冥都ニヴヘンムについて
※冥都二ヴヘンムとは
冥都二ヴヘンムは、神歴?~神無歴現在まで存在する都。
セレテミス大陸 パリス地方の「ヘルヘンム洞窟」の
深層から到達可能。
都自体は現在でも存在するが、
既に廃墟と化しており、
内部は「蟲人族エネミー」が徘徊している。
「ヘルヘンム洞窟」の中層後半から推奨レベルが跳ね上がるため、
終盤でなければ到達はまず不可能。
エンドコンテンツダンジョンのような扱いである。
・解説
神歴?年に、蟲王ジランダミドを筆頭として建国された。
「建国」といっても「明確な国」として認知されていたかは不明。
ただしその都は間違いなく「蟲の都」「蟲にとっての国家」として機能していた。
冥都内部で入手可能なレポートとして、
「小さな闇は光に導かれたが、
蟲は光に導かれなかった。
蟲は地底に地上を創り、
ただ静かに上を憎んだ。」
とある。
小さな闇は「人」を表しており、
古代神戦争の全ての発端が
「輝神レイディア」が「小さな闇である人間を光の世界に導いた」
ことによって「忌神バヴェルが激怒」した。
という情報と辻褄があう。
しかしその中で、「蟲」は光に導かれず、
地底に閉じこもることを余技なくされた。
別のレポートには、
「蟲は闇より生まれ、
光を孕んでいた。
そして闇を追い出された。
光が生んだ影に逃げ延びたが、
そこは誰の目にも映らなかった。」
とも記載されている。
「蟲」は「闇」の生き物として生まれた。
つまりは「裏鏡神」の元に生まれた「闇の存在」だと分かる。
しかし、彼らは「闇」を追い出された。
なぜなら「光」を孕んでいたから。
もっと簡単に言えば、蟲は「地中」で生まれ「地上」で生きる。
故に、闇であり、光を必要とする生き物だった。
しかしレイディアントの神歴において
「光」と「闇」は完全に分かたれた要素であり、
その中間においての存在は、その理に反する。
故に、「どちらでもあり、どちらでもない」蟲は、
まず「生まれた闇」を追い出された。
しかし、「光」にも居場所は存在しない。
だから「光が生んだ影」、
言い換えれば「光の届かぬ地底」に住んだのではないだろうか。
そこで「冥都ニヴヘンム」が生まれた。
そう考えれば、少ない情報でも辻褄は合う。
その後に、とある神が「蟲」に接触を試みる。
「豊穣の陽神ロヌフォア」である。
彼は輝神レイディアから「太陽」と「自然」の
管理を任された表鏡神で、
「均衡」と「救済」を司る、
心優しき神である。
「陽神は均衡の元、
地底と地上を繋いだ。
その救済、純なる寵愛によって
彼は冥都の破滅を正したが、
幼者と縛られることとなった。」
ロヌフォアは、「地上での均衡」を保つ役目を持っていたが、
「地底」の生誕を受けて、
「地上」「地底(冥)」の均衡を保とうとした。
等しく「豊穣」を与えることによって。
「豊穣」の意味は多岐にわたるが、
大きく分けて以下のうちどちらか、
あるいは両方である。
・一つの膨大な豊穣を、
集中的に存在させ、そうでないところも生む。
その差でバランスを取る。
・全てに等しく、
同程度の豊穣を与える。
なんにせよロヌフォアの選択は、
「冥」もっと言えば「蟲」にも
「太陽」を与えることだった。
故に、「蟲」は「人」となった。
気になるのは、
「彼は冥都の破滅を正したが、
幼者と縛られることとなった。」
という二行。
幼者は恐らく、
「破綻」と「排他」を司る裏鏡神、
愛欲の幼者エリヌス
のことを指している。
実際に、内部で戦う事になるボスの一人でもある。
「古代神戦争」の際、闇の面を司る「裏鏡神」は、
忌神バヴェルの元、光の面をもつ「表鏡神」の
輝神レイディア達に叛逆を起こしている。
その過程で、ロヌフォアの裏鏡神であるエリヌスは、
「冥界」と「地上」の均衡を壊すことで、
ロヌフォアの要素「均衡」を文字通り破綻させようとした。
エリヌスは、
「無垢すぎるが故に、無限の愛を求めた者。
愛したものに愛され、それ以外を排する者。」
とされている。
ニヴヘンムのボス「臆病蟲」を倒した際に
入手できるレポートには、
「尊大なる蟲王は、
幼者に愛された。
そして幼者を愛した。
全てを愛に捧げ、
冥都を幼者に捧げた。
与えなければ、
愛されないかもしれないから。」
「臆病な蟲を見限った者は、
地上で人とされた。
そうでないものは、
永遠に臆病な蟲とされた。
彼らは永遠の冥都の中で、
ただ、縛られ続けるのだ。」
という文が記載されている。
要約すれば、
「エリヌスは蟲王を愛した。」
「そして蟲王はエリヌスを愛した。」
「蟲王はニヴヘンムをエリヌスに与えた。
与えなければ愛されないかもという不安があったから。」
「反対した者はロヌフォアの元、地上へ。」
「賛同した者は、永遠に蟲として縛られた。」
といったような感じだろうか。
★では「陽神の寵愛」とは?
