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プロローグ

 俺は40を少し過ぎた、いちサラリーマン。

 大企業でも優良企業でもない、いわゆるブラック企業に勤めており、今日も終電に駆け込み、最寄りの駅から誰もいない自分のアパートへ向かって歩いている所。

 いつもならこの辺りでひょこっと顔を出す、今では俺にとって唯一の癒しである真っ白な猫の可愛い姿を見られるのに。


 「今日は居ないのかな?」

 俺は諦めてそのまま進もうとしたその瞬間視線の端に、道路の真ん中にぽつんとある白いものに気付く。振り返るとそこには俺の癒しの真っ白な猫の姿が。

 道路の真ん中なのに何故か上の方を見てぼーっとしている。

 この辺りは夜中結構飛ばす車があるから危ない・・・のに・・・・・

 

 とここで記憶は途切れている。


 気付くと誰かに名前を呼ばれている。

 

 「ひゅうごさん」「ひゅうごさん」


 男性でも女性でもないようなやわらかい、そしてなんだかあたたかい声だが、どこか強く声を張っている。

 「う・・・うぅ・・・・・」


 とここで目が覚める。


 目が覚めると辺りは真っ白な部屋、部屋というより空間??

 体は自由なのになにも自由が利かないと言えば良いか、そう、浮いているというのに近い。

 正面には男性とも女性ともいえる人物が真っ直ぐこちらを見て声を掛けている。


 真っ白でさらりとした髪は所々何かの光に反射してか輝いており、白というより銀色にも見える。

 そして古代ローマ風といえば良いか、真っ白な綺麗な長い布を巻き付けるだけという女神像なんかによく見るものに近いが、明らかに布を巻いただけでは創り得ない神々しいというまでの服装。

 そしてその服から所々見える肌も白い。

 こちらは輝くというよりは艶やかという表現が正しいのか。

 これらの髪、服、肌を見るだけで、この世のものではない事が明らかであるといえる。

 そう認識できる。

 それらとこの空間?も全てが白なのにそれぞれがはっきりと見分けが付くという奇妙な感覚。


 とある芸能人が「白って200色あんねん」と言っていたが、同じ白でも違いがあるというか、それだけではない事が感覚で解るほど。


 そして何よりその人(人と言ってよいのかは分からないが)その人の顔だ。その顔がもう、絶世の美女(美男というか)もう絶対この世のものではないと言い切れる程に美しいのである。


 白く綺麗な肌に均整の取れた顔立ち、目は大きく優しさの中にはっきりとした力強さも合わせ持ち、その瞳は金色に輝いているのである。


 心の中でこの方は神だ。

 絶対にそうだ。そうで無かったら百歩譲っても天使だ。

 と、そう思いながらその神(?)の顔を眺め惚けてると


 ゆっくりと、しかしはっきりと


 「ひゅうごさん、落ち着いて聞いてください。時間がありません。」


 そこで俺はやっとその神(?)の声の言葉の意味を認識した。


 「ひゅうごさん、あなたは今から別の世界に転生されます。」


 (ん? 転生!?)


 「細かく説明できないことを申し訳なく思いますがこれだけは聞いてください。」


 (え? 何?? 頭が追い付かないんだけど!!)


