 「くぅぅぅぅぅんっ」

 と言いながら伸びをする。

 猫そっくりの伸びだ。可愛い。


 「今朝も鶏肉だぞ」

 そう言って、ホーク肉を二つ取り出し、一つを黒豹の前に、もう一つを自分で食べ始める。

 水も木皿と木カップに注いで。


 食べ終えるとまた、木刀を持って外に出る。

 すると黒豹も出てきて、頭で俺の背中をぐいぐいと押してきた。


 「なんだよ。どうかしたか?」

 それでも押してくる黒豹は、そのまま俺の前を歩いてこちらを振り返る。


 「付いて来いってことか?」

 「くぅんっ」

 「じ、じゃあナイフと鞄を取ってくる」


 そう言うと、

 「くぅんっ」「くぅんっ」

 「え?このままで?」

 「くぅんっ」

 「どこ行くんだよ」


 この質問には何も答えない。

 そりゃ喋るわけじゃないからな。

 結局、装備を持たずに黒豹についていく。

 湖を越え、黒豹は北東を目指す。


 「いや、こっちはダメだろ?」

 「くぅんっ」「くぅんっ」

 「えっ!?やばいオーラが半端ないって!」

 「くぅんっ」「くぅんっ」

 「どういう事だよ」

 「くぅうぅぅんっ」

 「何でもいいからって、そうは言っても・・・」


 やがて、最も危険な気配が漂う場所に着いた。

 黒豹は再び背中を押してきて、俺だけが前に出るように促す。


 おそるおそる数歩進むと、突然何もない空間に、黒い影が浮かび上がる。

 それは次第に段々と濃く、段々と大きく、段々とはっきりとした形になっていく。

 そして最後にそれは人型になった。

 顔は猫とも犬ともいえるような、明らかに獣人とかでは無く、俺の前の世界の知識の中で一番当てはまるのは、


 「ア、アヌビス神!?」

 俺の声に反応することなく、それは低く短く言った。


 「お主が?・・・来いっ」

 とだけ言う。


 (やばいっ、やばいっ、やばいっ、やばいっ、やばいっ)


 何でこんなことになっているのか全く分からない。

 動けずに震える俺を、黒き者が杖のようなもので軽く薙ぐ。


 「シュッ」「ぐふぁっっ」

 大きく右に吹き飛ばされた俺は、気絶寸前まで追い込まれる。

 明らかに本気ではないが、制裁の一撃だ。

 来いと言われたのに従わなかったからだろうか。


 一撃で満身創痍。だが、もう何発も食らっていられない。

 「うぉおおおおおお!」

 気合だけで木刀を上段に構えて黒き者に突進する。


 それを振り下ろす前に、

 「シュッ」

 先程よりは軽い、杖の横薙ぎを右脇腹に喰らった。


 「何だ!?違うのか!?」


 冷静になって考える。

 黒豹は俺が剣を学びたいと願ったことを受け取り、ここへ案内した。

 あの黒き者は俺を確認した。

 そしてかかって来いと言った。

 黒き者は俺を試し、間違った動きに制裁を与え、正しい動きへの導きを示している。


 「そうか、これは、「稽古」なんだ。」


 今度は木刀を正眼に構え、恐らく攻撃主体なら一番多いであろう突きを放つ、すると黒き者はそれを杖で最小限の動きで受け流す。

 俺は左足を一歩前に出し、その反動を使って回転し、黒き者の胴を狙うが、その前に回る途中の背中を杖で弾かれた。


 「ぐっふぅっ」

 もう何度目か、満身創痍でも止めは刺されない。

 いや、殺そうと思えばいつでも殺せる。

 でもそうしないのは、俺に剣術を教えてくれているのは明らかだ。


 俺はこの一連の動作に、何か基礎になる動きを教えて貰っているんだと気付く。

 そこからは早かった。

 制裁みたいな攻撃を喰らわないようにするには、この動きの後はこの行動が効率的、といった先を考える。


 「そうきたかっ・・・」

 

