第十四章
86日目。
俺は祠で目が覚めると、目の前には俺を覗き込むマインの顔が近距離に。
「おはようございます。ひゅうごさん。」
慌てて俺は体を起こす。
どうやら先に目覚めたマインが俺の頭を、マインの太ももの上で寝かせててくれたみたいだ。
所謂膝枕だ。
俺は前世でも膝枕の経験がなく、しかもこんな美女の顔が至近距離だったのと、頭の下の柔らかい感触が一気に思い出され、物凄く顔が熱くなるのを感じる。
まともにマインの顔を見られない。
「起きるの早かったんだな。もう行こうか?」
俺は恐らく顔が真っ赤なのを誤魔化す様に口早に言う。
「どうかされましたか?ひゅうごさん?」
「何でもない。ハーデンが待ってるから急いで向かうぞ。今日は忙しいからな。」
「はいはい。それでは行きましょう。」
「おぉ、ヒョウ、ではまた行ってくる。今回は遅くなる、それか数日空けるかも。だが、絶対に無事に帰ってくるからな。」
「くぅうんっ!」
「あぁ、ありがとうな。じゃあ、マイン行くぞ。」
「はい。」
二人でマインの部屋に着く。
黒穴二つを消して俺の部屋のハーデンを確認しに行く。
と、そこにはハーデンは居なかった。
また中庭かと思って二人で向かうと、ハーデンは折れた剣で一人で型稽古を黙々と行っていた。
それを見た俺は目頭が熱くなるのを感じた。
「ハーデン、早いな。待たせたな。先に朝食にしよう。そこで今日の動きの訂正箇所を説明する。」
「訂正?」
「あぁ、そうだ。思ったよりマインとお前の成長が早くてな。今日の修正目標が出来たんだ。」
「そっか。俺は成長してるんだな。どう変わったのかしっかり聞かせろよな。」
ハーデンは自分の成長を認められて嬉しそうだ。
「何か、大変になるのでしょうか?」
「そんなことはない。今の3人なら余裕で出来る筈だ。街に戻ったら明日まで自由にしてもいいぞ。」
「あ?本当かっ!?」
「え?そんなにですか?」
「あぁ、先ずは朝食だ。」
そう話しながら梨花亭の席に付く。
「んで、どう変わったんだ?」
「あぁ、先ず変わらないのは、ゴブリンメイジを2匹とワイルドボアを出来れば2体を捕獲する事だ。これは明日の作戦に必須なことだからな。」
「だから、何が変更だって言うんだ?」
「まぁ、焦るな。お前達の成長のお陰で、先程言った目標は即座に完了すると踏んでる。そこで、更にマインのMPドレインの強化にお前にも付き合って貰いたい。」
「あ゛あ゛っ?それって俺に何の得があるんだってんだ!?」
「当初の予定ではな、3人でゴブリンメイジを2匹捕獲したら、一度門に戻りお前は自主練してもらうつもりだった。」
「はぁ?なんでそうなるんだよぉっ?」
「ワイルドボア等の捕獲にはお前が足手まといになると思ってたからだ。」
「なんだとっ!?」
「で、でもそうではなくなった、ということを仰りたいのでしょう?」
「は?」
「あぁ、そうだ。昨晩の頑張りと今朝のお前の動きを見る限り、今日のボア狩りにも手伝ってもらう事で、お前の訓練にしようと考えた結果だ。」
「そ、そ、そうなのか?、、、で、俺はその後何をすればいいんだ?」
「理解してくれて助かる。お前にもボア狩りを手伝って貰うと、かなり森の奥まで進むことになる。」
「お、おう、そうなるだろうな。」
「あぁ、そこでそのまま俺達は海に向かい、マインに塩採取を行って貰う。丁度塩の在庫を補充したかったところだったからな。」
「え?しおさいしゅ?」