 「ひゅうごさんの望む世界に出来るだけ近い世界をご用意致しました。」


 「俺の望む?」

 「はい。あなたが心の奥で望んでいたものに近い世界です。」


 「私からの謝罪とお礼を兼ねて、私に出来る限りの優遇を付けております。が、それらを説明する時間はありません。」

 「最後に、転生後100日間は絶対死なないよう加護を付けました。その間にこれからの世界で生きていける様になるべく早く成長なさってくださ・・・」


 神(?)が最後の言葉を言い終える前に、辺りが暗闇に包まれ始め、最後の言葉も遠くに消えていったのであった。



第一章


 目が覚めるとそこは森の中だった。目の前の空は青く澄み渡っているが、辺りの木々が高く俺の周りを薄暗くさせている。ゆっくりと体を起こし辺りを見渡す。


 「明らかにここは別世界だよな。俺ってやっぱり死んだんだよな。」


 どうして死んだのかを思い出そうとしても、意識が暗闇にでも吸い込まれるように何も思い出せない。


 「しかし、俺の望む世界か・・・もしかして魔法とかある世界?」


と独り言を言った瞬間頭の中で小さいが大きく「ピンッ」と何かが弾けたような感覚が起きる。

俺は一瞬ドキッとしたが、俺の深い意識の中でそれが、前の世界の中で「ピンポーン」と鳴るチャイム音と同じものだと理解している。

 それはつまりこの世界が剣と魔法の世界で、前の世界の小説でよくある異世界ものといわれる世界だということを。

 心の中で俺は「やったー!」とガッツポーズをとる。

 俺は小さい頃から殆どのRPGはやってきたし、大人になっても異世界ものの小説が好きで、その中でも特に異世界転生ものが大好きだ。

 出来るわけないと思いながらももし自分に魔法が使えたなら・・・などと色々物拭けることもあった程に。

 そして続けて心の中で、「もしかしてこの世界では俺は魔法使いか」と考えると、今度は先程よりも小さく「ピンッ」と弾ける。


 「んっ?これは?」


 先程よりも小さいってことは、当たらずしても遠からず?ってことか、と、そう思った時に、今度は大きな「ピンッ」


 「おぉっ!魔法使いかもそれ以外かもってことか」「ピンッ」


 「どちらにでも自分で努力して成れってことだな」「ピンッ」


 と、俺は念願の魔法使いになれる可能性があることの嬉しさと小さい「ピンッ」もあるんだという驚きで心が躍っていた。

 これは神(?)が出来る限り俺の望む世界にしてくれたと言ってたからそのお陰だろうなと、その神(?)に感謝する。


 そしてその心躍るまま次に


 (じゃあ俺に一番ある魔法特性は「風」だな?)


 と心に問うと「ピンッ」と小さい


 あれ?俺の好きな小説の中で水属性を与えられた者が


 「風属性が良かったのに」


 という言葉に、俺も確かに風属性良いよなあと共感していたのに。


 (だったら「水属性」か)また小さく「ピンッ」


 あれれれ?じゃあ俺には一番の属性ってのは無いってことかぁと嘆く

 すると今度は何か違和感を感じる。

 そう、何も「ピンッ」が無いことだ。


 そして今度は慎重に心の中で問う

 (俺には何かしら一番の魔法属性がある?)「ピンッ」


 「おおおおおおおぉっ!!」っと嬉しさのあまり声が漏れる。

 じゃあ最近読んで良さげだと思ってた「風」「水」よりも好きだった属性、なりたかった属性魔法使いがあるってことか。楽しくなってきた。

 ここまででも十分楽しんでいたが。

 自分の記憶の奥深くをたどってみる。社会人になってから、忙しい日々の合間に読んだ小説の中で現実逃避し、なりたい自分を妄想することもあったが、今回の感覚はそれとは違う。


 もっと昔、少年時代の記憶だ。

 初めてRPGに触れたときの衝撃――今でも鮮明に覚えている。当時は雷魔法が一番カッコよく感じていて、「雷帝」なんて言葉に胸を躍らせていた。そして、いくつものRPGや小説に触れていく中で、ある一つの答えにたどり着いた。


 (「闇」属性だ!)「ピンッ」


 最初は「闇」という言葉に漂う「悪」のイメージに惹かれていた。

 多くの作品では、闇魔法は悪魔や敵キャラが使うものだが、主人公やそれに近いキャラが使う場合、影を操って敵を拘束したり、影を通って瞬間移動したりと、非常に多彩な能力を持っていた。


 中には「闇=重力」と解釈され、重力操作ができる世界観もあり、その幅広さにも強く惹かれた。

 だが、俺が最も夢中になったのは、あるMMORPGでの「闇」魔法使いだった。闇魔法は本来補助系、いわゆるバッファーだったのに、そのキャラは自分にバフをかけ、両手剣を持って前線で戦い続けるスタイルだった。

 ライフドレインとMPドレインで敵の体力や魔力を吸収しつつ、自分は回復して戦い続ける――まさに一人で敵を蹴散らす姿が、たまらなく格好よかったのだ。素晴らしい!


 そこまで思い出した瞬間、体のどこからかゾクゾクとしてくるのを感じる。

 なんとも言えない高揚感に包まれながら神(?)の言葉を思い出す。


 (100日間は死なない加護と言っていた、この「ピンッ」は死なない為の知識を与えてくれる加護なのか)