 そしてその黒き者はあまりにも言葉が足りないが、剣術の基礎の型を教えてくれているのだと。

 俺は気絶寸前を何度も繰り返しながら、基礎の型を学び取っていく。


 20回目のやり取りの後に、木刀は折れ、動けなくなった俺を見下ろして、黒き者は言った。


 「また来い」

 そう呟くと、現れた時のと真逆のように、形から、大きさから、濃さから崩れていって、現れた時より数倍早く消えていった。


 俺はその場で崩れ落ち、大の字に寝転がり、全身で息をした。その場でそっと目を閉じ、黒き者が教えてくれた流れを反芻する。


 俺の正面突きを奴が杖を当て左に半身で躱す、俺は突き出した剣を引き戻しながら奴の残った右足に低い袈裟切りで膝を狙い左足を引いて正面を向く、すると奴は右足を引き戻しその勢いで出来た隙、俺の頭部に袈裟切り、俺はそれを剣を上げて受け、杖の力を右に流すと左足を左前方に出して横一文字切り、奴はそれを杖を当てて躱すので左逆袈裟切りでその杖を浮かせる、そこへ袈裟切りを入れると奴は下がって最初の間合いになる。

 の5手で1合だ。


 そこから、少し下段の構えになっている剣をそこから最初のと同じ突きを入れ、今度は奴が右に躱し、先の5手の左右逆を5手打ち合い、合計2合の一連動作だ。


 また来い、とはこれが完璧に出来る様になったら来いという意味であろう。


 俺はゆっくりと起き上がると黒豹に、

 「戻って昼にしよう。」

 と声を掛ける。すると、

 「くぅんっ」

 と返事。

 「しかしナイフも持ってないのに、ここで魔物が出たらどうすんだ?」

 そう聞くと、

 「くぅうぅぅん」

 と、どうやら祠からここまでは、黒き者の気配が守ってくれているらしい。


 「そりぁ、律儀なこった。」

 言葉が合ってるかも分からないが、どうせ返事はないからいいかと独り言をこぼす。


 祠に戻ると干し肉を用意して食べ始める。


 「そろそろ肉の在庫が減ってきたな。午後か明日には狩りにでないと、だが今日一日俺は使い物にならないけどな。」


 そう言うと、黒豹が左前脚で地面を「ぱんっ、ぱんっ」と叩く。

 「ん?何だ?」

 もう一度、「ぱんっ、ぱんっ」

 「ここで休めって?」

 「くぅんっ」

 「いや、魔力は殆ど使ってないぞ。」

 「くぅうぅぅん」

 「ん?この反応。も、もしかして・・・ここは体力も回復するのか!?」

 「くぅんっ」

 もう何度か目のドヤ顔であった。


 「凄いなぁっ!」

 俺はささっと食事を終え、横たわる。

 先程の特訓で数十回は気絶直前の攻撃を喰らっている。

 体中が打撲で痛い。

 横たわった際に其処ら中が悲鳴をあげた。

 が、疲れの方がそれを上回り、一瞬で寝落ちるのであった。


 小一時間位寝たであろうか、体力は3分の1位は回復したか。

 これなら走れる。

 「まだ全快ではないから、サポート頼めるか?」

 「くぅんっ」

 「よしっ」

 ナイフと鞄を持つと、丘の先に行って森を見渡す。

 「索敵っ」

 1km程の円状の範囲内を探る。

 先ずは空の魔物がこの範囲には居ない事が分かる。


 そしてその円状の形を目の前の森だけに絞っていく、3km位先まで伸ばした扇型で探す。

 「やっぱりここらの森は強そうなものが多いな。」

 反応が殆ど知らない形でどれも大きい。


 「近いものだと熊の形に近いのがいるな。それにするか?反応は動物だな。」

 「くぅんっ」


 強い魔物がいる中で生息できる動物だから、それなりに強そうだな。

 が、黒豹が大丈夫だと言うなら問題ないだろう。

 目標が熊(自称)なら他の魔物に接触することもなさそうだ。


 影移動で素早く熊に接近する。