「そうだ。海の海水から塩を採取するんだ。お前には話してなかったが、マインのMPドレインとHPドレインの訓練に海水からの塩採取ってのがあるんだ。」
「な、なぁ、お話をしているところ遮って申し訳ないのだが、先程「塩」を採取してくるって?」
アギレンが似つかわしくなく食事中の会話の中に割り込んできた。
「なあ、お前が客の会話に入ってくるってことは、塩に関して何か大変な事があるのか?」
「あぁ、いや、本当に申し訳ない。取り乱した。世話になってる客人にこれほど的外れな事を言ってしまったことを謝罪する。」
「いや、そんなことはないからそこまで畏まらないでほしい。そんなに取り乱す程の事だって俺達にも分かる。それに、お前がそこまで畏まらなくても相談出来る間柄だと思っている。そこまでの事情なら、何か出来る事なら手伝いたい。どうだ?」
「こんな無礼を働いたのに寛大な言葉、誠に痛み入る。」
「おいおい!そういうところだよ。そんな言葉は求めてないからな!」
と、そこで突然このじんまりした雰囲気を、何のためらいなくぶち壊す高くて大きな声が響き渡る。マギーだ。
「ねえねえ!今「塩」を採取してくるって!?塩を採取してくるってんなら少しばかりこちらに分けて貰えないか!?ちゃんっとお金は払うし、少しくらい色も付けるよっ!」
「あぁ、多少うちらの塩の在庫が少なくなっただけで、お世話になってるあんたらが必要だってんだったら優先的に回すぞ。」
「そーかい、そーかいっ。余分に取ったのがあるんなら、いくらでも買い取るから頑張って採取してきなっ!期待してるからっ!」
「それは期待しててくれ!その期待が大きい程マインの訓練の糧になる。今日もビシバシ行くぞ!マイン。」
「は、はいっ!」
「あぁ、ホントっ!あんたらにはいつも助かるっ。この人、今日来るはずの調味料の業者が、今日のこの街の閉門の話を聞いて暫く延期するって文が届いて。この人今日塩が入るからって昨日までに塩の在庫を殆ど使い切っちまって。それであんな無礼なことしちまったって訳。」
「あぁ、それで理解した。そんな気を回さなくて良いのに。俺達もお世話になっているんだ。困った時はお互い様だ。さっきのマギーの様に気軽に相談してくれた方が助かる。それに、本当に期待される分マインに頑張って貰うつもりだから。マインの成長に役立つ。更にだ、塩一つ足りないだけで、暫くここの飯を食べられなくなる方が俺達には大問題だ。」
「ホンっとにそういって貰って助かるってもんだよ。ありがとう。ひゅうごさん。」
「あぁ、悪いな、ひゅうご。お願いするよ。」
「もー、そういう所だよっ!あんたはっ!」
そう言ってマギーはアギレンの背中を思いっきりバンバンと叩く。
「あいたたたたっ!」
「はははっ。」
「あははははっ。」
「ふふふっ。」
この微笑ましい光景に三者三様の笑みがこぼれる。
「今日の作戦変更の理由だがな、先ずは当初予定にしていたマインの身隠しの魔法の訓練が、昨晩の内にクリア出来ていて必要なくなったことが一番大きい。」
「おっ、ねーちゃんすげーな!」
「次にだ、ハーデンの足運びが非常に良くなってることで、ボア狩りにも手伝って貰うことで、二人で行うより時間が短縮されるんだ。」
「俺、そんな足運びなんて意識してないけどなぁ。」
「あぁ、それは、型稽古を繰り返し行う事で、あの中での足運びがもう自身にモノになりつつあるってことなんだ。」
「へぇー、俺ってそんなに成長してたんだぁ。」
「あぁ、これも本当の事だ。自身を誇って良いぞ。」
「うんうん。誇る、誇る。」