 「・・・」なにも起きない


 (違うというのか・・・それならこの「ピンッ」はチート(優遇)の方か)「ピンッ」


 そうか、それなら100日では消えないのだな。

 それは助かる。

 来たばかりの世界、知らない事ばかりなのにそれを思索するだけで正しいかどうかが解るなんてそれこそチートだ。

 それにこの世界でどういった人間関係を作れるかは未定だが、先程の自分の独り言にも反応があるということがそれだけでも大変にありがたいことだ。


 昔映画で主人公が無人島に漂着するが一人孤独であることで精神崩壊しそうな所を、ボールに名前を付けて話しかけるということで落ち着かせていたのを思い出す。

 それに比べちゃんと反応があるだけとても素晴らしいことだ。

 転生の大先輩であるとあるスライムさんの大賢者さん程ではないかもしれないが、知らない事を教えてもらえるという点では同じだ。

 これはかなりラッキーだ。

 「この「ピンッ」の反応は神(?)の反応?」「ピンッ」

 「ん?これはどういう・・・」

 「あぁ、俺のいう神(?)は神?」「・・・」

 反応なしだ。違うのか。

 「神(?)は天使?」「ピンッ」

 天使に近いのか。

 「神(?)は神の御使い?」「ピンッ」

 大きい反応でも僅かに小さく感じた。

 「おぉ、御使い様かぁ」

 とは言ったが、すこーしだけ小さいとは微妙にずれてはいるのだろうが。

 まあ、前の世界の言葉でぴったりくるものがあるとも思えないしな。

 「それでは「ピンッ」は御使い様の反応?」「ピンッ」

 今度はちゃんと大きな反応だ。

 「おおおおおおっ!それはそれはありがたい!」

 先程大賢者さん程ではないといったが、最初から神の御使い様にお伺いを立てられるのなら、問題なのはこちらの聞き方の問題だけであって、こちらの方がチートといっても過言ではない。ありがたい。

 それなら次は、


 (100日間死なないというのは餓死や過労死というのもないのかな)「ピンッ」


 これはとても大事なことだ。知らない世界というか前の世界でも自給自足はかなり厳しい。

 しかも前の世界での自給自足やサバイバルといった知識も殆ど無い。

 食料の調達方法もそうだが、食べられるものかどうかも世界が変われば分からないことだらけだ。

 しかし、そう考えると100日は決して長くはない。

 1日も無駄にできない。

 陽がある内はこの森にある食べられるものを見付け、採取か狩るかする方法を覚える事に、陽が落ちたら魔法の練習と知らない事を知るための質問の時間を多く取る様にしよう。

 でも先ずは確認しておかないといけないのは


 (100日間は死んでも再生するってことなのかな)「・・・」

 違うのか


 (防御結界の様なものかな)「ピンッ」

 うぅん、まあそれに近いということだろう。それなら


 (衝撃などで気絶することもあるかな)「ピンッ」

 うわぁ、あるのか、それなら気を付けないとな

 

(まあでも何かに襲われ気絶したとしても100日間はそのまま殺されることはないということだよな)「ピンッ」


 おお、十分過ぎる加護だ。これは大いに甘えるとしよう。それなら服毒の場合はどうかな

 (致死量の毒を服毒しても気付かないだけかな」「・・・」

 んん?


 「服毒した場合でも死なないがそれが毒だとは分かる?」「ピンッ」

 おお、それは便利だ。ひたすら試していくしかないな。それなら次は


 (過労死がないとは寝なくても大丈夫かな」「・・・」

 んん?


 「死なないが寝ないと疲れはたまる?」「ピンッ」

 そういうことか。なら出来るだけ早くに限界を確認しないとな


 「魔力切れを起こすと眠くなる?」「ピンッ」

 うーん どういう聞き方だと聞きたい答えに辿り着くのやら。

 まるでオープンAIへの質問の仕方講座・実践編といった所だ。

 ただ答えてくれるのはAIと違って神に近きものなので答えの精度は100%だがね。


 「魔力切れを起こすと気絶する?」「ピンッ」

 そうきたか。そうと分かれば


 「この世界の1日の長さは前の世界と同じくらいかな」「ピンッ」

 「全く同じ?」「ピンッ」


 おおおおっ。そうなのか。なら色々と助かるな。


 「この世界の物理法則は前の世界とほぼ同じかな」「ピンッ」


 ほぉー、やっぱり。このあたりは俺の望む世界に近い所ってのを選んでくれた恩恵だな。 それなら


 (そもそも魔法っていうのは詠唱を覚える必要があるのかな)「ピンッ」

 んんっ?