 「影縫いっ」

 もう重力操作を加えた新影縫いは、普通に影縫いと呼ぶ。


 目の前の熊は、立ち上がると5メートルはありそうな大物だった。

 そこへ黒豹が飛び込み、熊の喉元に食らいつく。

 「グルルルルッ」

 唸り声が響くが、牙は深く届いていない。


 影縫いで動きを封じているとはいえ、そう長くは持たない。

 「影縫いが切れるぞっ」

 「がぅっ」

 と唸り、熊から距離を取る。


 熊の反撃は重く、避けた前脚の一撃で周囲の木々が軽々と倒された。

 それでも黒豹の動きには危なげがない。

 熊の攻撃後にできた隙を狙い、俺は影縫いと影槍で追撃し、同時に生命力吸収で体力を回復する。


 「グゥゥゥッ」

 効いてる。

 そこに黒豹もかぶりつく。

 そして暫くすると影縫いを解かれて離れる。


 この攻撃をもう三度繰り返した所で熊は倒れる。

 「ふぅう。何とか倒したな。」 


 血抜きをここで済ませることにする。

 一応黒豹に血はいらないか確認すると、

 「くぅんっ」

 「そうか、じゃあ、血抜きっ」

 「祠の前で火を熾しても大丈夫か?」

 「くぅんっ」

 「そうか、じゃあ材料も運ばないとな。」


 俺は操影で熊を運ぶと、先程熊に折られた木を集め、それも影で運び、祠に戻る途中に大朴葉も多めに採取しておく。


 丘に登ると熊を操影で釣り上げ、解体していく。

 大朴葉をいくつか並べ、その上に置いていく。

 大方解体が終わると、今度は木材加工。


 皮を切り取り、枝を落とし、根元の部分で大皿を二つとその次の部分からも中皿を二つ、それ以外に長さ3mで一辺が10cm程の角材を9本作る。

 それらをまとめて水分を抜く。

 9本の角材で3つのトライポッドを作る。


 その作ったポッドに熊皮を被せる。

 切り取った葉付きの枝を更に被せる。

 隣で焚き火を熾し、解体した肉の4分の1程度をポッドの中に設置する。

 枯れ葉を集め焚き火の中から炭を取り、入れると、燻製にしていく。


 「今晩どの位食べられる?内臓だけでも結構な量があるぞ。」

 「くぅーーん」

 決めかねてる様子。


 「今日から肉は食べない分を生のまま保管するぞ。内臓も半分保存しとくか?」

 「くぅんっ」


 俺は空間収納には時間停止機能があることを知っていた。

 前世の定番と同じであるか、みつかいさんに確認してあったからだ。


 俺は今食べる分の内臓と生肉を黒豹の前の大朴葉に、自分が食べる分を焚き火の前の大朴葉に、それ以外の生肉を大朴葉に何個かに分けて包み、穴の奥の空間収納に収める。


 俺はまだ陽があったから、重力操作2倍強で午前中の動きを反芻する。

 先程の熊との戦闘で得た生命力吸収で、3分の2程回復していた。


 それでもかなり短い時間で体力は削られ、水採取でシャワーを浴びて、それをまた水採取で乾燥させる。

 さっぱりとした中で、焚き火に串に刺した肉を並べて、それを眺めながら身隠しの練習。


 今回は内臓を少し貰ってたので、そちらから順に食べ始める。

 その後は焼けた肉を。

 「熊肉は少し癖があるな。」

 「くぅうぅぅん」

 「お前には関係ないか。」

 「塩だけでなく、胡椒や唐辛子なども手に入らないかな。」

 「そうだ、そのうち、ここに家を建てても良いか?」

 「くぅんん?」

  「祠の床は冷たいんだ。革を敷いても冷えるし。やっぱりベッドで寝たい。

 体力も魔力も全快するのはありがたいんだけど、もっと快適に暮らしたいんだ。

 調理器具を街で買って、ちゃんと料理もしたい。もちろん、お前の居場所もちゃんと作るつもりだ」


 (そうは言っているが、もう構想は殆どあるのだが)


