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第四章

 20日目を迎えた。

 今俺は北の森を目指している。

 ここ数日こちらに足を運んでいる。

 魔法の訓練が目的だ。

 北の森にはゴブリンが生息しているからだ。

 食料になる魔物や動物は、むやみに狩って食べきれない分を廃棄する、などとはしたくないからだ。

 それにひきかえゴブリンは、前の世界の知識通りで、繁殖力が強く、食料にはならず、人間を襲ったり、人間の子供を攫ったりと人間にとって害獣(害魔物?)だからだ。

 狩れるだけ狩ればいい。


 「索敵(自称)」

 この魔法は、「探索」の劣化版だ。

 劣化版というと聞こえは悪いが、探索の効果範囲が300mを超えた辺りから、情報量が多すぎて頭が痛くなるから、普段は生きている者、魔物、魔力を帯びている物だけを感知する魔法に特化したものだ。


 「北西に5体。」

 「そちらに向かうか。」


 近づくと探知通りノーマルなゴブリンが5体群がっている。そのまま近づくとその内の一匹が俺に気付き、


 「ググォッ」

 と叫び弓を構えて射ってくる。

 他の4体も続けて手に持った棍棒を振り上げこちらに走ってくる。


 「ググォッ」「グググォッ」「ググォッ」「グググォッ」


 俺は最初の一匹に左手をかざし、

 「生命力吸収」


 その一匹が倒れる。続けて右手もかざし、4回連続。

 「吸収」「吸収」「吸収」「吸収」


 今の俺はノーマルゴブリン程度であれば、生命力吸収一発で倒すことが出来る。

 5体位では影縫いも必要ない。


 「こんなもんか。」

 呆れたように口にし、大して訓練にならないなと思っていると、更に北西に数十体のゴブリンと1体の魔物が戦闘を行っている。


 「何が起きている?」


 俺はそちらに出来るだけ早く、しかし気付かれないよう身隠しを念入りに行って移動する。


 するとその先にある光景は、異様なものだった。

 30体以上のゴブリン対1体の黒いネコ科の魔獣と戦っている。

 一番近い大きさは黒豹に似ているが、耳は尖り、顔は猫に近い。


 既に20体以上のゴブリンがその場に倒れており、残りは弓を持つ3体と魔法使いらしき2体。


 黒豹(仮称)には矢が2本刺ささり、体中に切り傷や火傷の跡がある。


 俺は躊躇せずに戦場に割り込んだ。

 「吸収っ」「吸収っ」「吸収っ」

 ゴブリンアーチャー(自称)の3体を屠り、

 「魔力吸収」「魔力吸収」

 ゴブリンメイジ(自称)の魔力を抜き取り、魔力切れでその場で倒れさせ、


 「吸収」「吸収」

 倒れたゴブリンメイジの生命力も刈り取った。


 そして黒豹(仮称)に体を向けると威嚇の唸り声が返ってきた。

 「ガルルルルッ」


 だがもう今にも倒れそうだ。

 よく見ると矢には毒が塗ってあったようだ。

 体に毒が回り始めてるのだ。


 俺は牙と爪を操影で抑え、後ろ足に刺さった矢を抜き、それをよく見る。

 俺も何度も食してきた痛毒草を擦り潰して塗ってあったようだ。

 この感覚なら分かる。


 闇魔粒子を黒豹に纏わせ、痛毒草の成分をイメージしながら、

 「毒搾取(自称)」


 ある程度の毒は取り除けたようだ。

 体中の血液に回った分は難しかったか。


 「早めの処置が必要か」

 黒豹を操影で抱え、急いで大樹へと走る。


 途中傷口草(自称)と解毒草(自称)と鎮痛薬草をそれぞれ多めに採取し、それぞれを掌の上で小さい影槍数本によって擦り潰す。


 大樹の元に着くと、傷口を水採取で洗い流し、矢が刺さっていた所に解毒草を、それぞれの傷の上には傷口草を塗る。


 最後鎮痛薬草は水採取の水と混ぜ合わせ、まだ警戒している黒豹の口に無理やり指を入れ広げ、それを飲ませる。

 もうかなり弱っていた黒豹の抵抗は少なく、全て飲ませられた。


 暫くすると鎮痛薬草の効果が効き始めたのか、黒豹が眠り始め、操影でいつも俺が寝起きしている枝に寝かせた。


 俺はいつもの様に大樹の周りを、重力操作で2倍の重さにして木刀を持って鍛錬に励む。


 これまたいつもの様に日が傾き始めたら川に向かって走り、汗を流して水も補充し、いつもと違うのは肉保存に枝より更に上に登り、腰掛けられそうな枝の所で腰を降ろし、魔力操作の練習して寝落ちるのだった。