「均衡」と「救済」の豊穣神ロヌフォアは、
ただ単に「冥都」と「地上」の均衡を取るばかりか、
「闇」を追い出された行き場のない「蟲」を憐れんだ。
「豊穣の陽神は自身の役目通り、
均衡と等しく救済を与える。
そして心優しき彼は、
時に救済を振りまき、
均衡を危うくする。」
生まれた「闇」すら追われ、
居場所なき「蟲」に「救済」を与えた。
彼らに太陽を与え、「人」とすることで。
その無条件の優しさと救済は、
蟲への愛そのものであった。
そして同時に、
「蟲王に賛同しつづける蟲
すなわち、臆病な蟲」
それすらも、彼は憐れんだ。
故に、「ヘルヘンム」を生んだ。
永遠に冥都に蟲として在り続ける者たちを、
彼らの望み通り「縛り付けること」
その象徴として、「牢」を創り出した。
内情がどうであれ、
「縛られたい」と願う者を縛り。
「人と成りたい」と願う者を人に。
それがロヌフォアの「寵愛」
そして、皮肉なことに、
それは「均衡」を生んだ。
★幼神エリヌス
エリヌスは「愛」を象徴する者。
愛ゆえに「破綻」と「排他」を司る。
無垢であるが故に「愛欲」を有する。
愛は「闇」であり「光」である。
その曖昧な事象を有するエリヌスは、
ある種、「蟲」と同じだった。
「光」でもなく、
「闇」でもない。
ただ、「均衡」と「救済」の
対として生みだされただけ。
故に、エリヌスは「蟲」を愛した。
それは、ただ単純に
「ロヌフォア」への攻撃やもしれない。
しかし、もしかしたら
「ただ素直な愛」だったのかもしれない。
裏鏡神であるが故に「闇」とされ、
幼いが故に「無垢」であり、
そして「愛」を請け負った運命。
「蟲王」を愛したことで、
エリヌスは報われたのだろうか。
★ロヌフォアとエリヌス
なにがどうあれ、
「古代神戦争」の最中、
エリヌスは「冥都」と「蟲」を愛し、
自身の闇へと取り込むことで、
ロヌフォアの「均衡」を崩し、
彼を滅そうとした。
正史ではそうされており、
それ以外は憶測でしかない。
しかしロヌフォアは前述の通り、
「優しいが故に救済を振りまき、
そして均衡を危うくする。」
そんな表鏡神であった。
もしその「優しさ」が、
「エリヌス」にさえも向いていたなら?
だとすれば、
ロヌフォアはエリヌスを救済しただろう。
ニヴヘンムのボス
「愛欲の幼者エリヌス」を撃破した際のレポートには、
「幼者は愛に満たされ、
愛に飢え続けた。
それが偽りだとしても。」
そして臆病蟲のレポートの一文。
「蟲王は幼者を愛した。
それは真の愛だった。
だが真意を幼者は知らない。
偽りに慣れすぎていたから。」
つまり、蟲王はエリヌスを本当に愛していた。
エリヌスの「愛した者に愛される」という力によってではなく。
ただ、単純な「愛」だった。
だが、エリヌスからすれば、
「いつもの愛」だった。
それすなわち「力による偽りの愛」である。
恐らく、ロヌフォアはこの事実に気付いていた。
故に、「エリヌス」を冥都に縛ったのではないだろうか。
「縛られたいと願う者」を縛る。
その一種の優しさの元、
ロヌフォアは冥都を永遠に縛り、
ヘルヘンムで守り続けた。
レイディアントの神々は、
「自身の鏡神が失われれば、
自身も失われる」
という特性を持つ。
ロヌフォアは優しさゆえに、
自身ごと、エリヌスを冥都に縛った。
ニヴヘンムのボス
「豊穣の陽神ロヌフォア」
そのレポートの一文にはこう記載されている。
「陽神は均衡を自ら捨てた。
彼がなによりも心を奪われたのは、
救済すら及ばぬ一筋の愛だった。
それを守りたかった。」
「幼者は涙を見せた。
一言の感謝と共に。
それは陽神の心に愛を生んだ。
同時に闇と光の繋がりを垣間見た。
そして、愛縛を生んだ。」
「均衡を捨てた自身を律し。
その意志をヘルヘンムに宿した。
役目を捨てたことを悔悟するために。
そして、縛りを守り続けるために。」
ヘルヘンム洞窟に、
「天誅の悔悟者」
「愛縛の守護者」
という2体のボスが登場する。
ヘルヘンム洞窟の下層と深層、
それぞれの入り口を阻む「封門」のボスである。
これを踏まえると、
この一連の考察と詳細が、
「単なる憶測」ではないと分かるだろう。
正史では、ただ、
「古代神戦争」において、
エリヌスが均衡を崩すために、
ニヴヘンムを闇に取り込もうとした。
それをロヌフォアが阻止し、
エリヌスをニヴヘンムに縛り付けた。
同時に鏡神を縛ったことで、
彼もニヴヘンムに縛られた。
ということになっている。
これは勿論、間違いではない。
しかし深く読み解くと。
そこには、まるで人間のように複雑な感情や思惑が存在しているのである。
構想/Production…HinataSato