 「無詠唱魔法もある?」「ピンッ」

 「おぉっ!それはいい!是非無詠唱を覚えたい!」


 「じゃあ、魔法はイメージを強く持つことで発動する?」「ピンッ」

 おぉ!よしよし。なら


 「魔法はイメージ出来るものが具現化される?」「ピンッ」

 うぅん。まあ、今はいいか。それに


 「魔法は反復することで覚えられる?」「ピンッ」

 「魔法は反復することで強化される?」「ピンッ」

 うん。よしよし。これなら先ずは魔法の練習だな。


 (貴重な日中ではあるが、魔法が使える世界に来て魔法が使える様になるのは第一優先だな。)


 本来なら先ずは生きる為の手段や身を守れる住処などの確保からが必須事項だが、俺はここらで気絶して寝てても死なないというチート持ちだ。

 なら魔法を自分の手で確かめたい衝動からは抗えられない。


 「闇魔法の練習で最初に行うのは影を伸ばすこと?」「ピンッ」

 小さい反応でも更に小さかった。うぅん、聞き方。聞き方。


 「初級の闇魔法には影を伸ばして相手を捕縛する魔法がある?」「ピンッ」

 よぉーし、よぉーし。前世の知識通りだ。


 次は

 「初級の闇魔法には相手から生命力を奪って自分の生命力にする魔法がある?」「・・・」

 「うーん」


 「闇魔法には相手から生命力を奪って自分の生命力にする魔法がある?」「ピンッ」

 「良しっ!」


 「相手から生命力を奪って自分の生命力にする魔法は上級魔法?」「・・・」

 「相手から生命力を奪って自分の生命力にする魔法は中級魔法?」「ピンッ」

 「ほほぉ」


 先ずは影を伸ばして相手を捕縛する魔法「影縫い」(自称)から覚えて、相手から生命力を奪う「HPドレイン」(自称)を覚えるのを一先ずの目標としよう。その次位には

 「闇魔法には相手から魔力を奪って自分の魔力にする魔法がある?」「ピンッ」

 おぉ!

 「相手から魔力を奪って自分の魔力にする魔法は中級魔法?」「・・・」

 「相手から魔力を奪って自分の魔力にする魔法は上級魔法?」「ピンッ」

 よぉーし、よぉーし。100日以内にその相手から魔力を奪う「MPドレイン」(自称)と、自身の体で食料になる動物か魔物を狩ることが出来たら安心できるな。


 いや、加護はそこまでなんだ、魔物を狩れるようになることは絶対目標だ。必ず成し遂げるんだ。でなければ折角の第二の人生もあっけなく終わらせてしまうことだってある。

 「この森には食料になる動物はいるかな」「ピンッ」

 「この森には食料になる魔物はいるかな」「ピンッ」

 うん。よしよし。

 「この森には上級かそれ以上の魔物はいるかな」「ピンッ」

 いや、そうだよな。びびって動けなくなるからこの質問はここまでにしよう。

 とにかく100日は死なないんだ、恐れず逞しくチャレンジしていこう。


 (ところで、手持ちには何があるんだろう?)