 次の朝、俺は黒豹の様子を見に数本の枝を降りると、大汗をかき肩で息をしている。


 「まだこんなに熱があるのか。毒がかなり回っているな。」


 俺は解毒草を影槍で刻み、水採取で集めた水に混ぜる。

 そして黒豹の口元を指で広げそれを飲ませる。

 続いて鎮痛薬草も同じように水と混ぜて飲ませた。


 「鎮痛薬が効く前に食事を与えないとだな。」


 大樹から降りるといつもの焚き火の所で火を熾す。

 そして出来るかどうか試しにだが、少しでも体に負担に掛けないように、水採取の水を火の上で温めた。

 「よーし。ちゃんと温まってるな。」


 ぬるい位の水に干し肉を影槍で切り刻んで混ぜていく。

 あまり時間を掛けると黒豹が寝てしまってはいけないのでこの位にし、大樹を登る。

 そしてゆっくりと口に運び、飲みきるまでそれを与えた。


 その後、体に塗ってあった傷口草を剥がし、傷の治りを確認する。

 「だいぶ塞がってはきているが、火傷の跡がまだ酷いな。」


 新しい傷口草を切り刻み、それぞれに塗っておく。


 黒豹が心配で狩りに出るのはやめ、大樹の周りを重力操作で鍛錬することに。

 たっぷり5時間連続で体を動かした所、もう一度火を熾す。


 火が大きくなるのを見届けないで、大樹に登って黒豹の様子を伺う。

 鎮痛草の効きが切れてきたか、片目だけ開けて息を荒くし、俺の方をしっかりと見ている。


 「また薬を飲ませるから、今度は先に食事な。」


 焚き火で水を温め、そこに干し肉を刻んで混ぜる。

 それを大樹の上に運び、黒豹の口に流し込む。

 全て飲ませたら解毒草と鎮痛薬草をそれぞれ水に刻んで飲ませる。


 「お腹たぷたぷになるか?でも汗をかくのも良いことだから我慢しろ。」


 隣で様子を見ながら自分の食事を摂る。

 少し休んだら、また大樹の下で重力操作を行っての鍛錬に励む。

 午前も午後も行うのは初めてで、かなり疲れる。


 5時間程経って日が傾き始めると水袋とナイフだけ持ち川へ水の補充と水浴び。

 戻ると火を熾し黒豹に食事、薬草も飲ませ、体の薬草も張り替える。


 自身も食事を摂り魔法の練習。

 未だ濃度と硬さがどれが良いのか分かりかねている「黒粒界」

 (だいぶ前から試している。)

