5 おまけ: 好き勝手なマッハトルテ
学校の宿題を終わらせる為、朔は幸美の家に来ていた。
幸美に両親はおらず親が残した一軒家に警察官の兄と二人暮らしをしていた。
「ただいま」
「おかえり、お兄ちゃん」
「ん? 朔君が来ていたのか」
「お邪魔しています。お兄さん」
兄は二人が宿題を協力して挑んでいる姿を見て「頑張れよ」とささやかな応援をして、冷蔵庫へ足を進めた。
すると、
「おい、幸美。晩御飯は無いのか?」
「ごめん! 朔と宿題してて用意する時間がなかった。コンビニで何か買ってこようか?」
「お、おぉう……悪いな。頼んでいいか?」
「ちょっと待っててね。朔、ごめん。コンビニに行って来るから」
「はい」
幸美はいそいそとリビングから出て行き玄関へ向かう。
ドアが開いては閉まる物音を聞いて、幸美が外へ出て行ったことを確認した兄は、ネクタイをゆるめて、足音立てないように宿題へ励む男子高校生の背後へ近づき、飛び付いた。
「やっと二人っきりなったな、朔?」
「お、お兄さん? ダメですよ。幸美先輩が帰って来ます」
「コンビニまでは1分。弁当を選んでレジで会計して3分。家に着くまで1分。合計で5分あれば済ませられるさ」
「早いですね」
「俺は刑事の仕事も水曜の情事も早いのさ。なぁ、朔! いいだろ?」
「ダ、ダメです」
「いいじゃないか!?」
「ダメですよ!」
「わがままを言うなよ!」
「どっちがですか?」
「お前は俺にとってザッハトルテなんだ!」
「おかしなこと言わないで下さい。幸美先輩が……」
すると、
「お兄ちゃーん」
兄は朔から飛び跳ねながら距離を取ると、あえて大きな声で話かけた。
「朔君! わからないところがあったら言ってくれ。警察官は人生の大半が試験勉強だから、勉強は得意なんだ!」
「は、はい。早速、わからないところがあります」
「どこだぁー!?」
「理科の問題なんですが、この空欄がわかりません」
「どれどれ……天体の問題か。太陽の寿命がつきたとき、内部のガスが膨張して白い恒星に変わる。答えは白色矮星だ」
「なるほど」
「白色矮星も仕事のストレスや肉欲とかで、いろいろ溜まっているんだよ」
「そうなんですね」
「そうだ。白色の矮星が溜まってるんだよ」
唖然と二人のやり取りを眺める妹に、今しがた気がついたように兄は装う。
「なんだ、サチ。何しに帰って来た?」
「あ、えーと、テーブルにお財布を忘れて……」
「なんだとぉ!? あれほど空き巣が家に侵入した時、テーブルに財布なんか置いていたら盗まれると、言ってきただろ!」
「ご、ごめんなさい。つい……」
「ついで済むなら警察は要らねぇんだ!」
「だから、ごめんって。お兄ちゃん、なんか変だよ?」
「事件が続いたから疲れてんだ。ほら、さっさっと買い出し行けよ」
「わ、わかった……」
幸美が部屋を出ると兄はリビングの壁へ張り付き、聞き耳を立てて様子を伺う。
ドアが閉まる音を聞いて30秒くらい待つと、妹が戻る気配がないことを確認して壁から離れた。
兄は「今度こそ二人っきりになれたな?」と言いながら朔へ、ゆっくりと歩みを進める。
「お兄さん。また幸美先輩が戻って来ます」
「大丈夫だ。それより、もう俺のハヤブサ1号が、お前の金星にランディングしたがっているんだよ」
「変なこと言わないで下さい」
兄は手で口を覆うと無線機のモノマネをしながら朔へ近寄る。
『こちら管制塔。ヒューストン、聞こえますか? 只今、金星の表面にて着陸地点を発見。これより着陸を試みます』
そう言い終わると兄は朔へ飛び付いた。
「ようやく捕まえたぜ? この凶悪犯。刑事を興奮させると、どれだけ罪が重いか、教えてやる」
「刑事さん。もう何もかも白状します」
「ようやくお縄についたか……お前みたいな凶悪犯に裁判は必要ない。俺が判決を下してやる」
「罪状はなんですか?」
「俺様の心を盗んだ窃盗罪さ」
「情状酌量の余地を」
「俺様に社会奉仕をすることだな」
兄は朔を押し倒した。
「お兄ちゃーん」
二人の男は飛び起きて距離を置いた。