 ここにきて初めて自身の身の回りを見回してみる

 「服装は・・・質素な感じだが丈夫そうではあるな。」

 (こちらの世界の一般的な服装といったところかな)「ピンッ」

 しかしこの一張羅だけでは破けたりしたらどうすればいいかな

 「この近くに町はあるかな」「ピンッ」

 うぅ、聞き方。

 「ここから10km以内に街はあるかな」「・・・」

 「ここから30km以内に街はあるかな」「・・・」

 「ここから50km以内に街はあるかな」「ピンッ」

 うぅん。まあまあ遠いな。まぁこんなもんか。歩くと2、3日といったところか。この世界では割と近いということかな。


 まあでも100日間はとことん鍛えたいから街に行く時間も街で休む時間も勿体ないな。

 「この森に棲んでいる人間はいない?」「ピンッ」

 うぅん。まあそういうことか。


 それと他に何か持ってるか・・・と見回すと右の腰に入口を柔らかめの木の栓で閉じられた革袋があった。中はタプタプと液体の感触。

 おそらく水袋であろう。

 左の腰には同じく皮で作られた袋、今度は巾着の様に皮の紐で閉じられている。

 中の臭いは何かの肉だ。

 おそらく干し肉であろう。

 更には背中、というか後ろの腰辺りに何かがある、手を回して触って感触を確かめる、この形は・・・ナイフだ。

 皮でできてるであろう鞘というかナイフシースといったものからそのナイフを抜いて目の前に持ってくる。

 刃物に詳しくない俺でも、このナイフがかなり良いものだと分かる。

 前世で言えばサバイバルナイフに近く、シンプルな形状で刃渡りは20〜25cmほど。

 しっかりしていて、「影縫い」が使えれば頭や喉、心臓を一突きで魔物を倒せるだろう。

 持ち物はこれ一つだけのようだ。


 無人島に一つだけ持ち込むならナイフが最適という話を聞いたことがある。

 でも、俺の中での一番は鉈だった。

 日本人であることや、小中学生時代にボーイスカウトで鉈とマッチで火を起こす競技を経験したことが影響している。

 鉈1本とマッチ2本で、薪1本を使って水1Lを100度まで達するまでの時間を競うというものだった。

 枝を伐るのも薪を作るのも鉈の方が使いやすい。

 だがこの森で生きるには薪よりも魔物狩りが優先される。

 刺突に向いたナイフの方が適しており、そういう意味ではこれで良かったのだ。


 以前そのボーイスカウトで、生きた鶏を絞め、血抜きし、湯に通して羽をむしり、解体して食べるという経験をしたことがある。

 この話を会社の同僚にすると、皆かなり驚いていた。

 とはいえ、それが自分の唯一の実践経験だ。

 鶏は飛べない上に、野生でもなく、自分で捕まえたわけでもない。

 ウサギ一匹すら捕まえたことがないのに、これからは自力で狩りをして生きていかなければならない――そう思うと、その難しさは明らかだ。

 だが、それは明日から始まることなのだ。

 とにかく先ずは魔法の練習だ。

 この世界に来てから考えないといけない事は山ほどあるが、完全に諦めていた魔法がこの世界では存在し、しかも自分にはその中でも最大に憧れていた「闇」の属性に適性があるという。

 もう先程から命の心配が今は皆無と知ってからは、初めての魔法しか頭になくなってきてる。

 もうワクワクが止まらない。


 早速始めようとするがしかし先ずはイメージ。

 特にイメージが大事というものには前世の記憶が大きく邪魔をする。

 今までの価値観では影は絶対に伸びないからだ。

 しかし、神の御使い様、(長いな・・・)「みつかいさん」と呼ぶことにしよう、みつかいさんは言った、影は伸びるし敵を捕縛できると。

 それが全てだと自身の脳内を書き換えるのだ。先ずは捕縛する為に影を伸ばすところからイメージする。

 イメージする・・・影が伸びることを・・・その先に捕縛するという目的の為に。

 この先の展開を具体的にイメージすることは、とても重要だと俺は知っている。


 それを教えてくれたのは、前の世界で見たあるテレビ番組の実験映像だった。

 同じ学校の高学年の小学生100人を2つのグループに分け、片方の50人には「5円玉を机に立てる」よう指示を出し、もう片方には「5円玉を机に立てたうえで、その穴にマッチ棒を通す」という指示を出す。

 結果、マッチ棒を通すよう指示されたグループの方が、単に立てるだけのグループよりも数倍多く5円玉を立てることに成功したのだ。

 正確な数字は忘れてしまったが、その差は衝撃的だった。番組内の専門家の説明によれば、高い目標を持ったことで「5円玉を立てる」という行為が無意識のうちに“当然の前提”となり、難しさの感覚が下がったのだという。

 この実験の教訓は大きい。

 今の俺にとって「影を伸ばす」ことは通過点であり、「影で捕縛する」ことが本来の目標。そして、影を伸ばすことができるようになれば、次は「捕縛」は当たり前、「魔物を狩る」が目標に変わる。

 う信じて、今はひたすら影を伸ばすイメージを繰り返すのだ。

が、全く伸びない。


 (これはただイメージするだけではなく魔力を操作する、いやその前に魔力を感じることからが必要なのでは)

 そう独り言のように頭の中で考えた瞬間「ピンッ」と反応

 「やっぱりかー」

 ではどうやったら魔力を感じられる様になるんだろう


 (でも前の世界には無かったものだから前の世界では感じたことのない感覚を探ってみては)またその瞬間「ピンッ」


 やっぱり本当にありがたい。

 正しいと信じて行動できることが、どれほど大きな力になるかを俺は知っている。

 確信を持って進むのと、不安を抱えたまま進むのとでは、結果に天と地ほどの差が出る。

 前者は時間がかかっても必ずたどり着けるが、後者はいつまでも何も得られない。

 まさに「100か0か」、そして0は永遠に0のままだ。

 

 これは仕事でも同じだった。

 知識があるがゆえにあれこれ迷い続ける人より、先輩に「これだけやれ」と言われたことを素直に信じて突き進んだ人の方が、学歴や入社時の立場に関係なく、先に出世することがよくあった。