「それで、出来た時間で海まで足を運び、空気中から水採取に変わって、海水から塩採取をすることでMPドレインの精度が高まる。そしてそれが高まると明日の作戦の成功率が大幅に上がる。これはとても有意義なことなんだ。」
「そんなになんですか?」
「あぁ、俺達陽動隊の最初の仕事になる、斥候部隊リーダーの殲滅は、砦の中の奴らからすると外の奴らと連絡が取れなくて、もどかしくなるんだ。そこで外の様子を南の見張り台の奴から聞き出そうとする。」
「ふむふむ。」
「はい。」
「しかしその矢先に、俺達から見張り台を破壊される。砦の中では大混乱になる筈だ。」
「そうでしょうね。」
「そこに俺が入って行って更なる混乱を招き、内部が大混雑してる中、唯一の情報が東の見張り台から見た、数々の冒険者パーティーが街へ逃げている姿だ。実際には撤退しているだけだが、奴らからすると自分たちの砦に街全体で攻めに来たが、諦めて逃げ出したと映る。」
「俺が大将ならここが好機だと群を派遣し、逃げてる奴から倒しに行かせ、よしんばそのまま街を制圧してやろう。とな。」
「へぇー途中わかんないとこあったけど、なんか凄い計画だってのは分かる。」
「それで最初のリーダーの殲滅がとても大事だったんですね。」
「そういうことだ。そこで、時間もないから今日の動きを説明しておく。」
「おうっ。」
「はい。」
「先ずはこの後2の鐘の前に南門で待機、鐘の開門と同時に俺の影移動で南西の森に侵入、もうゴブリングループの位置は補足していて、しかも全てのグループにアーチャーとメイジが居るのも確認済みだ。奴らかなり警戒してきてる。逆にこちらは2グループと接敵するだけで目標達成だ。」
「でもメイジは生け捕りにするんでしたよね。」
「ああ、作戦はこうだ。ハーデンが真っ先にメイジを倒す、残りはマインがHPドレインでアーチャーを優先に倒していってくれ、俺がなるべく全てをバインドしておくから安心してくれ。」
「はい。」
「お、俺は今武器が無いぞ?」
「お前にはこの木刀で戦って貰う。アントの時と同じ技だ。相手を躱して後ろを叩く。しかし首にまともに入れてしまうと殺してしまうから、なるべく剣筋を下げて背中に当ててほしい。お前の力なら確実に一刀で気絶させられる。」
「ぼ、木刀かぁ。なんか不安だな。」
「お前の武器調達を後回しにしたのは悪いと思っている。が、今回は木刀でメイジを殺さないのも大事な作戦の一つだ。それに、その不安な状態で魔物と対峙するというのは、お前にとって精神修行になるんだ。」
「せいしん修行?」
「あぁ、強い心を育てるということだ。どんな逆境に立たされても、落ち着いて今出来る最善の事を見付けられる。そういった心を持てるようにする訓練だ。」
「おぉ!なんかそれってかっこいいなぁ!」
「確かにかっこいいぞ。」
「かっこういいですよ。」
「戻ってきて昼飯喰ったら一緒に剣を探しに行かないか?」
「お、いいのか?じゃあ頼む。」
「わ、私も付いて行っていいですか?」
「勿論だ。で、話を戻すぞ。先程のようにゴブリンを2グループ倒したら、回収は全て俺の収納に入れていく、今はゴブリン討伐の依頼は出ていないからな。俺が責任もって保管しておく。」
「おう。」
「はい。」
「それで、2グループ倒した後は、そのまま南下していく。その際マインには3人を身隠しで覆ってもらい、俺が影移動で最速で進む。そこはボアの生息地だ。俺の索敵で的確にワイルドボアを見つけて向かう。そこで散開するとお前だけ身隠しが無いから、ボアは真っ先にお前に向かう筈だ。」