 を作っては、外から影槍で自身に突いてみる。

 を繰り返す。


 身隠しの濃度などと連携しなければならず試すことは多い。

 全てのものが簡単に解決出来るとは限らないってことだ。

 まあ、その方が努力する甲斐があるってもんだ。


 黒豹を看病してから3日後、ようやく起き上がれるようになった。

 とはいっても本調子ではなさそうだが。

 もう干し肉のストックがなくなったので今日は狩りだ。

 病み上がりの黒豹には柔らかい肉が良いだろう。

 俺は南に進むと索敵で茶兎を探す。

 そして見つけた一番近い茶兎まで歩を進め、吸収で仕留め、その後闇影を纏わせ


 「血抜き(自称)」

 と称して水抜きの応用で血を魔法で抜き取る。


 それを持って大樹に戻る。

 大朴葉の上に置き、火を熾してから解体する。

 それを火にくべようとすると黒豹が頭を俺の肩に擦り付けてくる。


 「ん?なんだ?このまま欲しいのか?」

 そう聞くと

 「くぅぅぅっん」

 と喉を鳴らす。


 俺は解体した内臓を手に持ち上げ、黒豹に見せると首を大きく縦に振って、欲しい、欲しいと言っている様。

 黒豹の前にも大朴葉を敷き、その上に置いてやると喜んで食べ始める。


 「美味しいか?」

 そう訊くと、無言で内臓をがっつく姿から美味しいと伝わってくる。


 内臓をほぼ食べ終えた頃、切り分けた右胸肉を見せると、また大きく首を縦に振って自分の前の大朴葉の上を鼻で差す。


 「これも食べるか。いいぞぉ。」

 胸肉も並べてやると、黒豹は嬉しそうに食べ始めた。


 俺は左の胸肉を切り分け、串に刺し火の回りに並べる。

 「残りの肉は干し肉にしていいか?」


 そう聞くと問題なさそう。

 俺は黒豹とは意思疎通が出来ているように感じている。


 残った腿肉を左右の二つの塊に分け、塩をまぶして少しの間置いておく。

 自分の食事を終え、塩をまぶした肉をみると、肉の内側から水分がかなり出てきている。

 俺は二つの塊から水分操作で、


 「水採取」

 と呟き、肉の塊から殆どの水分を奪い、塩漬けの干し肉に変える。

 食事を摂り終えた黒豹が北東の方角を遠く見つめている。


 「なんだ、お前の家でもあるのか?」

 「くぅぅぅん」

 「そうなのか。家族などもいるのか?」

 「くぅううぅん」

 「違うのか」

 「ならそこに帰りたいのか」

 「くぅぅぅん」

 「なら動けるようになったんだし、自由にしていいんだぞ」

 「くぅううぅん」

 「え、なんだ。俺も行っていいのか?」

 「くぅぅぅん」

 「もしかして、お前のねぐらって、北東の湖の先にある祠のことか?」

 「くぅぅぅん」

 「そうなのか。」

 みつかいさんに、俺が住みたいねぐらの条件を色々聞いた時、その場所に祠があることは聞けていた。

 だが、何か強い魔物のねぐらになってることも確認しており、俺が強くなって狩れる様になったら挑もうと思ってた所だ。


 「あそこに俺も一緒に住んで良いってことなのか?」

 「くぅぅぅん」

 「じゃあ、言葉に甘えて住まわせてほしい」

 「いつ行きたい?」

 「くぅぅぅん」

 「今からか、じゃあ早速支度しないとだな。」


 俺は大樹に登って枝の上に置いてあった塩の入った革巾着、黒狸や茶兎の毛皮、先程作った干し肉を大朴葉に包み、肩掛け鞄に詰める。

 すっかり黒豹のお気に入りになったワイルドボアの革をぐるぐる巻きにし、革紐で括り付ける。

 木刀は悩んだが手に馴染んではいることと、腰に刺せるだけの隙間もあったので持っていく事に。


 身支度を終えると振り返って大樹に向く。

 「今まで本当にありがとう。また近くに用事がある際には寄らせてもらうな。それまでまたな。」

 そう挨拶し、別れを告げた。


 「身隠し」「影移動」

 二つの魔法を発動させ、移動を開始する。


 射程300mの索敵は今では常時発動だ。


 すると病み上がりの黒豹が凄まじいスピードで森を駆け、俺を抜いたりわざと並走したりする。


 「おいおい、病み上がりなんだから少しは大人しく走れよ。」

 そう言うと、いかにも手を抜いてますよといった表情で、


 「がうっ」

 短く返事をする。