「さ、朔君! いいか? 刑事にとって張り込みは犯人との根比べだ!」
「はい!」
「犯人がいつ現れるか神経を鋭く尖らせろ!」
「わかりました!」
「出ないとホシを逃がしちまうぞ!」
「あの、ホシってなんですか?」
「犯人のことだ!」
「わかりました!」
「幸美ぃー!! お前はなんでそこにいるんだ!」
呼ばれた幸美は戸惑いつつも兄に聞いた。
「その、お兄ちゃんが何を食べたいか聞いてなくて……」
「バッカヤロウ!! そんなのは家を出る前に聞くことだろがぁ! 前もって聞くのが社会人の常識だ!」
「ご、ごめん。そんなに怒鳴らなくても?」
「これが怒鳴らずにいられるかぁー!?」
「わかった、わかったって……それで、お兄ちゃんは何が食べたいの?」
「そうだなぁ…………カツ丼」
「カツ丼? 刑事がカツ丼ってベタ~」
「いいから買ってこいよ?」
「はい、はい」
「おう。しばらく戻ってこなくていいぞ」
「ん? 何か言った?」
「何でもない」
「そう。じゃぁ、いってきます」
兄は妹をわざわざ玄関まで見送り、妹がドアを通り家から去ると、ドアに鍵をかけチェーンまでつけて厳重に戸締まりをした。
そして小走りにリビングへ戻ると、不適な笑みを見せて朔へ近づく。
「さぁ、張り込みの続きをしようか?」
兄はステップを踏みながらネクタイを外してテーブルへ放り投げる。
少年を再び押し倒すと兄はズボンに手をかけ、ずり下ろした。
「おいおい。朔の太陽が白色矮星みたいになっているじゃないか?」
「は、恥ずかしいから、あまり見ないで下さい……」
「ふふふ。そうやって顔をそむけるところは、まだまだ子供だな?」
「か、からかわないで下さい」
「さぁ、朔。お前の中にある宇宙の神秘を俺に見せてくれないか?」
朔は火照った顔を両手で覆い隠しながら喋る。
「こちらヒューストン。管制塔、聞こえますか? 早く、早く着陸して下さい」
それに答えた兄は朔が覆った手を掴んで退けると、恥ずかしがる少年の瞳を真っ直ぐ見つめながら言った。
「こちら管制塔。ヒューストン、聞こえますか? もう、我慢の限界だ……これより"キン星"へ着陸する」
ゆっくり、ゆっくりと二人の男子は重なって行く――――――――と、思われた。
「お兄ちゃーん!」
「朔君! 本当にすまないと思っているぅ!! プロレスごっこをしていたらズボンを脱がしてしまったぁー!!」
「か、かまいません! お兄さん!」
幸美はいぶかしげな顔で聞いた。
「二人で何してるの?」
「だから、プロレスごっこだって言ったろ?」
「朔はともかく、大人のお兄ちゃんまでプロレスごっこ?」
「男はいつまでたっても少年の心を持っていたいんだよ。というか、お前はなんで帰って来た? ドアに鍵をかけてチェーンまでつけたんだぞ?」
「別に私の家なんだからチェーンくらいコツを掴めば、すぐ外せるわよ」
「お前は空き巣か!? 今度は何を忘れたんだ?」
「うぅん。夜も遅いし危ないからコンビニへ出歩くより、ウーバーイーツで配達してもらう方がいいかなって」
「ウ、ウーバーだと」
「うん。カツ丼ならそれでいいでしょ?」
「し、しかし、ウーバーイーツが早いとは限らないし、コンビニの方が早いと言うか遅いと言うか……」
「うん。でも、ウーバーイーツでいいんじゃない?」
「よくない!!?」
「朔も食べて行きなよ」
朔は仰々しく「ありがとうございます」と返すと、幸美は場を仕切る。
「じゃぁ、カツ丼三人前ね? せっかくだし、みんなで食べようよ」
その後はデリバリーされたカツ丼を三人で食べ、食後は幸美が朔の宿題を見てやって順調に終える。
朔を玄関で見送ると幸美は自室へ戻って行き、自分の時間へふける。
心なしか玄関口で見た去り際の朔は、うつむき影を落としながら残念そうに帰って行った。
兄は疲れがピークに達しソファーへ倒れ込むと、見飽きた天井を眺めながらボヤく。
「ふぅー……ホシを逃がしたか」
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