「ええええっ?俺大丈夫なんか!?ワイルドボアだろ??」
「大丈夫だ。奴は異常に魔力を警戒する。俺やマインがバインドを先に用意しようものならどの道お前に向かって行く。同じだ。だから、ボアがお前に向かい始めた瞬間を狙って、マインがバインドを、俺が黒穴引で収納する。ぎりぎりお前にボアが届くかもしれないが、奴は直線でしか動かないから、落ち着いて対処すればお前なら大丈夫だ。」
「おおおおぉ。それが精神修行となるんだな。確かにな。落ち着いていられるだろうか。今からぞくぞくするぞぉ。」
「今から興奮してると持たないぞ。もしいざお前に危険が起きそうなら、補足よりお前の守りの魔法を優先するまでだ。だから俺を信じて安心して、落ち着いて対処してほしい。」
「あ、ああ。そういうことなら。」
「理解してもらったようで助かる。それでは話を続ける。ワイルドボアを1体捕獲したら、周辺を探索し、もう1体いけそうなら同じ手順で捕獲だ。いけなさそうな場合とは、近くにグレーターボアが居たり、レッサーボアの群れの中に居たりといった場合だ。その時は諦めて海に向かう。」
「おう。」
「はい。」
「2体目を狩れた時とも同じだが、即座にマインの身隠しと俺の影移動で更に南西の海を目指す。そこに着いたら、マインの塩採取の訓練だ。アギレンとマギーにも頼まれたから、結構大量にだ。良い訓練になるぞ。頼まれた量と俺達の在庫を確保したら、またマインの身隠しと俺の影移動で3の鐘の前に街に到着。これが今日の流れだ。」
「うぅぅ、俺が生まれて初めての最も大変な1鐘になりそうだ。」
「そんな気を負わないで、ハーデン。私も精一杯頑張ってひゅうごさんの期待に添えるよう努力致しますから。」
「あぁ。」
「マイン、ありがとう。二人共そろそろ準備に入るぞ。門に向かう。」
「はい。」
「お、おう。」
俺たちは南門に向かった。
すると歩きながらハーデンが何やら持っていた革ひもで、俺のあげた木刀と右手を固定しようと巻きながら歩いている。
(あぁ、木刀は時々持ち手が滑るからな。少しでも不安要素を無くそうとしてるんだろう)
俺はハーデンのこういう所が好きなんだよなぁ。
「ハーデン、俺はお前のそういう所を気に入ってるぞ。自分なりに考えていて。その若さでな。お前は必ず成長するぞ。期待している。」
「あ、あぁ。ありがとうな、師匠。」
「ふふふっ、私も負けませんわよ。」
「はははっ」
明日は大決戦だというのに、この雰囲気好きだなぁ。
門に着くと。
「やぁ、ひゅうごとそのパーティー!」
「ダン、今日もこの南門か?」
「いや、俺は今日の3の鐘で行う仮砦作成が完了するまでが代理の役目なんでな。ついでにお前たちが帰ってくる所を見届けようと思ってな。」
「いつもお前が近くに居てくれて助かるよ。ダン。」
「何を改まってるんだ?明日の為に今日の活動が大切なんだろ?しっかりと励めよ!」
「あぁ、大切だ。しかし半分はもう既に完了してるようなもんだ。マインとハーデンの成長が早くてな。」
「そ、そうなのか?半分って何か凄いな。」
「あぁ、この二人は凄いぞ。後は時間との勝負だけだ。」
「そうか。じゃあ気を付けて頑張ってこいな。」
「あぁ。ありがとう。」
「ありがとうございます。」
「ありがとなっ!」
丁度2の鐘が鳴る。
「行ってくる!」
俺は予定通り二人を影に乗せ、影移動を全速力で進む。
「マイン、3人分の身隠しを頼む。」
「はいっ」
「うぅぅぅぅっ」