 「どうだ?」

 「くぅんっ」

 「よしっ、やったぁ!」


 「ところでさ、お前って名前あるのか?」

 「くぅうぅん」

 「無いのか、じゃあ俺が付けても良いか?」

 「くぅんっ」

 「よしっ、じゃあ、「ヒョウ」ってどうだ?」

 「くぅんっ」

 勿論見た目の豹から取っているが、人の名前にも近い。

 俺の名前、ひゅうごとも相性がいいと思っていた。

 「よしっ、じゃあ決まりだ。ヒョウ。」

 「くぅんっ」

 その反応を見て、俺は言いようのない充足感に包まれた。


 俺は昔から猫が好きだった。

 というより、物心ついた時から、すでに猫がいた。

 三毛猫で、名前はチビ。

 小さい頃はそのお腹を枕にして、よく一緒に昼寝していた。

 「ぐるるるるっ」という喉の音と、心臓の早い鼓動が心地よくて、安心できたのをよく覚えている。

 少し大きくなると、もう頭を乗せることは許されなくなったけれど、それでも俺にとっては大切な存在だった。


 そんなチビは、俺が小学生の頃、ある日突然、姿を消した。

 数日後、祖父が言った。

 「チビはもう年だったからな、きっとどこかで死んだんだろう」

 そして続けた。

 「猫ってのはな、死ぬ時は飼い主に姿を見せないもんだ。……チビのことだから、多分あそこだろうな」

 祖父と一緒に向かった先には、硬くなって横たわるチビの姿があった。

 生まれて初めて、大切な存在を喪った瞬間だった。


 その数年後、祖父も他界した。


 俺は祖父っ子だったから、深く悲しみ、寂しさを紛らわせるように、野良猫に餌をやり始めた。

 「飼う」というより、ただ来る猫に餌を与えていたに過ぎない。

 小学生の自分には、それが精一杯だった。


 その頃、家の敷地の奥にあったお蔵が、俺のお気に入りの場所だった。

 特に気に入っていたのが、その自動施錠の仕組みだ。

 古い木造の引き戸の内側には、長さ20cmほど、幅5cmの木片が上下にスライドするように取り付かれており、戸を閉めるとその木片が床に開いた穴に「カチリ」と落ちて、鍵になる仕掛けだった。