 そんな調子で進んでいくと、途中、腰掛けられそうな倒木を見付け、腰を降ろした。

 肩掛け鞄から大朴葉に包まれた兎の腿肉を取り出し、一つを広げて黒豹に渡す。

 もう一つをナイフで切り分けながら口に運ぶ。

 半分位まで食べ進めると、黒豹はあっさりと食べ終え、手持ち無沙汰そうにしている。

 俺は残った半分を黒豹の前に置き、


 「こっちも食えよ。」

 「くぅぅん?」

 「あれだけじゃお前には足りないだろ?」

 「もう少し進んだら適当なのを狩って早めの夕食にするから遠慮するな。」


 結構早く進んでいるが、今日中には着かない。

 休むなら早めに安心できる場所を確保してからだ。


 「くぅんっ」

 黒豹は俺が置いた肉を食べ始める。


 俺達は先程の移動で余計な戦闘を避け、魔物がいると迂回して進んでいた。

 俺は索敵で確認してたが、黒豹も気配か何かで察してか、阿吽の呼吸だ。


 二人で風の様に早く、魔物を避けながら進んでいると、日が傾き始める。

 俺はこの辺りでは珍しい動物の猪の気配を感じ、今晩の夕食にどうかと考える。

 黒豹もそれで良いとばかりに、今まで避けていた魔物に向かい一直線に駆ける。

 俺は射程に入ったのを確認し、「新影縫い」で捕縛。


 「しゅっぱっ」

 と同時に加速した黒豹が猪の喉元に大きくかぶりつき、その巨体を倒す。

 俺は遅れて追いつき、ナイフで耳から突き刺しとどめを刺す。


 「息ピッタリだな。」

 解体は俺の役目。

 操影で猪の体を持ち上げ、魔法で血抜きを行うか黒豹に尋ねる。


 「お前、あの時かなり血を流したから、血を抜かずに肉食べたいか?」

 「くぅうぅん」

 「いらないのか」


 魔物でも血生臭くない方がいいのかな。

 闇魔粒子で血抜きを始め、内臓から切り分けようとしたその瞬間。

 俺の索敵範囲外から風のような速さで魔力の刃が飛んできた。

 避ける間もなく、俺の体に迫る。

 咄嗟に魔法障壁を発動する。


 「影盾っ」

 黒い影の盾が瞬時に生成され、魔力の刃は盾に激突して砕け散ったが、その一部は盾を貫通し、俺の纏う黒粒界に刺さった。

 体に直接当たる寸前で辛うじて防いだ形だ。

 黒豹の方はというと、魔力が当たる直前に跳ねて避け、無傷だ。


 「これは風魔法の「風刃(自称)」か?」

 そう呟いた瞬間、目の前に黒く大きな鳥の魔物が、俺達の目の前の上空に現れ、翼を大きく広げ、空中に浮かんでいた。


 「鷹系の魔物、ブラックホーク(自称)か」

 その瞬間、ブラックホークの両方の羽が少し動いたかと思ったら、すかさず先程の風刃が、俺と黒豹それぞれに今度は2つずつ放たれた。


 「影盾っ、影盾っ!」

 「ぱりんっ、ぱりんっ」「ばすっ、ばすっ」

 やはり影盾を破壊し、俺の黒粒界まで届く。


 黒豹は先程よりも早い動きで回避している。

 まただ、また2つずつ放たれた。


 「影盾っ、影盾っ!」

 「ぱりんっ、ぱりんっ」「ばすっ、ばすっ」

 これってまたもやジリ貧なのではっ?


 「影盾っ、影盾っ!」

 「ぱりんっ、ぱりんっ」「ばすっ、ばすっ」

 こちらの集中が途切れた瞬間に首が飛んでるのでは?


 俺はこのまま勝てる道筋が見えないまま防御一選を行っている。

 「影盾っ、影盾っ!」

 「ぱりんっ、ぱりんっ」「ばすっ、ばすっ」


 黒豹は今回の攻撃には先読みして前にでて避けた。

 そしてその瞬間相手の攻撃の直後の隙を突き、大きな声で。


 「ぐぉおおおおおおおおおっん」

 と叫ぶと、一瞬ブラックホークが固まり、空中でぐらつく。


 この隙を逃してはなるまいと、影槍がその先端を離れて飛んでいくイメージを強く持ち、


 「影刃っ エイジン(自称)」

 影槍の刃を上空に飛ばしブラックホークの首を跳ねる。


 「ばさっ、ばさっ」

 ホークの頭と体が地面に落ちた。


 「ふぅーーっ。何とか上手くいった。」

 俺は力が抜け、その場で膝が崩れる。


 「しっかし何だよ、さっきの」

 と黒豹に声かけるも、

 「くぅぅぅん」

 とだけ。


 「ハウリング(自称)だろ?あれ?」

 (どれだけ強い魔物と組んでたんだよ。何でそんな強いのがゴブリンなんかに瀕死だったんだよ。今度ちゃんと説明しろよ。)