俺は南の森に向かう動線に近い所にいるゴブリンの1組を索敵に捉える。
「二人共、15秒後に接敵だ。メイジもアーチャーもいる。」
「はいっ」
「おうっ」
予定どおり接敵する。
「影縫いっ!影縫いっ!」
俺は2つの影縫いで5匹のゴブリンを補足する。
「HPドレインっ!ドレイン!」
ハーデンがメイジの懐に入ろうとした所、メイジの詠唱が完了しそうになる。
「ハーデン、魔法警戒!こいつ詠唱が早いっ!」
「問題ないっす!」
「ドレイン!ドレイン!」
予定通りマインが残りの4匹をHPドレインで倒す。
とハーデンはファイアボールを型の足捌きで軽々と避け、そのままメイジの懐に入り、身躱し切りで背中を強打し気絶させる。
「良くやった!二人共!」
そう言って全てのゴブリンを黒穴に収納する。
「次行くぞ!」
「はいっ」
「おうっ」
二人が返事をする前に影に乗せ移動を始めている。
更に南にいる1組に向かう。
「また15秒後だ。」
「はいっ」
「おうっ」
先程と同じように問題なく、先程のように魔法を打たれることもなく最短で補足、殲滅、収納。
「次はボアに向かうぞ。」
「はいっ」
「お、おうっ」
南の森に入ると、ワイルドボアの気配が割と近くに2体在ることが分かる。
「良しっ、運もいいぞ。近くに2体いる。続けて捕獲するぞ。」
「はい。」
「おうよ。」
「マインっ、20秒後の1体目と接敵と同時にMPドレインを掛けてくれ、それで2体目と引き離す!」
「はいっ」
「そしてこちらに3人いるのに気付くと、奴は魔力を警戒するあまり魔力量の一番少ない奴から狙って来る。ハーデンに狙いを変える筈だ。その軌道を外す隙にマインはバインド、俺が収納を発動させる。ハーデンは予定通り奴の攻撃の軌道からギリギリに避けてくれ。奴の突貫は思うより早いからな。動いたっと思った瞬間から回避行動でも良い位だ。」
「お、おう!」
「はいっ」
「ここだっ」
俺たちは打合せ通り、接敵と同時にマインがMPドレイン、俺とハーデンが左右に5mずつ位に散開する。
「MPドレインっ」
ボアがこちらに振り向く。
そして直ぐ、ハーデンを対象と定め突進。
すかさず黒穴引をハーデンの位置に生成し始める。が、ワイルドボアをそのまま収納する大きさにするのには多少の時間が必要になる。
「むぅっ!」
と、ハーデンが良いタイミングでボアの突貫に対する回避行動に移る。
が、そのボアの後ろにもう1体のワイルドボアが真っ直ぐハーデンに向かって来るのに気付く。
「引っ掛けた!」
俺はそう叫んだ。
最初のマインのドレインがもう1体のボアの魔力感知に引っ掛かったのだ。
恐らく通常のワイルドボアより魔力に敏感だったのだろう。
この距離で奴に気取られるとは、俺の誤算だ。
「ハーデン!逆に飛べっ!」
緊急事態にハーデンに指示を出すが、一瞬俺が何を言っているのか意味が分からず固まるハーデン。
「えぁ?」
その一呼吸で、もう今からでは2体目の突貫に対する回避は間に合わない。
だが、今マインが1体目のバインドを解いても、俺が黒穴引を解いて2体目にバインドを行ったとしても、どちらかが解いた時点で、それを回避した1体目がもう一度ハーデンに向かってボアが2体同時にハーデンに向かって、詰むという最悪の事態になる。そう思った矢先、マインが
「MPドレイン!」
1体目のバインドを続けたまま、2体目にMPドレインをかませ、2体目の突貫をマイン自身に向かわせた。
(MPドレインにヘイトスキルがあるとは!?)