 解錠には専用の道具が必要で、先端に折れ曲がった金属棒がついた取っ手を、特定の順番と動きで差し込み、木片の溝を引っ掛けて持ち上げる。

 それが上手くいくと引き戸が開く仕組みだ。


 毎日その戸を開けたり閉めたりして遊んでいたある日、扉の隙間から中を覗くと、蔵の奥の暗がりに、夕方の光を受けて浮かび上がる二つの黄色い目が見えた。

 黒猫だった。

 怖いとは思わなかった。

 むしろ・・・かっこいい、と思った。


 それ以来、毎日決まった時間にその黒猫に会いに行くようになった。

 家にあったカニカマを持っていって与えると、嬉しそうに食べた。

 母は、俺が毎日カニカマを食べていると思って、切らさず買ってきてくれたおかげで、俺は毎日黒猫に会えた。

 「クロ」と名付けたその猫は、蔵の壁に空いた空気穴から出入りしていたのだろう。

 しばらくは、俺とクロだけの秘密の時間が続いた。


 だがある日、父が久しぶりに蔵を開けたとき、赤と白のカニカマの残骸を見つけて激怒した。

 蔵の穴は塞がれ、クロは二度と現れなかった。


 その出来事がきっかけで、俺の中で黒猫への思いはさらに強くなった。

 いつか、絶対に黒猫を飼いたい・・・。

 だが現実は厳しい。

 一人暮らしで、時には終電を逃してネカフェ泊まり。

 ペット可のアパートでもなかったし、猫を迎え入れられる環境ではなかった。


 その代わり、動物園に行くとネコ科のコーナーに張りついた。

 特に黒豹――その漆黒の毛並みには気品があり、見るたびに心が惹かれた。

 今思えば、ヒョウとの出会いも、もしかするとみつかいさんが用意してくれた、俺の“望む世界”の一つだったのかもしれない。

 ふと、そんなことを思った瞬間、

 「ピンッ」と胸の奥に響いた。


 あぁ、そうだったのか。

 どれだけ感謝してもしきれない。

 本当に、ありがとう。


 30日目、あれから5日が経った。

 今日あたり黒き者、アヌビス神(自称)に挑戦しようと思う。

 この5日の間に、彼から教わった型はすべて習得した。

 先日の2合では、最初の突きに左へ、次の突きに右へと避けられたが、逆の右・左パターンも左・左、右・右もだ。


 さらに、俺自身がアヌビス神側になった場合の動きも想定し、合計8通りの型を繰り返し練習した。

 これが基礎だというなら、この先はどれほどの型があるのか見当もつかない。

 だが、それが逆に楽しみでもある。


 それとこの5日の間に狩りも行った。

 熊肉はまだ残っていたが、焼くだけでは癖が強すぎて、ワイルドボアを狩ってきた。

 こちらはその日食べる分以外は全て生のまま保存してある。


 魔法の訓練では、大きな成果はないかな。

 当然全ての魔法の精度や強度は上がってはいるが、身隠しは未だ祠の認識阻害には程遠いし、それ以外もだ。

 でも恐らくだが、魔力量は当初よりかなり増えている実感はある。

 感覚でしかないが、転生初日に比べ、10倍にはなっている。


 これはこの祠に引っ越してから加速的に上がった。

 先ず、身隠しを祠の認識阻害のレベルまで近づけようとすると、驚くほど魔力を消費する。だが、祠で一晩休めば魔力は完全に回復する。

 使えば使うほど強くなる。

 理想的な環境だ。


 あと、久しぶりに海に行き、塩の採取と海魚を狩ってヒョウと食べた。

 ヒョウはやはりネコ科なのか非常に喜んでいた。


 それではアヌビス神に稽古を付けて貰いに向かう。

 ヒョウにも来て貰って。

 前回と同じように何もない空間から現れたアヌビス神に、


 「アヌビス神様、今日も宜しくお願いします。」


 と頭を下げ、木刀を正眼に構える。

 するとアヌビス神も右足を軽く引き、右手に持つ杖は石突を浮かせて構える。

 それを合図に。


 「とぉおっ!」

 一突き目から全力で挑むが、やはりかわされる。

 それでも次は当ててやると、2手目も勢いよく引く。

 まるで約束組み手のように、動きは流れる。

 まあ、約束組み手のようなものだが。

 そして右下段の状態になっている構えを、すっと正眼に直し、突きの間合いまでじりじりと詰める。続けてもう2合を突きから始める。

 と、今度は右に避けた。


 「やはりな。」

 俺は4つのパターンをいつでも切り替える練習をしてきていたので、あっさりと対応して見せた。そして後半1手の突きは、右。


 「そうきたかっ。」

 そうやって1合ごとに左右を入れ替え、全部で10合を打ち合った所で動きがあった。


 俺は少し肩で息をし始め、下段から正眼に直す際に少し時間を取って息を整えようと図ると、それを悟ったかのように、アヌビス神はゆっくりと、明らかに先程までとは違う構えを取る。

