犬のおまわりさん、迷子対応中
春の陽気が交番にも差し込む午後、引き戸がカラリと開いた。
「すみません……」
おずおずと顔をのぞかせたのは、小さな子猫。目はうるうる、声はぷるぷる。
「ちょっと……迷子になっちゃって……」
奥の机に座っていたおまわりさんが、のっそり立ち上がる。制服をびしっと着こなしているが、どう見ても犬。耳ぴん、しっぽふりふり。
「はいはい、落ち着いて。深呼吸して……ワンッ!」
「ワンじゃニャいよ!? こっちはネコだよ!?」
「犬のおまわりさんです。歌に出てくるでしょ?」
「出てくるけど、リアルにいたら混乱するから!」
「まあまあ。おうちがわかんなくなったんだね?」
「ニャ……気づいたら迷ってて……」
「任せて。でもまずは……匂い、嗅がせてもらえるかな?」
「ニャ!? ちょ、どこ嗅ぐつもり!?」
犬のおまわりさんは真剣な顔で近づき、くんくんと鼻を鳴らす。
「……これは、カツオ節の香り!」
「朝ごはんに食べましたけども!」
「南東の風に乗って、カツオ節の気配が……!」
「犬すげー!?」
おまわりさんはうんうん頷きながら、メモ帳を取り出す。
「じゃあ名前を教えて。お母さんとお父さんの」
「はい。母は“夜月アリエル”、父は“刹那ヴァイス”です」
「急にファンタジー始まったな!?」
「あと、私は“天使音ミルフィーユ”です」
「読めねぇよ!!」
「飼い主の娘さんがつけたんです。中二病がピークの時期で」
「責任取れその娘ァ!!」
「でも、“ミルフィーユちゃん”って呼ばれると、テンション上がるんですよ?」
「スイーツの名前!!」
犬のおまわりさんはため息をつき、メモ帳に “アリエル/ヴァイス/ミルフィーユ” と書き込みながら呟いた。
「まるで魔法使いの家系だな……」
「一応ネコです」
「顔写真とかない?」
「そんなのニャいよ!」
「じゃあモンタージュ作るから特徴言って?」
「三毛で、ちょっとぽよっとしてて……声が高いです」
「よしきた!」
おまわりさんが描いたスケッチを見せると──そこには、黄色くて頬が赤い某有名電気ネズミが。
「誰だよそれ!? 完全にピカチュウじゃん!!」
「母親に似てるかなって思って」
「思わないで!」
「じゃあ、この写真の中に知ってる顔があるかも……」
そう言って開いたファイルには、柴犬、柴犬、柴犬。
「全部犬じゃねえか! どんだけ柴犬推しなんだよ!」
「親戚なんで」
「関係ニャいわ!!」
犬のおまわりさんは引き出しをごそごそとあさり、紙コップを差し出した。
「ホットミルクでも飲む?」
「……あ、それはちょっと嬉しいニャ」
「ちゅ〜るもあるけど?」
「神か!? この交番、ネコに優しすぎるんだけど!?」
「ちなみに、ここ……ネコ専用交番だからね」
「じゃあなんで犬がやってんのよ!!」
突っ込みつつ、ミルクをちびちび。
交番の窓から、あたたかな春風が吹き込んだ。
今日という日が、ちょっとだけ忘れられない日になる──そんな予感が、ミルフィーユにはしていた。
おわり