 そう心に思ったが、まあ、言葉で答えてくれる訳でもなく、声にはしなかった。

 そして起き上がると、俺は猪の解体の続きを始め、黒豹はブラックホークの死体を運んでくれた。


 「先に猪の内臓でも食べてるか?」

 と聞くと、

 「くぅんっ」

 と返事。

 「そらよっ」

 と黒豹の前に大朴葉を敷き、内臓を乗せる。


 「ホークの内臓も食べるか?」

 猪の内臓を食べながら、

 「くぅんっ」

 と答え、俺はホークを操影で持ち上げると血抜きを行い、ささっと内臓を取り出し、食べてる最中の内臓の隣に置く。


 「豚肉と鶏肉との豪勢な夕食になったなぁ」

 と前の世界の肉であるかの様に独り言をこぼす。


 猪とホークの肉を解体し、それぞれの胸肉の半分を生のまま黒豹の大朴葉に乗せ、俺はその半分を更に切り分けたものを枝で作った串に刺し、火の回りに刺す。

 そして操影で3m位の枝を6本切り落とし、トライポッドを2つ組み立てると、残りの肉の半分をそれぞれのポッドで燻製に。

 残りは塩を付けておいて最後に水分を抜いて塩漬け干し肉に。


 丁度いい大きさの広葉樹を見付けると、二股の枝に拾った枝を並べて床を作り、ワイルドボアの革を畳んで置く。


 「落ち着いたらお前はあそこで寝るといい。」

 「くぅんっ」


 俺はその枝の少し上にある二股の枝に、同じように拾った枝を並べ、そこに鞄や作った干し肉などを並べ置き、腰を降ろす。

 今日だけは魔力切れの訓練は行わず、そっと目を閉じて体だけは休める。

 しかし俺は索敵をさらに力を絞って魔力と大きな動きにだけ反応するように改良し、最大射程の1kmに張り巡らせて警戒だけは続ける。


 (俺は過労死はしないし、黒豹は今の俺より強いといっても完治前だ。

 警戒は朝まで俺が行おう。)