 信じて突き進む力――それはそれほどまでに価値あるものなのだ。

 そこで先ず己を知る為に瞑想から行ってみる。


 俺は瞑想にそこそこ自信がある。

 きっかけは、ダイエット目的で通っていたジムで、興味本位に参加したヨガクラスだった。

 体がとても硬く、初心者向けのポーズすらできず恥ずかしい思いをしていたが、その時インストラクターの言葉に救われた。


 「ヨガはポーズの完成度ではなく、やろうとする気持ちと体の動きを感じることが大切。そして呼吸を整えて心と体を調和させるのです。」


 この言葉に感動し、時間が合えば通い続けるようになった。

 特に最後に行う瞑想が大好きだった。

 それまで瞑想は「無になる」難しい修行のように思っていたが、実際は違った。「何も考えないように」と思うと、そのことばかり考えてしまう。

 だからこそ、「吸って」「吐いて」と自分の呼吸に意識を向けるだけでいいと教わった。

 ただそれだけを意識していると、ふと意識が呼吸に溶けて、眠りに落ちることもある。瞑想ではそれで構わないというのも、気が楽だった。

 この呼吸に集中し、意識が溶ける感覚がとにかく心地いい。

 目を開けたとき、頭がすっきりし、世界が明るく見えるほどだ。


 ちょうどその頃、「禅」や「仏教」をわかりやすく解説した本にも出会った。

 そこではヨガの瞑想と仏教の禅は、元は同じものから派生したと書かれていて深く共感した。

 ヨガの瞑想は無理なくできる範囲で続ける前向きなもの、一方で禅は修行を積んで悟りを目指す厳しさがあると思っていた。

 でも、自分が瞑想で感じた「小さな悟り」のような心地よさも、禅とつながっているのかもしれない。

 ……まあ、寺で座禅中に寝たら警策で叩かれるらしいが、それも体への刺激と思えば、案外悪くないのかもしれない。


 そうやって昔を思い出しながら得意げに瞑想を始める。その場で胡坐をかいて背筋を伸ばして目をそっと閉じる。

 背筋を伸ばしていると外から見ると力が入っているように見えるが、実はちゃんと背筋を伸ばして姿勢を正すと頭からの重さをしっかりと背骨で受け止め、非常に体が楽に感じられる。

 そう体が楽になったところにゆっくりと大きく深呼吸を始める。

 意識は全て呼吸に、ただ単に言葉を頭の中で繰り返す「吸って」「吐いて」「吸って」「吐いて」「吸って」「吐いて」十数回繰り返すと早速だが今まで感じたことがない、暖かいような力のようなものが血液の流れとは明らかに違う流れで蠢いているのが感じられる。


 「これが魔力か!?」

 思わず口にした途端、その感覚は完全に消えてしまった。しかしその直後にはしっかりと「ピンッ」と反応があった。


 「これはいける!」

 これほど早く魔力を感じられ、しかもそれが魔力であるとお墨付きまで頂けるのである。チートさまさま、みつかいさまさまである。


 しかしこの後が大変になるとはその時は微塵も思っていなかった。

 何が大変だって? そう、興奮が収まらなくて瞑想どころではなくなったからだ。


 更にはだ、俺は気付いてしまったのだ。

 明らかに自分の体が以前と違うことに。

 先程魔力を感じられた時にやけに自分のお腹周りがすっきりしていることを。

 魔法に興奮している最中に自分の左手のひらをお腹に当ててみる。


 これは中年といわれる年齢になってからの一つの癖になっている行動で、食べ過ぎた次の日や暫く運動が出来ていなかった際に確認するための行動。

 そしてその行動はいつも「はぁ~」というため息をもたらすことになるのはいつもの事だ。

 しかし今回は違った。


 「なんだこれはっ!?」

 思わずつぶやいてしまった。


 前の世界で30代後半に差し掛かった頃、俺は過去最高の体重を記録した。

 鏡に映る横からのシルエットに衝撃を受け、悲しむよりも笑ってしまったのを覚えている。

 そこから一念発起して生活を改善。

 現代に至るまで、二日に一回は起床直後にベッドでクロスクランチ90回(3セット)、毎日の歯磨き中にスクワット150回(3セット)を日課にし、階段を積極的に使うように心がけていた。