 正眼の構えだ。

 しかも、その杖は何故か剣のように短くなっているのだ。

 アヌビス神は2m近くある巨体に、同じくらいの長さの杖を持って現れたが、今はその杖を石突を先頭に剣の様に持ち、長さも人の剣よりは長い、150cm位になっている。


 この変化には驚いたが、この構えになることは想定済みであった。アヌビス神の突きが来る。

 じっと構え、その瞬間を逃さぬように。しかし、


 「シュッ」

 と突き出た杖は、想定の数倍早く、うろたえたが次の足への袈裟切りの回避で整えた。

 が、その後の逆袈裟に完全に上半身の力を奪われ、1合終わるまでに3回当てられた。

 しかも最後2合目の袈裟切りに、俺は地面に叩きつけられていた。


 「マジかっ、まだこんな差が。」

 攻守が変わるとこんなにも差があることが判った。

 俺は今日1撃は絶対入れると気合を入れてきたが、自分の未熟さを痛感した。


 しかし、アヌビス神はまんざらでもない表情で、

 「次は真向切りで来い。」

 と小さく言ってきた。


 俺は今度は上段の構えで間合いを詰め、そのまま振り下ろす真向切りを初手にする。

 それを左に避けられてからの動きを、間違ってれば杖で叩かれ、合っていれば次の動きといった流れを、初めて習った日と同じように切り離れる1合まで覚え込む。


 すると今度は、

 「次は袈裟切りで」

 とそう言われ、同じ様に1合を覚えるまで。

 その次は左袈裟切り、逆袈裟切り、左逆袈裟切りと初手を変えた5合を覚えると、お昼休憩もなしに日が傾き始めるのだった。


 「また来い」「それと我はアヌビス殿ではない」

 「え!?」

 「我の名は、闇の妖精王テネブラエである」

 そう言ってテネブラエは消えていった。


 帰り道、祠に戻りながら思った。

 初手が6通りで左右の回避で12通り、後半も12通りあるので、144通りかぁ。

 たった10合の打ち合いに144パターン想定だなんて、どんな大変な作業だ。

 剣の道って凄いな。

 これ、残り70日で覚えられるの?


 「家建てるのはいつになることやら。」

 家は雨季に入る前には間に合わないな。

 と俺は思った。


 こちらの世界にも雨季の様なものがある。

 みつかいさんに聞いていた。

 俺は当初この世界に着いた時は、季節は秋だと思っていた。

 アケビが摂れていたからだ。

 しかしその後、野苺にイチジクまで。

 そこで聞いたのだ。

 日本でいう5月に相当していたと。

 それから30日。

 今は6月に入っている頃だ。

 そして日本の梅雨に近いものもあると。


 「祠の前だけでも屋根を作っとくかな。」

 祠に帰ると食事と水浴び、魔法訓練を行って、寝落ちるであった。


 その翌日、俺とヒョウは祠から南西に向かって下り、川へ向かう。

 この辺りはここ一帯の森の中では一番凶暴な魔物が出る地域だ。

 今の俺の目標はそれらでは無い為、遭遇しない様に避けながら進む。


 この頃になると俺の身隠しはかなり効果があるようで、こちらからは視認出来ていても大概の魔物では気付かれない様になっていた。

 以前索敵の範囲外からブラックホークに襲われたような事態にはならないように、出発前には確認済みだ。


 今現在も1km範囲の索敵も同時発動させている。

 割と難なく川に辿り着き、久しぶりに水袋を持って川に飛び込み、川の水で水袋の補充と、自然の水で体を流した。


 その後、目的である土台に使う石を探す。

 川に揉まれ、丸みを帯びていて、少し平らで、上下がなるべく平行な形をしていて、更に同じくらいの大きさの石が4つ揃うことを条件で探す。

 かなり大変な作業ではあるが、俺はこれすら”探索”の応用の魔法で熟す。

 あっけなく4つ見付け、影で運ぶ。


 帰りには大きく育った針葉樹の中で、同じように大きな針葉樹と葉が触れている位近いものを間伐し、距離を置いて同じようなものを伐採し、4本になったところで石と同じく影で運んだ。