 かなり時間が経ち、もう間もなく日が昇るであろう、遠くの闇の色が変わり始めている。

 俺は目を開けると、思ったより体が休めたように感じる。

 改良索敵もずっと張れたままだ。

 この分だといずれ寝ながらでもこの程度の索敵は張れる様になるなと、感覚で感じる。


 俺は体を起こし、昨日作ったホーク肉の燻製を取り出し、ナイフで切って食べる。

 すると黒豹が起きたのが分かり、もう一つの燻製肉を目の前に置いてあげる。

 「朝は軽めの鶏肉だ。」


 そう言って、俺は影を這わせて昨日のトライポッドの内一つを崩し、枝の一番太い所を切り落とし、持ってくる。

 それと同時に影槍で内側を削り、簡易な深皿を作ると黒豹の前に置き、水採取でそこに水を満たす。


 続いて同じように枝を切り落とし、今度はもっと深く削り、持ち手の無いカップを作ってそこに水を満たし、俺はそれを飲む。


 飲み終えると身支度を始める。

 作った肉と先程のカップと皿を肩掛け鞄に詰め、ワイルドボアの皮はぐるぐる巻きにして革紐で縛り、昨晩作ったもう一つのポッドも崩し、焚き火跡には土を被せて埋め、


 「行けるか?」

 「くぅんっ」

 の返事を聞くと、身隠しと影移動で進み始める。


 この辺りはもう、森というより山の麓である。

 俺たちは右手にある川にそって北東に向かっている。

 このまま登り進めると湖に当たる。

 その湖の更に先の少し丘の上にある祠を目指している。

 ということはいずれこの川を渡らないといけない。

 今、時々見える川は、渓流といったもので、ごつごつした岩や、丸みを帯びた石の合間を縫って水が流れている。

 外から見ると流れは弱いが、前の世界では毎年夏にこういった川に入って溺れる事件が起きていた。


 川の中の一部だけ流れが早かったり、深かったりするのだ。

 川幅は10m位か。俺と黒豹なら渡れなくはないと思うが、その川は眼下の30m近く下にあるのだ。

 人や動物が水飲みに降りる獣道と言ったものが無い限り降りるのは困難だ。

 更に対岸を登るのはもっとだ。

 俺はこの川を渡るのに今までの道を戻る位なら、突き当たった湖を泳いで渡る方がまだましだと思い、


 「この先に川を渡れる所はあるのか?」

 と走りながらに聞いた。

 「くぅんっ」

 との返事。


 まあ、こいつのねぐらの近くのことだ。

 何かしらあるんだろう。

 そう思って真っ直ぐに湖に向かう。

 湖までは魔物といった障害が無いことを索敵にて知っている。


 そのまま進んでいると、日が中天を回った頃に湖に着いた。

 その景色に俺は、


 「うわぁ。綺麗だなぁ。」

 広く大きな湖は、その水が綺麗なことを現わしてる様に真っ青だ。

 その先の山々の緑色や深緑色とのコントラストがたまらなく綺麗だ。

 その先には頭を真っ白にした山もある。

 それらの山が湖の水面に綺麗に映っている。

 これが富士山だったら逆さ富士といった絶景スポットである。


 俺は、視線の先、湖の西側から俺の右側にある川とは別の川が流れているのを見た、更にその川の先に大きな城壁のようなものに丸く囲まれた街が見える。


 「あれがみつかいさんが言ってた街だな。」

 それと湖の東の位置に、小高い丘にぽつんとある祠も見える。


 「あれがお前の家か?」

 「くぅんっ」

 「そうか。ここらで昼食休憩したら暗くなる前に家に向かおう。」

 「くぅんっ」


 俺は猪肉の燻製を二つ取り出すと、一つは大朴葉の上に置き、その隣に昨日の皿に水を満たして置いた。

 もう一つの肉をナイフで切り取って口に運ぶ。

 同時に影でカップを取り出し水を満たして手に運ぶ。

 時々水を飲みながら肉を食べきると、その場で立って大きく伸びをする。


 「そろそろ行くか?」

 「くぅんっ」


 そうして進むと直ぐに、湖からこぼれる様に水が溢れている、川の始まりと言った場所に着く。

 その川幅はゆうに5mはあるといったところ。

 しかもその下は真っ直ぐ滝になっており、ゆうに50mはありそう。

 そして目の前の川には所々岩が顔を出しているが、その岩には苔が覆われており、間違いなく滑るであろう。

 落ちたら助からないかもしれないし、助かったとしても今日中には祠には着かないであろう。


 「どうやって行くんだ?」

 「くぅんっ」

 と一言いうと、

 「ぶんっ」

 と軽々と跳躍し、7、8mは飛んだであろうか。

 余裕で川の向こうまで行ったのだった。


 「うっそぉーーーっ!?」

 俺には同じ方法は取れない為、操影を伸ばし、それを岩々に固定するイメージで、ささっとその上を進む。

 難なく渡れた。


 「よしっ。もう家まで直ぐだぜ!」

 恐怖から解放され、空元気な声を出して言う。


 そして、暫く進むと祠、というか岩山に開いた大きな穴、が大きく見え始めた時、俺の足が止まった。進めないのだ。