今度は2体目のボアが魔法を維持している無防備なマインに向かい始めた。
俺はつい先程この二人には危ない事態にはさせないと誓ってたのに、もうそれを超える事態に陥るとは。
そう頭の中で絶望するかの如く嘆き、俺の影縫いでは今の速度が付いているボアを止める事は難しく、MPドレインを入れてしまったら明日の作戦には使えなくなるのは分かってても、この今起こる事態は避けたいと、魔法を発動させる。
すると、MPドレインは発生させられなかったが、何か別の魔法で、マインへの突貫が、普段曲げられない突貫軌道を少しずつ曲げて俺に向かって来る。
「影盾!影盾!影盾!」
俺は1体目のボアの収納に使っている魔力を残したまま、新しい黒穴引やワイルドボアを留める程の影縫いは使えないが、影盾程度ならいくらでも出せる。
「影盾!影盾!影盾!」
そう、2体目のボアの攻撃を、俺に向けている間に1体目のボアが収納された。
そこで俺は、
「影縫いっ」
で、2体目のボアを留め、先程の黒穴引をこの場で生成する。
すると直後にマインがバインドを引き受けてくれる。
そうしてその後は平穏に予定通りにボアの2体の捕獲が成功する。
「かなり焦ったが、予定より時間だけは短縮された。そして俺を含めて良い経験になった。それも二人の危機対応能力によってだ。本当に助かった。心より感謝する。ありがとうな。」
ゴブリンの2組への対処でも2人の成長は著しいものだったが、今回のボア2体の捕獲にはハーデンの精神修行による冷静な対処、マインの身隠しとバインドとMPドレインといった複数魔法同時生成、俺に至っては初めてのヘイトの修得。
どれをとってもこの数時間での成長には目を見張るものだ。
「いやぁあ、なんとかなったなぁって、感想だけだけどな。」
「ひゅうごさんの期待に応えられただけでも満足ですのに、そうまでお褒め頂けるとは、喜びの限りです。」
「そんなに謙遜しなくてもいい。俺は今、二人に会えて本当に感謝している。」
「が、こんな感傷に浸っている時間も今は無い。悪いが次の海まで移動を開始するぞ。」
「はいっ」
「いえっさー!」
俺は二人を影に乗せて最大速度の影移動を行っているが、
「んっ!?どこでそんな言葉を!?」
「あ、あぁ?この前師匠と思念が繋がった時の、なんか師匠の中では俺みたいなのが師匠にこういう時に使う言葉っみたいなっ、、、。」
何処か何かのタイミングで、前世の俺の記憶にハーデンが干渉して、俺の中のイメージとリンクしたのだろう。
細かく調べて検証したい内容だが、今はそれどころではない。
「またその感覚が、どこから来たのか教えてくれ。」
「そりゃあ言われるまでもないぜっ。いつでも聞きなっ」
「あ、あぁ。」
「そ、それに関しましては、私も思う所がございます。ハーデンに尋ねた後にでも、私にお尋ね頂けますでしょうか。」
マインには魔力の同調の様に、俺の記憶とも何か気になることがあるのだろう。
とても気になるが、今は後にしよう。
「ま、まあ、そうさせて貰うよ。後、今日の予定にしては、予定時間より早く事が進んでいて、海でのマインの塩採取次第だが、俺の見掛けなら、3の鐘なら余裕で帰れると思うぞ。」
「なら、俺のお役目はさっきので終わったってことか?気が楽だぜっ!」
「後は私のドレインの精度が要なのですね。頑張ります!」
「精度が要って、俺は今の成長速度でも十分ってだけで、、、。」
「分かっております。お任せ下さい!」
俺は二人に何かをほだされてる気になったが、兎に角今は最後の仕上げ、マインのドレインの訓練。
集中、集中。
程なくして我々は海に着く。
そこで俺はハーデンには型の練習を促し、マインに塩採取のコツを説明する。
「マイン、ただの水に見えるこの海水には大量の塩が含まれてる。少し舐めてみるといい。」
「うぁっ、辛いっ」
「そうだ、それが塩の味だ。そして、ここから塩だけを取り出すイメージで、」
「塩採取っ」
「で、塩だけを取り出すんだ。」
俺は取り出した塩を、黒穴出から取り出した革袋に入れる。
そして更に大きな麻袋(の様な物)を二つ取り出し、