 さらに、終電前に帰れた日には1〜2駅手前で降りて歩くようにもしていた。

 その努力のおかげで、転生直前の俺はマッチョではなかったが、中肉中背の中では引き締まっていると自負できる体だった。

 それでも、お腹を左手でさすったとき、いつも少し嫌な感触があった。過去最高体重の頃に伸び切った皮膚が、ぷよぷよと動くのだ。


 だが今はその感触すらない。

 この感覚は、とても懐かしい。おそらく10代後半から20代前半の頃の、自分の体に近いのだろう。


 「もしかして俺って若返ってる?」「ピンッ」

 「おおおおおおおっ!!」

 本日何度か目の雄叫びである。


 「まさか今の俺は20代?」「ピンッ」

 「もしかして今の俺は20歳?」「ピンッ」

 「うぉおおおおおお!」

 「みつかいさんマジ神っ!」

 いや、みつかいさんは神の御使い様である。


 もう誰がどうやってこの興奮を収めてくれよう。

 とにかく先に進まないと時間が足りない。

 胡坐をかいて目を閉じ、深呼吸しようとした瞬間、思わず口元が緩んだ。

 自分に魔力があると実感できたこと、それを自分で感じ取れたことが嬉しくてたまらない。

 しかも体まで若返っているなんて、喜ばずにはいられない。

 このまま走り出して喜びを全身で表現した方が落ち着けるかもしれない――そんな衝動すらある。

 だが、今は感情に流されている暇はない。

 こんな調子では一日が終わってしまう。別の方法で落ち着こう。


 「そうだっ!」

 俺は立ち上がり、周囲を見渡す。

 なるべく平らで草木の少ない木の根元を探し、よさそうな場所へ向かう。

 そしてその場で勢いをつけてスキップから逆立ちへ。

 実はこれ、昔見た古いドラマで少年が精神統一に使っていた方法だ。

 実は専門家によると逆効果だとされていたが、今の俺にはこのくらいの刺激が必要だった。

 いわば逆療法だ。


 逆立ちしたまま目を閉じ、

 「落ち着けぇ落ち着けぇ」

 と自分に言い聞かせながら魔力を感じようとする。

 すると、先ほど感じた魔力らしきものが、逆さの状態では足先――つまり今の頭部の方向に集まっているように思えた。


 (ん?なんだこれは?)


 と思った瞬間体が一瞬だけ浮いたように感じられた。

 手のひらは地面からは離れてはいないが、足の先端から何かに引っ張られるように一瞬だけ。

 その一瞬が終わった後驚きのあまり体制を崩しその場で倒れ込んでしまった。


 「今のは何だったんだ??」

 「今のも魔法か?」「ピンッ」


 「もしかして重力魔法?」

 これには今までにない、感じるか感じられないかぎりぎりの小さい「ピンッ」

 (んんんんー どういうことだ)


 「重力操作なんてまだまだ先の事だし転生初日で感じられるはずもないもんな」

 とふと思った直後、俺の中の別の意識から猛烈に反対する感情が沸き起こる


 (何言ってんだ、魔法はイメージが大事なんだ。否定的なイメージは枷になりやすい。まだ出来ないものなんてイメージを固定されれば、最悪いつまでたっても出来ないままになることだって少なくないはず。)「ピンッ」


 「なら、今の段階でさっきの感触を味わえたのは、自分にとって絶対に良い経験に繋がるはずだ」「ピンッ」

 (良しっ)


 「先程の感触を忘れない様にイメージし続けよう」


 思わぬきっかけで落ち着きを取り戻した俺は、再び胡坐をかき目を閉じて瞑想する。

 体内を巡る魔力を感じ、それらをお腹――いわゆる丹田に集めてみると、驚くほど自然に集中した。魔力は意識と一体化し、瞑想状態を深めてくれる感覚すらある。

 どうやら魔力操作と瞑想は密接に結びついているらしい。


 次に、丹田に集めた魔力を体外へ出すことを試みる。イメージでは「闇」属性の魔力で、それは自分の影と相性が良いと感じた。

 意識の中で魔力を体の下、影の方へ流し込むと、影と魔力が溶け合うような感覚が返ってくる。

 そして瞑想を維持したままゆっくり目を開けて見ると、自分を中心に円状に広がる黒い“影”が現れていた。まさしく、魔力による闇の魔法――その一歩だった。


 (とても綺麗だ!)


 初めて魔力を感じたときと同じほど心が躍っているのに、瞑想状態は保たれている。

 これが魔力操作中の感覚なのだろう。

 そのまま俺は、影を前方の木の根元まで伸ばすことを試みた。

 目の前約5メートル先を目指し、影がまっすぐ進んでいくイメージを集中して描く。すると、円状だった影が正面から前方へと膨らみ始めた。

 まるで地面が傾き、影の水たまりが流れ出すように。

 影はじわじわと伸び、3メートルを超えたあたりで、もう少しで届く――そう思った瞬間、焦りが生まれた。


 (もうあと少し)