 「こ、これは、妖気?魔力か?」

 黒豹が少し先に進み、後ろを振り返って、まるでおいでおいでをしたかの様なしぐさをすると、突然足が進み始めた。

 更に進み、後15m程になった時、何か空気の幕を潜った感覚が起こる。


 「今度は結界か?」

 先程の質問にも今のにも、みつかいさんから小さい「ピンッ」を貰えてる。

 それらに近しいものであるのだろう。


 「こんなねぐらを持ってるなんて、お前ただの魔物じゃねーな。」

 「くぅんっ」


 なんだか嬉しそうに答える。

 俺からはドヤ顔をしてるように感じる。

 また進むと、穴に着く前に一度後ろを振り返ってみる。


 「うわぁ。綺麗だなぁ。」

 本日2度目の感動だ。


 小高い丘になっているここからだと、湖の全周が見られ、湖の端から端までは直線で10km程か。

 湖は円の形に近いので一周35km位か。

 走っての鍛錬には丁度良いが、湖の北東の辺りから物凄いプレッシャーを感じる。

 絶対に近づくなってことだろう。

 そのまま見回すと湖の北西辺りにも、ここと同じような岩山に穴が大きく空いているのがわかる。

 更に見ると湖から西に向かって川が流れ、その先にある街が小さいオブジェの様に映えていて、前の世界ならこの景色を写真に収めてたんだろうな。と思う。


 更に湖の南側を見ると、先程渡った川の始まりが見える。

 そこから流れる川を追って見ると、その途中にある大きな木が見える。


 「あれは昨日までお世話になった大樹だな。」

 そして川が海まで伸びているのが見える。

 その海の先に日が沈みかけて、海面を赤色に染めている。


 綺麗な景色に見惚れていると、何か違和感を感じる。

 目を凝らしても分からず、逆に目を閉じて感じると、自分が身隠しを発動させた内側の感覚がした。


 「こ、これは、認識阻害か?」

 「ピンッ」「くぅんっ」

 同時に返事があった。


 こんな所に俺の身隠しの答えがあった。

 「なんとラッキーな!」

 俺は単純に喜んだ。そして、

 「じゃあ、お邪魔するよ。」


 そう言って穴の中に入ると、そこは何というか、純粋な魔力が立ち込めてるような。

 そして先程まであった風の音や遠くの滝の音も、音という音が全くしない。


 「ここは何だ?」

 そう問う俺に、

 「くぅうぅぅん」

 とだけ返す。

 この質問の仕方には答えようがないか。

 まあ、これから住むのだからいずれ解るか。


 「本当に俺もここに住んで良いんだな?」

 「くぅんっ」

 「それじゃあ」

 と、ワイルドボアの皮の紐をほどき、

 「いつもどの辺りで寝てるんだ?」

 と聞くも、

 「くぅうぅん」

 とだけ、こだわりは無いらしい。


 「じゃあここに敷くぞ。」

 とボア皮をそこそこの大きさに畳んで置き、その隣に自分用に猪皮を並べる。


 「食事もこの中で摂ってもいいか?」

 「くぅんっ」

 「俺の荷物も適当に置いていいか?」

 「くぅんっ」

 そう聞いて鞄を降ろし、肉をいくつか取り出そうとした時、ふと何かを感じる。


 「この感覚。もしかして!?」

 「おい、奥の場所、借りてもいいか?」

 「くぅんっ」


 俺の感覚が告げている。

 この場所でなら俺の念願のものが出来ると。

 ここの無尽蔵な魔力に、俺の魔力を重ねる様に、ゆっくりと闇影を生成する。


 「うぉおおっ!!出来たっ!」

 祠の奥の地面に、俺が作った闇影が何かゆらゆらと波打っている。

 そしてそこに取り出した肉を入れてみる。


 「やっぱり!」

 空間収納(自称)が出来たのである。


 「うぉおおおおおお!」

 身隠しの答えも、空間収納のヒントもある。


 「やっぱお前、最高だなっ!」

 「くぅんっ」

 と本日2度目のドヤ顔を頂いた。


 そして猪肉を二つ取り出すと、一つを黒豹の前に、水を入れた木皿も隣に。

 俺はもう一つの肉を切り取って食べ始めた。


 食べ終えると、木刀を持って外に出た。

 穴の外は平らな地面が半径50m近くの半円の様な形になっており、鍛錬には十分な広さがある。

 そこで重力操作で2倍を超えるまで高め、走りながら剣を振るう。

 身隠しも纏い、ここにある認識阻害の空間と、何が違うのかを確認しながら。

 暫くするともうすぐ魔力切れになる感覚がくる。

 そこで走るのは止め、体を洗う。


 「水採取」

 と叫び、全身にどばっと水を被る。

 「水分操作」

 で濡れた水を取り除く。

 するといよいよ気絶しそうになり、よたよたと穴に入り、猪皮の上に横たわる。小さく、

 「おやすみ」

 とだけ黒豹に言い、寝落ちする。


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