「じゃあ、アギレンから頼まれたこの袋いっぱいにしてくれ。」
「はいっ」
実はアギレンからはこの袋の半分位あれば十分だと、最低でも3分の1程度でも助かると言われてきた。
そこに更に自分たち用にともう一袋分けて貰ったのがこれだ。
俺にはマインの訓練にはこの位が妥当だと考えての事だ。
それをただ素直に受け入れてくれる事に感謝する。
「なあなあ、師匠。俺は森に行ってにかわになる植物を採ってきていいか?」
「にかわ?」
あぁ、糊のようなモノか。
「何に使うんだ?」
「俺はよう、直ぐに汗を掻くから木刀だとすっぽ抜けちまうんだ。それでこの革紐をにぎりに巻こうかと。」
「あぁ、そういうことか。だが、それは遠慮してくれ。一つは危険だからだ。ここから森だと俺の助けも間に合わないかもだからだ。それともう一つは、お前の剣の成長度合いにしては、今の木刀では足りないと思うからだ。勿論その木刀はそのまま使ってくれて構わないが、お前の成長に合った新しいのを作ろうと思っている。詳細は午後の買い物の時に説明する。今日は先程とは逆に革紐を左手と固定してみてくれ。型の最後に右手を離す技があったろう?」
「あ、あぁ、そういうことなら。」
「それと、今まで教えてきた型の最初の1手を、右上段からの袈裟切りから初めて2合を練習してみてくれ。それが出来たら左右もな。」
「お、おう。あ、いや、袈裟切りって?」
「あぁ、袈裟切りってのはこういうものだ。」
俺はそう言って手振りだけで袈裟切りを行ってみせる。
「それと逆袈裟切りってのがこうだ。」
そう言って逆袈裟切りもみせる。
「逆袈裟って略すこともあるがな。袈裟切り左右が出来たら逆袈裟で左右だ。10手目が今2通りだからこれで12通りの型になる。そこまで出来たら更に新しい10手目を教えるから、一気に18通りになるぞ。だが明後日以降になると思うがな。順調に行っても。」
「いや、明日師匠達が戦ってる間も訓練して、明日中には終わらせてみせる!」
「いやいや、明日の本戦は南と西門での籠城戦だ。お前達Fランクも後方支援は必須だぞ。」
「そりゃぁランク上げしたいから手伝うけど、そもそも師匠が相手するなら俺までそんな活躍の場はないよ。」
「俺を認めてくれるのは有り難いが、過大評価も過ぎるってもんだ。そこまではないぞ。」
「いやいや、それこそ師匠の過小評価ってもんだよ。俺達をこんなにも簡単に成長させてくれてるんだぜ。」
「ま、まあ、お前の期待に添えるよう、明日はきっちりと仕留めてくるつもりだがな。それより、理解して貰えたなら型稽古進めててくれ。今の本命はマインの訓練だからな。」
「あぁ、あぁ、そうだな。そっちを優先しててくれ。ありがとな。師匠。」
「あぁ。」
「悪い、マイン、ハーデンへの説明が長引いた。今何回目だ?」
俺は革袋(?)を覗き込むと既に半分に達している。
「あ、はい。今5回目を行う所です。」
は、初めてたったの4回でこの袋を半分溜められるなんて。この袋の大きさは、前世での実家から頂いたお米の半俵、所謂30kgの袋と同じ位ある。
ざっと15kg分位を始めたばかりの魔法で集められるなんて。
「や、やはり闇魔法はマインの方が得意みたいだな。俺は先程の小さい革袋いっぱいにするのにも何度も掛かったがな。」
「そ、そうですか。でも私のは効率が悪いのか、もう魔力が乏しく、節約しながら集められないか試してたのです。」
「な、何っ!?」
そう言ってマインの魔力残量を覗くと、確かにもう魔力切れ寸前だ。
先程までの戦闘の主力と、ここまで全員の身隠しをして貰ってたのだから当然と言えば当然の結果だ。
「マイン、悪い。俺の判断ミスだ。開始する前に残量を確認しておけば良かった。更に、足りなくなりそうなら俺からドレインして貰おうと思ってたことを伝えてなかった。」
「ええっ?ひゅうごさんの魔力を?」
「そうだ。今回はマインの魔法威力を上げて貰う訓練だったから、1鐘の3時間にしてはかなり無理をさせる計画だった。だから俺からドレインして回復してくれ。しかも一度のドレインでどの位抜き出されるかも直接確認出来るからな。」
「そ、そういう事でしたら。」