 そのとき、前方の影だけが本体の影から切り離され、勢いよく木に向かって飛び出した。直後、何事もなかったように消えてしまう。


 「少し焦ったか。」

 届くかどうかに意識が偏り、捕縛という本来の目的が薄れたせいだろう。とはいえ、始めたばかりだ。訓練あるのみ。


 次は目標を明確にする。

 さっきの木の根元にある、他より少し高い草束を対象にイメージを定める。

 姿勢を正し、魔力を感じて丹田に集め、影と融合させる。ここまでで3分。

 安定感はあるが、まだ実用には遠い。


 今度は焦らず、ゆっくりと影を伸ばして標的の草を捕らえる。

 だが、どれが目標の影か分からず、迷っているうちに影は戻ってしまった。

 今回も失敗だ。目標に届くまで5分もかかっている。


 「いや、少しずつだが成長してる。進歩した部分に目を向けよう。次だ。」


 次は影との融合に2分、影を伸ばすのに5分弱かかったが、標的をより正確に見極めるため、目を閉じて視覚を遮断し、魔力の感覚に頼ることにした。

 時間はかかったが、「これだ」と感じる影を見つけられた。

 しかし干渉までは届かず、今回も失敗。ただ、時間短縮はできており、確かな手応えがある。


 そこから何度も繰り返し、8回目で草の標的にわずかに干渉することに成功。草が少し揺れただけだったが、成長は感じられた。


 「よーし、これからだっ」

 と気合を入れ直し、さらに挑戦を重ね、30回目でついに草を根元から折ることに成功。

 「よしっ!先ずは最初の目標達成!」

 影を5m先に伸ばすのに1分以内、草を折るのに5分以上かかったが、魔法訓練初日にしては上出来だ。


 次は先程の標的の周りの草を連続で手折っていく。

 伸ばした影はそのままに、隣の草、またその隣の草と次々に標的を変えては手折っていく。

 もう1本手折るのに1分掛からなくなってきた。


 次は影を伸ばしたまま、隣接する複数の草を順に折る訓練へ。

 1本折るのに1分もかからなくなってきた。

 さらに距離を伸ばし、8m先の標的も30秒ほどで影を届かせ、30秒で折ることができた。

 これで合計1分。訓練は順調に進んでいる。

 その後は立ったまま、木陰から隠れての操作など、実戦を想定した応用練習も試す。


 気がつけば日は傾き始めていた。

 この世界に来てから何時間経ったのかもわからないが、ここまで水をひと口飲んだだけで何も食べていない。

 革袋から干し肉を取り出し、ナイフで薄く切って頬張りながら歩き出す。


 暗くなる前に寝場所を確保しなければ。

 100日間は適当な場所で寝ても死にはしないだろうが、疲労はたまる。できるだけ落ち着いて眠れる場所が欲しい。


 針葉樹林を離れ、広葉樹が増えるエリアへ向かう。やがて、枝分かれの形がよく、視界に収まりきらないほど大きな広葉樹を見つけた。目当ての二股枝もちゃんとある。

 「ここにしよう。」


 目立つ木なので、多少離れても見つけやすい。

 しばらくの拠点にすることにした。いずれは水場の近くに移る必要があるが、まずは今夜のための準備だ。

 周囲を見渡し、乾いた真っ直ぐな枝を数本拾って木に登る。目星をつけた二股の枝に簡単な床を作り、ナイフ、干し肉、水袋を並べ、自分は枝の付け根に腰を下ろす。

 足を伸ばして、ようやく一息ついた。

 「さあ、ここからはみつかいさん質問タイムだ」

 干し肉をかじりながら、明日からの食糧確保に向けて必要な情報を質問で引き出していく。

 近くの水場や、そこを利用する動物・魔物、この森に生息する種族や分布など。


 同時に、影縫いの練習も継続。

 影を木の幹に這わせて草を折る、より丈夫な草への挑戦なども行った。


 魔物の種類を探る質問には特に時間がかかる。

 すべてYes/Noでの回答なので、想像力を働かせながら

 「○○な魔物は?」「それより強いのは?」と探っていく。

 だが、どれだけ質問しても

 「他にもいる?」には毎回「ピンッ」と返る。

 果たしてどれほどの魔物がいるのか。


 魔法に関する質問では、魔力容量を増やすには多く使うこと、特に魔力切れを経験することが効果的と知る。

 100日間は気絶しても死なないのだから、毎日でも魔力切れを目指すつもりだ。


 そしてちょうどその時、魔力切れによる眠気に襲われ、そのまま意識が落ちていく。

 こうして、俺の転生初日は幕を閉じた。


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