 祠に戻ると剣の鍛錬だ。

 重力は2倍強。144通りがいつでも繰り出せるようにだ。

 次にテネブラエと対峙する時にはそれ以上にだ。

 出来るだけでは受けに回った際に歯が立たない。

 もっとだ。キレも、速さも、正確さも、反応も。

 重力操作が2倍強だと昼まで持たない。

 影移動を戦闘に組み込む練習を間に入れる。


 午後も同じ。

 2倍強で型を練習し、バテたら影移動戦闘。

 暗くなったら水を浴びて夕食。


 夕食後は影で木材を加工。

 柱にする部分を4本の木の芯の所から作り出し、その他は梁、桁、垂木と作っていく。

 それらを水分操作で乾燥させる。


 先ずは一部屋分の柱と屋根を作ることに。

 土台の石を祠の穴を囲むように、横幅4m、縦に5mの所に置き、長さを変えた、短い柱は祠の左右に、長い柱は丘側の二つに立て、梁材を短い柱に合わせて水平に取り付け、桁をその端と長い柱に取り付け、その桁に垂木を取り付けていく。

 全ての取り付けは木釘でだ。

 まだ俺には鉄材がない。

 木釘は打たれる相手にも同じくらいの穴を開けて打っていく。

 俺には操影があるから、高い場所だろうが、細かい木釘の穴だろうがお構いなしだ。

 ここまでやると後は屋根張りだが、夜が更けてきたので魔法訓練で寝落ちる。


 そのまた翌日。

 昨日と同じく重力訓練と影移動戦闘訓練の連続を午前と午後に行い、日が暮れたら屋根張り。

 垂木に板材を下から、少し重なる様に張っていく。

 上まで張れたら、その板材に木の皮を貼り付けていく。

 出来るだけ細い木釘を、板材を貫通しない程度に、数多くだ。

 かなり細かな作業だが、影の同時発動で、木の皮がずれない様に、真っ直ぐにと張っていく。

 これで柱と屋根の完成だ。

 床と壁と部屋の増設は合間合間に行うことにする。

 今はテネブラエとの決戦に備えることが最優先。

 今日も魔法訓練で寝落ちる。


 40日目を迎えた。

 俺は今日テネブラエに挑む。前回打ちのめされた時、もう後10日は稽古を積まないと挑めないと思っていたが、まだ型稽古の合格を貰うのに、みつかいさんから頂いた特別猶予100日の内半分を使っては勿体ない。

 100日の内にテネブラエからは実践編まで学べるものは全て学びたい。

 何と言ってもテネブラエの機嫌一つで俺を簡単に殺せるのだ。

 俺がいつテネブラエの癪に障ることをしでかすか分からない。

 それにテネブラエのスピードが魔物の中で唯一といったものでもないからだ。

 以前戦ったブラックホークが放った魔法、風刃も自身が突進してくる突貫もどちらも音速を超えるものだった。


 俺は先日、その事を思い出し、自身のみでブラックホークに挑んだ。

 勿論ヒョウも来てくれたが手出しはしないで貰った。

 そりゃあ相手も警戒はしただろうが。

 3本目の木刀を持って。


 2本目の木刀は重力2倍強の訓練中に折れた。

 流石に木材では2倍強の重力に長くはもたなかった。

 それ以降は木刀にも影を纏わせ、強化して使っている。

 その日は強化だけでなく影槍を纏わせ切れ味も強化だ。


 一人だとかなり苦戦したが、ブラックホークの音速超えの攻撃も、テネブラエの攻撃を想定した練習の成果でちゃんと応対出来た。

 俺の影刃はスピードも上がっており、音速とまではいかなくとも十分にブラックホークを牽制出来、突貫に反応した俺は袈裟切りで右羽を切り、その勢いのまま左に450度回転して首を落とした。


