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2 鬼火

 その後、事件の通報を受けた警察が神社の座敷へ押し寄せると、凄惨な現場に戦慄した。

 すぐにサチの足取りを追って彼女を捜索。


 白昼で行われた犯行により目撃者も多く、サチの居場所はすぐに特定出来たが、時すでに遅かった。

 



 サチは自らの命を断っていたのだ。




 その現場も異様で森の奥にある小さな神社に身を潜め、周囲には何かを奉る祭壇に墨で描かれた不気味な幾何学模様。

 天井には藁で作られた角の生えた人形を吊るしていた。


 そして、祭壇には朔の生首が(まつ)られ、祭壇の下には自害して朽ち果てたサチの姿が。

 サチは短刀を喉元に深く刺し、その刃は首の半分まで肉へ切り込みを入れ、骨へ到着していた。

 サチの死因は出血大量による失血死。


 警察はこの奇奇怪怪とした殺人事件の解釈に困惑した。

 様々な観点から推察し府に落ちた見解はこうだ。


 サチは朔の生首の横に自分の首を添えようとしていたのではないか。

 そこで担当した刑事は事件の究明につながるならと、サチが何の儀式を完成させようとしたのか、伝承に詳しい民族学者を頼った。


 千樹村の伝承には「きび団子」という話があった。

 これは有名な桃太郎とは正反対の話で、鬼火と書いて「鬼火(きび)」と読ませるそうな。


 この「鬼火(きび)団子」は海より鬼がやって来て村の子供を食べ回り、満腹になって再び海へ帰るたいう恐ろしい昔話だ。

 村から子供を守る方法は幸せに生きる男女の首を捧げること。


 千樹村において人の生首が団子の役割を持っていた。

 子供の生肉と違い幸せに生きる人の脳は、鬼にとって媚薬だとされている。


 昔話はこれにとどまらず、鬼は生首の団子を食べる為に人間をそそのかすらしい。

 男女間のもつれで嫉妬に狂った女は、鬼に団子を捧げる代わりに、思い人とあの世で添い遂げることを約束させる。

 そして鬼はその手段に必要な怪力を与える。

 そうして非力な女は男を力尽くでねじ伏せ、その首を切り落とすのだ。


 日本の民話には悪しき神々は海より出入ると記されている。

 生前、サチは浜辺に行き海の先にある地平線へ、何かを語りかけていたという目撃証言があった。


 本来「鬼火(きび)団子」の昔話が持つ教訓は、悪意のある存在は村の外からやってくる、ということの啓発と、男女のもつれはさらなる悲劇も生む為、別れ際は腐れなく切るというところにあった。

 しかしサチの犯行動機は、この昔話を真に受けたとしか思えない。


 めでたい結納の日に、か細い少女が惨殺事件を起こした。

 後の犯罪史に残るであろう、痛ましい事件は、同年に起きた"津山三十人殺し"という常軌を逸した事件に塗り替えられ、忘却の彼方に埋もれてしまった。


 警察がかき集めた千樹村の写真に、サチが儀式で使った神社を写したものがある。

 セピア色に染まる一枚は、神社の前で一人の男児を両脇から囲む、二人の女児を撮った写真だ。

 その写真は幼き日の綾世、朔、サチ、その三人。

 まだ自分達の未来を知らない、無邪気で希望に溢れた写真だった。


 ここまでの捜査資料も戦争、敗戦、復興と長い月日が経ち、保存期間が過ぎてしまい、記録された惨劇は紙束に挟まれたまま破棄される。


 しかし、千樹村の惨殺事件には後日談があった。

 サチには出産の形跡が残っていた。

 産まれた男の赤子は孤児として寺に置き去りにされていた。


 その子供は紛れもなく、朔にもてあそばれたサチがはらんだ子供。


 サチが出産した朔の血を引く子供は、生まれながらにして両親を失い、時代の波に翻弄されつつも逆境を乗り越え、成人を迎えた。

 やがて家庭を築き子宝にも恵まれ、その子宝は更に子宝を世に誕生させ、千樹村の系統を生命の木のように枝分れさせた。

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