そう言ってマインは一度手を止め、今出来た分の塩を袋に入れる。
「ほ、本当に宜しいのでしょうか?」
「あぁ、そう言っただろ。抜き取ってくれ。」
「・・・・・・MPドレイン!」
「うぉおっ」
思わず口から声が出てしまった位、かなりの魔力が抜き取られた。
現在残ってた魔力の半分位は持っていかれた。
「マイン、お前凄く成長したな!一度にこんなに抜き取れるなんて。しかも俺の全魔力の半分近くまで容量も上がってるなんて!」
「い、いえっ、これは私の力ではございません。何と言って良いのか。そ、そう。魔力同調。以前の魔力同調の影響かと。普段抜き取れる魔力を遥かに超えて、ひゅうごさんが抜いて良いよと重ねられた様な感覚でした。それと、魔力量もオーバーしてるみたいで、このままだと私に入りきらない魔力が霧散しそうです。少しお返し致します。」
「魔力譲渡!」
そう言って抜き取られた魔力の3分の1位を返された。俺はその返された魔力量の多さにも驚き、
「なあ、マイン、これってどの位ロスが出たか分かるか?」
「ロスとは何でしょうか?」
「あぁ、悪い。俺からドレインして、俺に譲渡する際に使われなくなった魔力の事をロスと読んでるんだが、ドレインと譲渡でそれぞれどの位のロスが発生したかなって」
「そういう事ですね。それではドレインの方は相手が魔物でも、ほぼ全て自分の魔力に変換できます。譲渡も、そうですねぇ、ほんの少しだけ、1割の半分位は霧散したかと思います。」
「えぇっ!そんなに効率が良いんだっ!」
俺のは最近効率が上がって来てるが、それでもせいぜい8割だ。
2割もロスしている。
「こ、これも一族の特有とでもいいますか、、、」
「そ、そうか。マインの一族はとても魔力の扱いに長けてるんだな。尊敬するよ。」
「そ、尊敬だなんて、とてもそんなものでは、、、」
「あ、あぁ、悪いな。言い難い事を言わせてしまったな。そんなに卑下するな。俺には誇らしくしか見えないからな。何かあるんだろうが気にする事ないぞ。いつか全て聞かせてほしいけどな。」
「そ、そんな、、、」
「そういう所だよ。」
「は、はい。」
「おいおいおいおいっ!お二人さん!なーに二人で赤くなってるんだっ?急ぎの用事の最中じゃなかったのか?」
「ハーデンの言う通りだな。悪い、マイン。それはまた今度な。続けてくれ。」
「はい。」
俺はマインの塩採取を観察する。
水採取の時より苦戦している。
水の中から固形物を取り出すのは、俺の闇魔粒子を広げてから採取してくる方が相性は良さそうだ。
だが、十分なスピードで採取は出来ている。が、余計に魔力が取られていると言った方が近いか。
「塩採取。」
俺はマインの隣で自分の革袋にいっぱいになる量まで、闇魔粒子を広げ採取する。
そして折角海に来たので、ヒョウへのお土産に魚を獲る。
「操影!」
俺は慣れた手付き(影付き)で魚を見付け生け捕る。
次々と黒穴に入れていく。
20匹程集めた所で、
「2袋集められました。」
「お、思ったより随分早かったな。上出来だ。」
「ありがとうございます。はぁ、はぁ。」
「息が上がってるな。ちょっと俺も試して良いか?」
「何をですか?」
「魔力譲渡!」
初めての魔力譲渡を行ってみたが、半分位ロスしてしまった。
「マジかぁ、俺がやるとこの程度なんだなぁ。これじゃあ足りないか。」
「魔力譲渡!」
今度は6割、4割がロス。
まぁ少し上がったか。
「譲渡は俺に向かないかもな。効率からいったらこれからもマインにドレインして貰おう。」
「承知致しました。でも、私が魔力切れで倒れた時はお願いしますねっ。」
いつもキリっとしてるマインが、おちゃらけてウィンクまで。
俺はドキッとした。
「お、おうよっ」
顔が真っ赤になってると思う。
「またかよぉ、お二人さん。終わったんなら帰ろうぜ。」
「あ、あぁ、ハーデンの言う通りだな。マインまた3人に身隠し出来るか?」
「当然です。また魔力も頂けましたし。」
「あぁ、それなら宜しく。また影移動するぞ。」
「はい。」
「おう。」
そう言って俺たちは3の鐘には余裕で門に戻った。