 俺はこの時の止めの一撃の動きが、偶然ではあったがかなり気に入り、テネブラエの型には無かったが、いずれ必要になる動きだと確信し、型の練習に織り交ぜてきた。

 それが難なく出来る様になり、今日、テネブラエに挑もうとしている。

 何と144通りに加え、最後2合目の攻撃を”身躱し切り”と名付け、切るのを突きに替えたものを”身躱し突き”と呼び、その身躱し切り、身躱し突き、それぞれを左右回転で止めを刺すパターンを入れ、全部で720通りもの動きを覚えてきたのだ。


 これには自信を持っている。

 いつも通りにテネブラエが空間から現れる。

 が、いつも通りではないものが一つ、杖ではなく杖を刀に変形したものを最初から持っている。


 「ふん。そういうことね。」

 とだけ俺は言い、型は覚えて当然で、もうその次の段階でのテストなのね。

 そう思い、正眼の構えで間合いを詰めようとすると、テネブラエも正眼で間合いを詰めてくる。


 次の瞬間、

 「シュッ!!」「しゅっ!」

 お互いの突きが交差した。


 この動きを想定しきれていなかった俺に、僅かな隙が生じる。

 そこへテネブラエの次撃が俺の足に向かって放たれる。

 俺はそれを足だけ挙げて避け、その勢いで袈裟切りを入れる。

 最初はいつもと違ったが、型通りに動きが合っていく。

 やはり型とは実践に一番近い動きなのだと再認識させられる。

 今は奴のターンだ。1合目もきっちり抑え、6手目の突きも左に躱して型通りの動きになり、2合目もきっちり躱して距離が空く。


 (良し、テネブラエの攻撃に付いていけた。)


 次は俺からっ

 「しゅっ!」

 と突きを入れる。

 躱されてを繰り返し、2合が終わる。


 次はテネブラエのターン。

 と繰り返し攻守入れ替わる。少し奴のターンが多いが。

 そこで迎えた10合目の俺の攻撃に、身躱し切りを入れる。

 俺はこのタイミングを待っていた。

 前回終わった合数だ。

 ここで終わると一旦息が上がると踏んだのだ。

 しかも相手も慣れてきて隙が出来やすいだろうとの考えからだ。

 今まで見せたことのない動きで、奴の首を取った。

 と思った瞬間、奴は少しだけ無理な体制でそれを避け、代わりに剣を持っていない左腕を残し、俺に切られる。

 と、言っても俺の木刀では影槍を纏っているといっても傷すら与えることなく。

 それでも初めて、奴に1手入れたのは確か。

 両者の動きが止まる。


 俺は内心これで良かったのかと、心臓がバクバクする。

 教えた動きでないものを騙し討ちのように取られたらどうしようかと。

 キレられて滅多打ちされて、もう教えて貰えないとかあるのだろうか。

 俺は頭の中で悪い事ばかりがよぎっていたが、テネブラエの大きな獣のような口元が、僅かに上がったのが見えた。


 「やるなお主よ、次だ。」

 「は、はいっ。」

 「次は北西にある祠に迎え。」

 「ほ、祠ですか?」

 「うむ。その階段を降りた先に大黒蛇がおる。そやつを倒してこい。」

 「倒したら我の所にこい。」

 そう残して消えていった。

 今日は随分と饒舌だな。と思いながらも、心では大きく


 (畏まりました!師匠!)

 と敬意を表した。


 元々妖精王だのと高貴なものを、呼び捨てや、奴呼ばわりして良い訳がない。

 口数の少ない彼に向かって闘争心を保つためにそう呼んでいただけだ。

 今でははっきりと分かる。

 俺を剣士として何処かに導いてくれようとしていることが。

 だから師匠だ。


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